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2020年2月12日水曜日

人形浄瑠璃文楽令和2年2月公演第Ⅲ部

2020-02-12 @国立劇場


傾城恋飛脚 (けいせいこいびきゃく)
 新口村の段
  口:亘太夫/友之助
  奥:呂太夫/清介
人形役割
 忠三女房⇒簑一郎
 忠兵衛⇒玉佳
 遊女梅川⇒勘彌
 親孫右衛門⇒玉也
 ほか
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鳴響安宅新関(なりひびくあたかのしんせき)
 勧進帳の段
  弁慶:藤太夫/藤蔵
  冨樫:織太夫/清志郎
  義経:芳穂太夫/清𠀋
  伊勢・片岡:南都太夫/清公
  駿河・常陸坊:文字栄太夫/錦吾
  番卒:亘太夫/清允
  番卒:碩太夫/清方
人形役割
 冨樫⇒玉志
 義経⇒文昇
 伊勢三郎⇒勘次郎
 駿河次郎⇒玉彦
 片岡八郎⇒和馬
 常陸坊海尊⇒亀次
 武蔵坊弁慶⇒玉男
 番卒⇒大ぜい

今月の文楽公演は3公演。1日で観られないこともないが、体力に不安を感ずるので2回に分けて鑑賞得ることにした。3公演はそれぞれに演目が異なるので、どれから観ても構わない。
なので、第Ⅲ部からスタートした。

「傾城恋飛脚」から「新口村」は既に何度も観ているので申し訳ないが体調回復を目的とした鑑賞…って何?ま、うっすら眠りながら義太夫の名調子を楽しむということかな。

文楽では初めての「勧進帳」に期待したが、これは凄い。
期待を大きく上回り、心が震えるような感動を覚えた。

舞台は能と同じ作り。

冒頭の冨樫と番卒のやりとりも謡なら、有名な「旅の衣は鈴懸の~」もまるで謡。徐々に三味線が入って義太夫らしくなる。
弁慶・富樫の丁丁発止のスリリングなやりとりに話の筋は分かっていても手に汗握る。何しろ弁慶を語る藤太夫の迫力のすごい事。

冨樫・織太夫も負けてはいない。

この組み合わせは、昨年の「妹背山婦女庭訓」の「妹山背山の段」の対決?シーンを彷彿とさせる。

最高潮は7人の太夫と7挺の三味線の大合奏!
「文楽はミュージカル」だなと、熟熟得心。

人形の遣い手は、普通、主遣(おもづか)いのみ素顔で、左遣い・脚遣いは黒衣姿と決まっているが、弁慶役に限っては3人とも顔を見せる。今日は左が吉田玉佳で、普段なら主遣いをしている(新口村では忠兵衛)。要するに人形遣いにとって弁慶は極めて重い役なのだ。また、顔が見えると遣い手の気合いも伝わって一層の迫力を増した。

♪2020-021/♪国立劇場-02

2018年6月29日金曜日

国立劇場第6回文楽既成者研修発表会 文楽若手会

2018-06-29 @国立劇場


●万才
 竹本小住太夫・豊竹咲寿太夫・竹本碩太夫
 鶴澤清公・鶴澤清允・鶴澤燕二郎
 人形:吉田玉彦・桐竹勘次郎

●絵本太功記
  夕顔棚の段…豊竹亘太夫/野澤錦吾
  尼ヶ崎の段…前:豊竹希太夫/鶴澤友之助
        後:豊竹靖太夫/鶴澤寛太郎
 人形:桐竹紋臣・吉田簑紫郎・吉田玉誉・吉田簑太郎
            吉田玉勢・吉田玉翔・吉田和馬

●傾城恋飛脚
  新口村の段…口:竹本碩太夫/鶴澤燕二郎
       …前:豊竹咲寿太夫/鶴澤清丈
       …後:豊竹芳穂太夫/鶴澤清馗
 人形:吉田玉路・吉田玉峻・桐竹紋吉・桐竹紋秀・
    吉田玉征・豊松清之助・吉田玉延・吉田和登・
    吉田蓑悠・吉田文哉・吉田箕之

平たく言うと若手の勉強会なのだろうが、若手も混じっているが、中堅も含まれている。だから興行としても成り立つのだろう。
名前を知らない人も居たが、多くは本興行に出演している人達だ。

本格的に人形浄瑠璃・文楽を鑑賞し始めたのが2016年の12月だからまだ経験は1年半に過ぎない。でも既に20公演を鑑賞しているので、最近は少し観る目、聴く耳が出来てきたような気もしている。生意気にもそんな気持ちで鑑賞していると、「あ、ここはもう少し張り上げて」とか「長く伸ばして」語った方がいいのではないかとか、三味線の音の外れが気になったり、人形の姿勢も気になったりもしてくるが、それが正しいのかどうかは分からない。
やはり、名人・上手の公演を度重ねていかないと、真髄には近づけないのだろう。

「絵本太功記」は初めての作品だった。「太功記」というからには「太閤記」の改作だろうと漠然と思っていたが、それはそのとおりで、信長を討った光秀の母・妻・子や秀吉などが登場して、主従の裏切りに葛藤するドラマとなっている。ちょっと不思議に思ったのは、原作が「絵本太閤記」であるが、本作は「絵本太功記」と表現が変わっているのは「太閤」に遠慮したためだろうか。

全13段(6月1日から13日まで各日1段という構成に発端と大詰が付いて実質15段!)のうち、今回は「夕顔棚の段」と「尼崎の段」が演じられたが、では、これらはオリジナル全13段のうち、何段目に相当するのか、が気になって調べてみた。というのも「尼崎の段」がかなり有名でここを「太十」(たいじゅう⇒太功記の10段目の意味)と呼ばれることは、かつて読んだことがあり知っていた。すると、その前の「夕顔棚の段」は9段目か、と言うとどうもそうでもないらしい。「尼崎の段」は6月10日の出来事なので10段目に置かれているが、「夕顔棚の段」も同日の出来事なのだ。
すると、両方共10段目なのか。
なら、どうして別の名前なのか。

どうやら、これは一つの段を「口」・「中」(前・奥という言い方もありその違いは分からない。)・「切」と分けた場合に、「切」以外の部分を総称して「端場」(はば)というが「夕顔棚の段」は本来は一つの独立した「段」ではなく、「太十」(⇒「尼崎の段」)の「端場」に当たるもので、今回の仕切りでは「尼崎の段」の「口」に相当するのではないか。それが、いつの間にか、「夕顔棚の段」という呼称が定着したのではないだろうか。

…と、本筋とは関係がないけど、どうも気になったので、調べてみた。いずれ、国立文楽劇場に問い合わせてみようと思う。

「傾城恋飛脚」は基になった「冥途の飛脚」も含めるとこれで4回目だ。
梅川・忠兵衛の悲しい末路だが、あいにく、共感するには至らなかった。芸の問題というより、この「段」だけでは、なかなか気持ちが盛り上がるまでに至らないからだと…思うのだが。

♪2018-074/♪国立劇場-10

2017年12月13日水曜日

12月文楽鑑賞教室「日高川入相花王」ほか

2017-12-13 @国立劇場


●日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)
     渡し場の段


豊竹芳穂太夫
豊竹靖太夫
豊竹咲寿太夫
豊竹亘太夫
竹本碩太夫

鶴澤清丈
鶴澤友之助
鶴澤清公
野澤錦吾
鶴澤清允

<人形>
吉田簑紫郎
吉田文哉

●解説 文楽の魅力

豊竹希太夫
鶴澤寛太郎
吉田玉誉

●傾城恋飛脚(けいせいこいびきゃく)
     新口村の段

口 竹本小住太夫
  鶴澤清公
前 豊竹呂勢太夫
  鶴澤燕三

後 竹本千歳太夫
  豊澤富助

<人形>
吉田勘一
桐竹勘次郎
吉田勘彌
豊松清十郎
吉田玉男 ほか


文楽の「鑑賞教室」は初めてだった。
文楽鑑賞歴は短いものの熱心に足を運び、家でもビデオ鑑賞したりしてだいぶ勉強が行き届いてきたので、学生向けの解説は既に承知のことばかり…と思いきや色々と学ぶところは多かった。

文楽は、三味線・義太夫・人形遣いの3つの分野で成り立っているが、それぞれの分野から解説者が立った。歌舞伎の鑑賞教室だと歌舞伎役者の若手が説明に立つが、彼らは大舞台で喋るのが商売だからうまくて当たり前。それに比べると文楽の場合は太夫は声を使う仕事とは言え、喋るというより語るのだからだいぶ違う。ましてや三味線も人形遣いも一言も発さないのが本来であるから、舞台に立って解説をするというのは慣れない仕事だろう。それにしてはいずれもなかなか上手な説明だった。

配ってくれた解説のパンフレットも簡潔にまとめてあってこれからも重宝しそうだ。


「日高川入相花王〜渡し場の段」は安珍・清姫の物語だ。清姫が愛しい安珍とその婚約者を追って日高川の渡し場まで来るが、船頭は先に渡した安珍からお金をもらって清姫が来ても船に乗せないでくれと言われているので必死に頼む清姫の願いを拒絶する。

嫉妬に狂った清姫はついに大蛇になり日高川を泳いで安珍の後を追う…という場面だが、ここで、有名な「角出しのガブ」という頭が使われる。知識として走っていたが、ホンモノを見たのは初めてだ。きれいな娘の顔が一瞬にして口が裂け、目が充血して角膜が黄金色に変わり、頭からは角が出る。よくできているが、コワイ。


「傾城恋飛脚」は近松の「冥途の飛脚」を後年菅専助、若竹笛躬が改作したもので、2月に観た「冥途の飛脚」の最終段は「道行き相合かご」で、かごを帰した梅川と忠兵衛がこれから忠兵衛の故郷<新口村>の親に逢いにゆこうとするところで終わるが、「傾城恋飛脚」では、この段を「新口村の段」に改作して、雨の場を雪に変え、忠兵衛は父親に会えるのだが追手が近づいてきたということで終わる。この趣向がとても良いというので、「冥途の飛脚」の公演でも「新口村の段」を取り入れているものもあると聞くが観たことはない。

鑑賞教室ということで、2本とも1段(場)のみだったが、気軽な文楽鑑賞を楽しむことができた。

♪2017-201/♪国立劇場-20