フィリップ・ジョルダン:指揮
ウィーン交響楽団
ベートーベン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
マーラー:交響曲第1番ニ長調「巨人」
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アンコール
J.シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ
J.シュトラウスⅡ:雷鳴と稲妻
ウィーン交響楽団と言えば、ウィーン・フィルには及ばないものの100年以上の歴史を有した名門であり、何より、このオケを指導した指揮者たちの名前がそのまま、西洋音楽演奏史みたいなすごい顔ぶれであるのに驚く。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ヴォルフガング・サヴァリッシュ
カルロ・マリア・ジュリーニ
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
クリストフ・エッシェンバッハ
ジョルジュ・プレートル
ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス
ウラジミール・フェドセーエフ
ファビオ・ルイージ
そして、フィリップ・ジョルダンに至る(途中知らない名前は省力した。)。
こういう巨匠たちの薫陶を受けてきたオケだ。一体どんな音をだすのだろう。期待が大きい。
開演時刻が15時だったが、その時刻に団員たちがステージ入りしたのに驚いた。他のオケでは定期演奏会でも、大抵は5分遅れが当たり前になっている。今回は、お客の中にも泡食って席に着いた人がいたろう。
また、よくある団員の入場パターンは、コンマス以外が着席して静まったところでコンマス登場、チューニング開始というものだ。だから、僕はコンマス登場時に拍手することにしている。大勢の団員が入ってくるのに合わせて拍手をしていたら、無駄に疲れてしまうからだ。ところが、ウィーン交響楽団ではコンマスも一緒にどやどやと入ってきたもので、ついに拍手するタイミングを失った。こういうざっくりした登場風景は海外オケではよく見かける。
1曲めの「運命」ではコンバスは6本(マーラーでは8本)だったが、その配置が珍しい、というかこれまで見たことがないと思う。全員がステージの最後列に横一列に並んだ(マーラーでも)。よくある配置は最後列がパーカッションか時に低音域管楽器だ。
こういうコンバスの配置が音楽的にどういう効果を持つのか分からない。低音域はあまり指向性が強くないのでどこで弾いても似たようなものなのかもしれない。ただ、マーラーの第3楽章のコンバスのソロの音は見事に美しかった。
もう3年近く前になるが、ジャナンドレア・ノセダ+N響の「運命」の”疾走”ぶりに驚愕したが、今回もテンポは速め。ほぼ全曲インテンポだ。楽章間のポーズも極端なくらい短く、お陰で咳き込み狂騒曲を聞かずに済んだ。
このテンポ設定や、楽章間のポーズのとり方は「巨人」でも同様だった。全体に軽快なのだ。
しかし、アンサンブルは分厚い。一人ひとりの発する音量が大きいのだろうか、迫力がある。
この重量感はゲヴァントハウスやベルリンフィルにも共通していた。コンセルトヘボウのような弦の高域の透明感は不足していたが、こちらは迫力で押し切るという感じの音楽づくりだ。
「巨人」の終楽章の最終盤。いやが上にも盛り上がったところにとどめのホルン7本の起立演奏。本当は座って吹いたってさほど音量は変わらないだろうけど、一斉に起立するという見た目の華々しさも音楽を補強する。かくして、大いなるカタルシスを得て終曲した。
アンコールに地元J.シュトラウスⅡの有名曲2曲のサービスで館内はヤンヤの喝采。ベルリン・フィルの半額にも満たないリーズナブルな設定だったが、僕の好みはむしろウィーン交響楽団が面白かった。
♪2017-189/♪みなとみらいホール-46