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2021年6月24日木曜日

シリーズ 人を思うちから 其の参「キネマの天地」

 2021-06-24 @新国立劇場


井上ひさし:「キネマの天地」全2幕
予定上演時間:2時間30分
第1幕65分
 --休憩20分--
第2幕65分

【作】井上ひさし
【演出】小川絵梨子
【美術】池宮城直美
【照明】榊美香
【音響】加藤温
【衣裳】前田文子
【ヘアメイク】高村マドカ
【ステージマネージャー】渡邊千穂 

高橋惠子⇒立花かず子(大幹部女優)
鈴木杏⇒滝沢菊江(幹部女優)
趣里⇒田中小春(準幹部女優)
那須佐代子⇒徳川駒子(大幹部待遇)
佐藤誓⇒尾上竹之助(大部屋俳優)
章平⇒島田健二郎(助監督)
千葉哲也⇒小倉虎吉郎(監督)



かつて映画化された同名作とは筋に関連はない。

超特大新作映画の打合わせに松竹蒲田の人気女優4人=大幹部(高橋恵子)・同待遇(那須佐代子)・幹部(鈴木杏)・準幹部(趣里)が築地の劇場に集められる。

鉄の序列を一応踏まえつつ「私が一番!」の4人の鞘当てがおかしい。


新作の打ち合わせとは口実で、かつて急逝した女優が実は殺人によるもので、真犯人はこの4人の中にいると告げられ、築地署刑事による捜査が始まる。

二重に仕掛けられたどんでん返しで、演劇賛歌はめでたく幕。


しかし、本篇中にみた決着を再度繰り返すような説教くさいダメ押しはいただけない。


役者に手持ち無沙汰風の場面もあり、もっと、タイトな進行ができなかったものか。



不満も残ったが、スター役者がスター役者を演ずる設定自体にそこはかとないおかしみがある。

また、舞台のすぐ近くで観たので、その臨場感・存在感は半端なかった。


特に若手の鈴木杏と趣里は身体を120度くらい曲げてお辞儀ができるその身体能力に驚いた。本篇中にも、カーテンコールでもみせたが、僕なんか30度くらいしか曲がらないよ。


♪2021-059/♪新国立劇場-04

2018年6月9日土曜日

新国立劇場開場20周年記念公演 「夢の裂け目」

2018-06-09 @新国立劇場


作:井上ひさし
演出:栗山民也
音楽:クルト・ヴァイル/宇野誠一郎
音楽監督:久米大作
美術:石井強司
照明:服部基
音響:黒野尚
衣裳:前田文子
ヘアメイク:佐藤裕子
振付:井手茂太
演出助手:北則昭
舞台監督:加藤 高

段田安則⇒天声こと田中留吉
唯月ふうか⇒田中道子
保坂知寿⇒川口ミドリ
木場勝己⇒清風先生こと加藤末太郎
高田聖子⇒紺野妙子
吉沢梨絵⇒田中君子
上山竜治⇒成田耕吉
玉置玲央⇒関谷三郎
佐藤誓⇒川本孝

井上ひさし:「夢の裂け目」全2幕
ー井上ひさし流 重喜劇 東京裁判、戦争の真実を問うー

予定上演時間:3時間
第1幕90分
 --休憩15分--
第2幕75分

これを観たのが9日。そして今日は20日。忙しかったり怠けたりで感想を書くのが遅れるということはママあるが、この作品に関しては、あまり難しくて書けない、というのが率直な感想だ。
このブログはほとんど自分の記録として書いているものだから、時として、こういう感想で終わってしまうことがあるが、それでもよかろう。無理にわかった風なことを書いてみても後で読み返す自分のためにならない。

要するに、僕は軽く考えていた。
それまでに井上ひさし作の小説、戯曲、そのドラマ化・映画化されたものは、そこそこ読んだり観たりしていたので、単なる喜劇作家ではなく、その思想傾向は左翼がかっていることも承知していたが、本作も、例えば「父と暮せば」のような反戦思想(思想というのもおかしいが。)をベースに親子の情を描く、といった感じの物語だろうと思いこんでいたが、そういう想像を遥かに超えた深刻な物語だった。

東京裁判三部作の、これが第一部に当たるのだそうだ。
東京裁判に関与することになった、紙芝居屋とその家族たちを描いている。たしかにおかしくて笑える部分もあるが、要するに、これは天皇の戦争責任を巡る物語だ。
あの天皇が責任を免れた以上、一体ほかの誰に責任があるというのか…とまあ、核心部分はそういう話だ。

こういう話は既に70年前に整理された話で、今更、さあ、君はどう考えるのだ、と突き出されても、余計なお世話だ…というのが僕の本音だ。確かに「東京裁判」は問題だらけだと思うが、もうそこに切り込んでみても仕方がないのではないか。裁判結果を受け入れ、講和条約に署名し、国際社会に復帰したことを今更なかったことにはできまい。

こういう安直な姿勢が将来の次世代のためにも良くないのかもしれん。井上ひさしの問題提起は意味がないこととも思えないが、僕は大いに混乱した。
「重喜劇」なんてジャンルが正式に存在する訳でもなかろうが、つまりは「軽喜劇」へのアンチテーゼなのだ。
でも、僕は軽〜いのでいいや。


♪2018-066/♪新国立劇場-07