2014年12月31日水曜日

番外<歌舞伎 2014年をふり返る>

①国立劇場大劇場


平成26年初春歌舞伎公演:通し狂言「三千両初春駒曳」(さんぜんりょうはるのこまひき) 
辰岡万作=作『けいせい青陽●』より (●は集に鳥)
尾上菊五郎=監修
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言「三千両初春駒曳」(さんぜんりょうはるのこまひき)六幕


序   幕  高麗国浜辺の場
二幕目  第一場 御室仁和寺境内の場   
     第二場 同    御殿の場
三幕目  第一場 今出川柴田勝重旅館の場
          第二場 粟田口塩谷藤右衛門内の場
     第三場 元の柴田旅館釣天井の場
四幕目  住吉大和橋馬切りの場
五幕目  阿波座田郎助内の場
大 詰  紫野大徳寺の場


★菊五郎/時蔵/松緑/菊之助/権十郎/萬次郎/團蔵/彦三郎/田之助


②歌舞伎座


歌舞伎座新開場柿葺落 二月花形歌舞伎「通し狂言 青砥稿花紅彩画」(あおとぞうしはなのにしきえ) -白浪五人男 
河竹黙阿弥作

序 幕  初瀬寺花見の場
     神輿ヶ嶽の場
     稲瀬川谷間の場
二幕目    雪の下浜松屋の場
     同    蔵前の場
     稲瀬川勢揃の場
大 詰  極楽寺屋根立腹の場
     同  山門の場
     滑川土橋の場 


★菊之助/松緑/七之助/亀三郎/亀寿/梅枝/歌昇/萬太郎/尾上右近/團蔵/染五郎


③国立劇場大劇場


平成26年3月歌舞伎公演 菅原伝授手習鑑/處女翫浮名横櫛 
●竹田出雲・三好松洛・並木千柳=作
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 一幕
-車引-       
吉田社頭車引の場

  ●河竹黙阿弥=作
国立劇場文芸研究会=補綴
處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)
二幕六場
-切られお富-
序幕    第一場 藤ヶ谷天神境内の場   
    第二場 赤間妾宅の場
二幕目 第一場 薩埵峠一つ家の場
    第二場 赤間屋見世先の場
    第三場 同 奥座敷の場
    第四場 狐ヶ崎の場 


★時蔵/錦之助/男女蔵/萬太郎/隼人/橘三郎/吉弥/秀調/彌十郎


④歌舞伎座


歌舞伎座新開場一周年記念 鳳凰祭四月大歌舞伎

一 壽春鳳凰祭(いわうはるこびきのにぎわい)   

二 鎌倉三代記(かまくらさんだいき)
  絹川村閑居の場

三 壽靱猿(ことぶきうつぼざる)
  鳴滝八幡宮の場

坂田藤十郎一世一代にてお初相勤め申し候
四 曽根崎心中(そねざきしんじゅう)


★時蔵/扇雀/橋之助/錦之助/梅枝/幸四郎/魁春/歌江/歌女之丞/三津五郎/巳之助/又五郎/藤十郎/翫雀/橋之助/東蔵/左團次

⑤歌舞伎座 團菊祭五月大歌舞伎




十二世市川團十郎一年祭 
一、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)
二、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
三、魚屋宗五郎<新皿屋舗月雨暈>(さかなやそうごろう)


★左團次/権十郎/松江/梅枝/巳之助/廣松/秀調/團蔵/友右衛門/海老蔵/菊之助/亀三郎/亀寿/萬太郎/市蔵/芝雀/菊五郎/時蔵/錦之助/右近/橘太郎/萬次郎


⑥国立劇場大劇場




平成26年6月社会人のための歌舞伎鑑賞教室「ぢいさんばあさん」 
解説 歌舞伎のみかた   中村虎之介
                                 
森鷗外=作
宇野信夫=作・演出
ぢいさんばあさん  三幕
                   高根宏浩=美術
             川瀬白秋=箏曲    
       
  第一幕  江戸番町美濃部伊織の屋敷
  第二幕  京都鴨川口に近い料亭
  第三幕  江戸番町美濃部伊織の屋敷 


★扇雀/亀三郎/国生/虎之介/児太郎/橋之助


⑦国立劇場大劇場




平成26年7月社会人のための歌舞伎鑑賞教室「傾城反魂香」
解説 歌舞伎のみかた    澤村 宗之助                                          

近松門左衛門=作
傾城反魂香 (けいせいはんごんこう)一幕
             国立劇場美術係=美術

  土佐将監閑居の場


★梅玉/魁春/東蔵/歌女之丞/梅丸/松江


⑧歌舞伎座




八月納涼歌舞伎 第二部
一 信州川中島合戦
(しんしゅうかわなかじまがっせん) 輝虎配膳

二 たぬき


★橋之助/彌十郎/児太郎/萬次郎/扇雀/三津五郎/勘九郎/七之助/秀調/市蔵/七緒八/巳之助/萬次郎/獅童/彌十郎/扇雀


⑨歌舞伎座




秀山祭九月大歌舞伎(昼の部)
一 鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
・菊畑

二 隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)
・法界坊
・浄瑠璃 双面水照月(ふたおもてみずにてるつき) 


★歌六/染五郎/米吉/歌女之丞/歌昇/松緑/吉右衛門/芝雀/錦之助/隼人/玉太郎/橘三郎/由次郎/秀太郎/仁左衛門/又五郎


⑩国立劇場大劇場



10月歌舞伎公演「通し狂言 双蝶々曲輪日記」(ふたつちょうちょうくるわにっき)
竹田出雲・三好松洛・並木千柳=作
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 四幕五場       
        
   序    幕  新清水の場
   二幕目  堀江角力小屋の場
   三幕目  大宝寺町米屋の場
        難波芝居裏殺しの場        
   四幕目  八幡の里引窓の場 


★幸四郎/東蔵/芝雀/高麗蔵/錦吾/廣太郎/廣松/宗之助/松江/染五郎/友右衛門/魁春


⑪国立劇場大劇場



11月歌舞伎公演「通し狂言 伽羅先代萩」(めいぼくせんだいはぎ)
序  幕 花水橋の場   
   二幕目 足利家竹の間の場
   三幕目 足利家   奥殿の場
        同    床下の場
   大 詰 問註所   対決の場
       詰所      刃傷の場 


★藤十郎/翫雀/扇雀/橋之助/孝太郎/松江/亀鶴/新悟/国生/虎之介/橘太郎/松之助/亀蔵/市蔵/秀調/彌十郎/東蔵/梅玉


⑫国立劇場大劇場






12月歌舞伎公演「通し狂言伊賀越道中双六」 (いがごえどうちゅうすごろく)

近松半二ほか=作
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言伊賀越道中双六 五幕六場
           国立劇場美術係=美術

序 幕 相州鎌倉  和田行家屋敷の場
二幕目 大和郡山  誉田家城中の場
三幕目 三州藤川  新関の場
      同     裏手竹藪の場
四幕目 三州岡崎 山田幸兵衛住家の場
大 詰 伊賀上野 敵討の場 


★吉右衛門/歌六/又五郎/菊之助/歌昇/種之助/米吉/隼人/橘三郎/桂三/錦之助/芝雀/東蔵

2014年12月27日土曜日

ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団名曲全集 第103回

2014-12-27  @ミューザ川崎シンフォニーホール


秋山和慶:指揮

秋山和慶:チェンバロ*
神尾真由子:ヴァイオリン*
安井陽子:ソプラノ
清水華澄: メゾ・ソプラノ
与儀巧:テノール
萩原潤:バリトン
東響コーラス:合唱

ビバルディ:「四季」~春&冬*
ベートーベン:交響曲第9番 ニ短調 Op125 「合唱付き」



このシーズン5回目の「第九」にして今年最後のコンサート。
有終の美を飾って欲しいところ。

指揮は東響の顔とも言える御大、秋山和慶。
コンマスはこちらも東響の顔、大谷康子。
バイオリンソリストが若手バイオリニストのホープ、神尾真由子。
…と役者が揃った感じで大いに期待していたのだけど、うーむ。

「第九」のコンサートは1本立てでいいと思うのだけど、ビバルディのバイオリン協奏曲「四季」から春と冬が前置された。
やるなら全曲やって欲しいところだけど、中途半端だ。

管弦楽は弦楽器のみ20人に指揮者が兼任するチェンバロが加わっただけの極めて小編成。実際にビバルディが作曲した当時はこんな程度だったのだろう。
これに神尾真由子のソロヴァイオリンが加わるが、ソロはもちろん、伴奏(協奏というべきか)の各パートもくっきりとして新鮮な感じで聴くことができた。

<ミューザ提供>

ソロパートの節回しに普段聴き馴染んでいるものと違うようなところを感じたのは普段聴こえていない音を聴いたからだろうか?トリルなどの装飾音の奏法が違ったのか、それとも気のせいだろうか。
神尾真由子のバイオリンは、ここぞというところでは大きな音が出るものだ。ソリストはなにより音量が大事だけど、楽器の良さもあるだろうが、全身を楽器にして絞りだす音に迫力がある。かと思えば、微細加工も怠りない。幾多のコンクールを制覇し、とりわけチャイコフスキー・コンクール第1位というのはなるほどこういうものかと、耳の保養になった。
<ミューザ提供>

さて、「第九」だ。
実は、「四季」のときから感じていたのだけど、いつもの東響の音じゃないように思ったのは「四季」ではオケの編成があまりに小さいためではないか、と思っていた。
しかし、「第九」でもやはり、どうも違う。音のまろやかさが違うなあ。どうして?

いや、音の問題だけではなく、わずかながら生理的に違和感があった。
微妙な間の取り方などが、自分の脳内で流れている音楽と完全シンクロしないからだ。どうして?

<ミューザ提供>

「第九」の、「第1楽章」と「部分的に第1楽章を再現する第4楽章」の一部にとても危なっかしいところがあると感じている。
緊張感を失うと空中分解してしまいそうな場所がある…と思っている。
でも、普段は、それを感ずることはない。
音楽に違和感を感じた時だけ、その失速しそうな危うさを嗅ぎとってしまうみたいだ。
滅多に無いことだけど、今日は感じてしまったなあ。それが引っかかって最後までとうとう気持ちが盛り上がらなかったのが残念。

でも、この原因は僕の側にあるのだろう。13日からの15日間で「第九」を5回も聴いたということは3日に1回は聴いたということだ。僕の脳内は異常に敏感になっていたのかもしれない。

<ミューザ提供>

「第九」が終わった後のカーテンコールのさなかに楽団員が譜面台にアンテナのようなものを取り付けているのを発見。何かあるな、と思っていたら、カーテンコールもひととおり山場を過ぎると声楽ソリストも元の場所に戻り、音楽が始まった。
アンコールというより一年の最後を締めくくるという意味だろう、合唱団とソリストたちによる「蛍の光」がオーケストラ伴奏で始まった。途中から館内の照明が落ちると、合唱団やソリストは手に持っていたカラフルなLEDライトを一斉に点灯した。譜面台に取り付けたものもLEDライトだった。
これがなかなか幻想的でよかった。
青色ダイオードのおかげだよ。
そういう意味では2014年掉尾を飾るにふさわしかったかも。

余談:
声楽がどこで登壇するか?シリーズ。
合唱団は全員冒頭から着座した。
ソリストは、やはり、第2楽章が終わったところで入場し着座した。
この入場に関して、曲の始まる前に「指揮者からのお願い」が館内放送された。
音楽の緊張感を維持するために、第2楽章終了後ソリストが入場するが、拍手はご遠慮いただきたい、ということだった。
宗教音楽でもあるまいしそんなにテンションを高めなくともいいかとも思うけど、そこまでする以上、第3楽章と第4楽章は切れ目なく演奏するのだな、と受け取ったが、果たしてそのとおりだった。
間髪入れず第4楽章になだれ込んだ。「第九」はこうでなくちゃ。


♪2014-121/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-13

2014年12月26日金曜日

東海大学吹奏楽研究会第53回定期演奏会

2014-12-26 @みなとみらいホール


常任指揮者 福本信太郎
音楽アドバイザー 加養浩幸
学生指揮者 古田土彬宏
ドラムメジャー 天野穰
東海大学吹奏楽研究会

第Ⅰ部
 松前紀男:東海大学校歌
 清水大輔:夢のような庭
 樽屋雅徳:輪廻の八魂 
 E.エルガー:「エニグマ変奏曲」から「ニムロッド」
 C.T.スミス:フェスティバル・ヴァリエーション
第Ⅱ部 ドリルステージ
 Majesty of the Blues
 At a DIXilanda Jaxx Funeral
 ほか
第Ⅲ部
 リムスキー・コルサホフ:歌劇「ムラダ」から「貴族たちの行列」
 チャイコフスキー:序曲「1812年」
-------------------
アンコール
 R・カーペンター/森田一浩編:サクソフォンとバンドのための「青春の輝き」
 H・フィルモア/F・フェネル編:His Honeor



去年の同じ時期に初めて東海大学吹奏楽研究会の演奏を聴いてびっくらこいた。
「全国コンクール2年連続金賞」ということだったが、なるほどすごい。
「吹奏楽」の表現力について考え直させられた。

それで今年も楽しみだった。
すると、今年は「全国コンクール3年連続金賞」と一段と箔が付いていた。
このクラスになると、もうプロ級だ。

吹奏楽では、毎年、横浜市消防音楽隊や神奈川県警察音楽隊を聴いているけど、多分、彼らより、うまいと思うよ。

それに若いというのがいいね。
キビキビしている。

演奏も驚くほどうまいけど、ドリルがすごい。
演奏しながら、ステージを、そして客席にも入ってきて、演奏し、ピチピチお嬢さん方が華麗なダンスを披露してくれる。

ああ、青春!

自分の若かりし頃を重ね合わせて、どっと、いろんな思い出が噴き出してくるよ。

公式ホームページから
公式ホームページから

♪2014-120/♪みなとみらいホール大ホール-52

2014年12月23日火曜日

読売日本交響楽団第77回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

2014-12-23 @みなとみらいホール


レオポルド・ハーガー:指揮
アガ・ミコライ:ソプラノ
林美智子:メゾ・ソプラノ
村上敏明:テノール
妻屋秀和:バス 
新国立劇場合唱団:合唱
三澤 洋史:合唱指揮

読売日本交響楽団

ベートーベン:交響曲第9番ニ短調Op.125 「合唱付」


年末4回目の「第九」。
「年末」と断らなくとも良さそうだが、実は今年は1月にも「第九」を聴いているので、「年末」の4回目。「今年」の5回目。

この時期に集中して何度も同じ曲を聴くのは、いくら楽聖ベートーベンの大傑作でも感激が薄れるか、と思いきやそんな心配は無用だ。オケが違う、コンサートホールが違う、あるいは聴く場所が違うと、それぞれに楽しみがある。

今日の読響は「第九」をP席(舞台後方)で聴くという初めて経験だった。去年も同じみなとみらいホールで定期演奏会として聴いているけど、昨シーズンまでは3階席だったので、ごく普通の聴き方だったが、今シーズンから席を変えてP席にした。これで僕は十分満足しているのだけど、この場所で合唱付きは聴いたことがない。
いや、厳密に言えば、神奈川フィルの定期でホルストの組曲「惑星」で女性コーラスを聴いているけど、この時のコーラスは2階左右のバルコニーに陣取ったので、ちょうどP席はコーラスに挟まれる形だった(この演奏は神秘的で忘れられないものとなった。)。
コーラス隊の真後ろで聴くってどんな感じだろう、という一抹の不安があった。

レオポルド・ハーガーという指揮者は知らない人だけど、まずはテンポがいい。そして細かいところまでニュアンスを引き出そうとしているのが分かった。
第1楽章の途中、再現部か展開部か分からないけど曲想の変わるところで、少しテンポが変わったのは初めて聴く趣向だったが、それ以外は僕の生理的感覚にぴったり合う演奏で、音も素晴らしいし、テンポやダイナミズムも実に心地良かった。

問題の後ろから聴くコーラスもまったく違和感がなかった。

読響はうまい。というべきか、きれいな音だ。
他のオケも時に素晴らしいサウンドを聴かせてくれるけど、読響はまずムラがない。音そのものが美しい。
最大の聴きどころと勝手に思っている第4楽章の低弦のレシタティーヴォも、もったいないくらいに美しかった。
目下のところ、今年の「第九」のベストだ。あと1回あるけど…。


余談:
声楽がどこで登壇するか?シリーズ。
合唱団の規模は全容が見えないので分からないけど多分、日フィルの時と同じくらい(120名?)だろう。
この程度なら着席スペースがあるので、全員冒頭から入った。
問題はソリストだが、やはり、第2楽章が終わったところで入場し着座した。こうでなくちゃ。
そして、第3楽章が終わるや否や、譜面をめくるまもなく間髪入れず第4楽章に怒涛のようになだれ込んだのはうれしい。
この指揮者は本当に僕の好みを知っている!

♪2014-119/♪みなとみらいホール大ホール-51

2014年12月21日日曜日

横浜交響楽団第659回定期演奏会

2014-12-21 @県民ホール


飛永悠佑輝:指揮
高品綾野 :ソプラノ
平山莉奈 :アルト
宮里直樹 :テナー
池内響    :バリトン
合唱       :横響合唱団
       :横響と「第九」を歌う会合唱団

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」序曲
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調Op.125 「合唱付」



今季の「第九」3回め。
でも、一番楽しみにしていた「第九」だ。

横響は、7月から聴いていなかった。演奏会が他のオケとダブってやむなく聴くことができなかった。

でも、12月の横響の「第九」だけは聴き逃すことができない。
幸い、他のオーケストラ公演ともダブリがなく、喜んで、売り出し当日に指定席を買った。
ちょっと前過ぎるなあ、と思いながらも、超大規模編成の管弦楽と600人の大合唱(一昨年の演奏会でそのように聞いたので、多分、毎年その規模だろうと思っている。)を間近で聴きたいという欲求に抗することができず、前から7列目のセンターを購入した。

これでよし。
最高にパワフルな演奏に身も心も包まれるはず!

だいぶ早めに着いたが、県民ホールは大勢のお客でごった返していた。横浜市内の定例の音楽行事としてはおそらく最大の盛り上がりだろう。何しろ、合唱団がものすごい数なので、その家族や友人など一族郎党が、普段はクラシックなど聴かない人まで、この日だけは義理・人情も手伝って総動員されるからほとんど関係者だけでも観客席は埋まってしまうのではないかと思う。
ホール内は開演の前から熱気ムンムンだ。


さて、大いなる期待を抱いて指定席に向かっていったらこれはびっくり。前から7列目を探して座ろうとするが、7列目に第7列がない!
泡食ってしまったが、なんてことはない。
第7列は2列目に変わっていた。
つまり、最前列が第1列ではなく第6列で、僕が買った第7列は2列目になっていたのだ。

なぜなら、大オーケストラと大合唱団を舞台に載せるために舞台が客席側に拡張された結果、前方客席の計5列分がなくなってしまったのだ。

7列目でさえ前過ぎたかなと思っていたのに、2列目はさすがに辛い。前の列の人の前はもうステージで、首席チェリストに手が届きそうだ。それに舞台が結構高いので見上げなくてはいけない。
声楽ソリストは指揮者の直前だったから、これもとても近い。
合唱団は背の高い人以外はほとんど見えない。

演奏中もやたらチェロが響いてくる。バランスは良くない。
超ステレオを聴いているような音場の広さは「目移り」ならぬ「耳移り」して落ち着かない。
元々アマチュアなのでいつものことながら弦のピッチは微妙だ。
でも、アマチュアにしては相当レベルが高いと思う。

あれこれ問題はあったが、終わってみれば、すべて吹き飛ばす熱演であった。ま、来年は2階席でも選んでみようと思うが。

横響の「第九」コンサートは、毎年、終演後「蛍の光」の演奏が恒例になっている。大合唱団のオケ伴つき「蛍の光」は感動的だ。
お客様をお見送りするという趣向なので、僕も遠慮なく演奏を聴きながら少し上気した心持ちでオーディトリアムを後にした。

ギリギリまで拡張された舞台

前5列がなくなった。

余談:
声楽がどこで登壇するか?シリーズ。
大合唱団なので舞台上で座って待つスペースはないから、冒頭から登壇したのでは出番までずっと立ちん坊になるのはしんどい。

そこで第2楽章が終わってから合唱団が入場してきた。合理的だ。その後、ソリストが4人拍手を受けて着席する。

第3楽章が終わって第4楽章の開始は一呼吸程度だった。
一昨日の神奈川フィルも(合唱団は数が少ないので最初から着座していたが)同じスタイルだった。
これが普通だと思うが、18日の日フィルはどうして第3楽章終了後にソリストを入れたのかますます疑問だ。

♪2014-118/♪県民ホール-04

2014年12月19日金曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会 県民ホールシリーズ 第1回

2014-12-19 @県民ホール


小泉和裕【特別客演指揮者】
佐々木典子(ソプラノ)
手嶋眞佐子(メゾソプラノ)
福井敬(テノール)
小森輝彦(バリトン)
神奈川フィル合唱団(合唱)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

ベートーべン:交響曲第9番ニ短調Op.125 「合唱付」



神奈川フィルの定期コンサートが、メインのみなとみらい定期のほかに、今年から県立音楽堂と県民ホールでの演奏会(の全部ではない)が、音楽堂シリーズ、県民ホールシリーズという形に定期化された(これまでも両ホールで演奏会は広く行われていたけど、「定期」外の特別演奏会という位置付けだった。)。
音楽堂シリーズは既に5月に始まったが、県民ホールシリーズの方は今日が第1回めだった。
その記念すべき第1回定期の演奏曲目が「第九」とはまことにふさわしいスタートになった。

3つのホールはそれぞれに味わいがあって、同じオケを異なるコンサートホールで聴くのは楽しい。



県民ホールはオペラ公演も念頭に置いているせいか完璧なまでのプロセニアム(額縁)形式だ。
館内の色彩は黒、淡いベージュ、臙脂の系統で統一され、舞台の床まで黒い。
たいていのコンサートホールは木目調だから開設40周年(の節目にリニューアルされた。)を迎えた歴史のあるホールだがデザインの斬新さはなお健在だ。

さて、年末の「第九」も今日で2回め。
何度聴いても飽きることはないけど、だんだん感動が遠ざかっているような気もする。毎年年末に健康で「第九」を聴けることに感謝せねばならないと思うけど、本音を言えば3回も聴けばいいかとも思う。でも、次回の横響の「第九」は楽しみにしている。


今日、良かったこと。
まずは音がきれいに響いていたこと。
県民ホールはみなとみらいホールより500人近く客席数が多いが、NHKホールをモデルにした客席設計のせいで客席も横に長い分、3階席でも案外舞台が近い。
そのため音が遠いという感じは全くなく、適度に残響も効いて不満なし。

合唱団は小振りで120人程度(前回のみなとみらいホールでの日フィルの合唱団は200人くらい。)だったが、特に音量に不足は感じない。

合唱団は全員が最初から登壇した。
この程度の規模だと出番まで座って待っておれるから最初から登壇した方がいいに決まっている。
問題はソリストがいつ登壇するか、だ。
これが気になるところだったが、今回は第2楽章が終わった時点で静々と入って着座したのは良かった。やはり、ここだ。
「第九」には音楽の分かれ目というのがある。それは第2楽章と第3楽章の境目にあるんだ。

この結果、第3楽章が終わるとほんの一呼吸で第4楽章に突入したのはうれしい。「第九」はかくあるべきという形だ。


残念なこともあった。
第3楽章、ホルンの聴かせどころがあるが、音がひっくり返ってしまった。音階練習みたいなフレーズで、楽譜の見た目にはもっとすごい難所はあるのだけど、この部分の失敗例はほかでも聴いているので、ホルンにとっては特に音が出しにくい音域なのかもしれないが。


とはいえ、いつも気になる、気にする第4楽章の低弦も実にきれいな音で満足。声楽ソリストも声量たっぷり。合唱団も力いっぱい。終わりよければすべてよし。

♪2014-117/♪県民ホール-03

2014年12月14日日曜日

昭和音楽大学第39回メサイア

2014-12-14 @みなとみらいホール



山舘冬樹:指揮
内田智子:ソプラノ 
長澤美希:アルト
中島健太:テノール
田中大揮:バス
床島愛:チェンバロ

昭和音楽大学管弦楽団
昭和音楽大学合唱団

ヘンデル:オラトリオ「メサイア」HWV56


年末恒例は「第九」のみにあらず。
やはり、「メサイア」も聴かなくては年越しできない。

今年も昭和音大の「メサイア」を聴いた。

今年は神奈川フィルの「メサイア公演」もこの日に重なった。どうしようかと迷ったが、ここ2年聴いてきた昭和音大版を選んだ。重ならなかったら両方とも聴きたかったが残念。


オーケストラも合唱団も学生(オケの中には教員も混じっている。)とはいえ音大生だ。普通のアマオケとは一線を画す。巧い。
編成が小さい分、各パートの音がよく聴き取れて音楽の動きが分かりやすい。また、繊細な弦の響がきれいだった。
まこと至福の3時間(休憩込み)。

長大曲だし、「第九」やバッハの「クリスマス・オラトリオ」と同じように季節ものという扱いになっているようで、年末にならないと取り上げられない。クリスマスシーズンに似合う作品だからだろう。
一年に一度、この時期だけのお楽しみだ。

何度聴いてもこの音楽は素晴らしい。
平明この上なく、心地よい。
おそらく、「メサイア」を聴くのは初めてだという人にとっても、抵抗なく楽しめるだろう。
長時間の拘束も、マーラーやストラヴィンスキーを初めて聴かされるのは拷問になるかもしれないけど、ヘンデルに限って、ましてや「メサイア」に限っては、まったく何の抵抗も感じずに楽しめると思う。

宗教音楽ではある。
テキストは旧約・新約聖書から採られている。
メサイア(救世主)到来の予言の成就(第1部)、イエスの受難(第2部)、復活と救い(第3部)が描かれるので、受難曲の性格も持っている。
しかし、J.S.バッハのマタイ受難曲やヨハネ受難曲(これら受難曲も音楽形式はオラトリオであって、受難劇に特化しているだけだと理解している。)を聴くのとは少し様子が違う。

もちろん、バッハの受難曲やミサ曲はすばらしい。
荘重、厳粛な音楽はクリスチャンでなくとも敬虔な世界に惹き込まれる。
ヘンデルの場合は、そんな感じもなくもないけど少ない。
もっと俗っぽいというか、親しみやすい。
バッハで言えば同じジャンルの「クリスマス・オラトリオ」が近いのかもしれない。あるいは、ハイドンのオラトリオ「四季」の感じに近いか(こちらは宗教色ゼロ)。

全53曲(どこで区切るかによって曲数は異なるので50曲と書いてあるものもあり。)のどれも必然の音楽だからそれぞれに魅力的だけど、冒頭の「シンフォニー」は胸ときめかせてくれるし、第2部の最後を飾る「ハレルヤ・コーラス」や全曲を締めくくる「アーメン」では、ゾクゾクする高揚感に包まれて終わってほしくないという感動が湧き上がる。

「メサイア」の平明さがどこから来るのか知らないけど、バッハと同年齢だがバッハがドイツから一歩も出なかったのに対してヘンデルはドイツ生まれだがイタリアなどヨーロッパをあちこち回って27歳ころ渡英し、その後帰化して終生(享年74歳)を英国で過ごした。
そういう国際経験に加え、音楽が既にビジネスの対象となっていた音楽産業先進国英国で競争社会を生きたことと関係があるのかもしれない。

「ハレルヤ・コーラス」では、やっぱり起立する人がパラパラだがいた。以前は、知ったかぶりの嫌味を感じていたけど、今年は違った。人それぞれの思いで聴けばいいんだ、とえらく素直で丸くなった自分を発見した。来年あたりは、立ってみるか…それはないな。


♪2014-116/♪みなとみらいホール大ホール-50

2014年12月13日土曜日

日本フィルハーモニー交響楽団第303回横浜定期演奏会

2014-12-13 @みなとみらいホール



高関健:指揮
ソプラノ:半田美和子
アルト:坂本朱
テノール:錦織健
バリトン:堀内康雄
日本フィルハーモニー交響楽団
東京音楽大学:合唱

シベリウス:交響詩《タピオラ》
ベートーベン:交響曲第9番《合唱》



最近は、気候の変調や季節の食べ物が年中手に入るようになったり、シーズン商戦の前倒しなどで季節変化のグラデーションの帯域が広くなったせいでその変わり目はますます曖昧になっている。

そんな中、音楽シーンはこの月、確実に年末モードに突入して季節を明確に告知する。

「第九」と言えば12月と決まっている。
決まっているからこそ12月は「第九」の大混戦で、「ちけぴ」に出ているコンサートだけでも横浜・川崎だけで8回。主戦場の都内となると30回は下らないようだ。ほかのプレイガイドの取扱いやアマチュアの「第九」も入れると一体どれほどの回数が演奏されるのだろう。
かくいう僕も5回も聴きに行く予定だ。特に聴きたいと思って選んだのは1回だけ。残りの4回は定期演奏会なので、いわばお仕着せなのだ(嫌な訳じゃないけど)。

そのお仕着せ第1号が今日だった。

日フィルのホームページを見ると今月中に「第九」は2人の指揮者で7回演奏するようで(他の在京オケも似たり寄ったりだが)、毎回の演奏に気合を入れられるのかと心配になる。

が、今回の横浜定期が日フィル「第九」の一番乗りだったようで、おそらく、それなりの緊張感を持って臨んでくれたのだろう。

いつもながら、日フィルの響は実に柔らかい。ホールの残響に包まれた耳に優しいサウンドだが、物足りなさもあるのは聴く席のせいもある。これは畢竟費用対効果の問題に帰すので、日フィル定期ではメリハリの良さよりも柔らかサウンドを尊重するということにしておく。


ちょっと違和感を感じたのは、ソリストの出番だ。
合唱団は最初から舞台に陣取った。これはいい。
声楽ソリストはいつ登壇するか。
普通は第2楽章が終わったあとが多いように思う(この際に合唱団も入るということも多い。)。
今回は、違った。

第2楽章が終わってもソリストが登場しない。残るは第3楽章のあとしか無いので、その時点から残念感が同居した。
やはり、第3楽章が終わってからソリストが登場して拍手を受け着席するにはけっこう時間がかかるので、それまで継続していた音楽的緊張感が途切れてしまった。
これは良くない。

第3楽章と第4楽章間はアタッカ(切れ目なし)の指示がないけど、ここは間髪入れず第4楽章になだれ込んで欲しい。
第3楽章と第4楽章は一体なのだ。

第2楽章と第3楽章の間は空いてもいい。
音楽的に質が異なるし、むしろここで休憩代わりに合唱団とソリストを入場させるのが適当だと思う。

第4楽章の低弦のレシタティーヴォも綺麗すぎて物足りなかった。ここはタメを効かせて見得を切るように歌ってほしいな。まあ、好みの問題なのだけど。

残る4つの「第九」はどのように演奏されるだろうか。楽しみではある。


♪2014-115/♪みなとみらいホール大ホール-49