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2021年11月25日木曜日

国立劇場開場55周年記念 令和3年度(第76回)文化庁芸術祭協賛公演 11月歌舞伎公演『一谷嫰軍記』

2021-11-25 @国立劇場



並木宗輔=作
一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)  二幕
国立劇場美術係=美術

序   幕    御影浜浜辺の場
二幕目    生田森熊谷陣屋の場


熊谷次郎直実     中村芝翫
源義経        中村錦之助
梶原平次景高     中村松江
経盛室藤の方     中村児太郎
堤軍次        中村橋之助
亀井六郎       市村竹松
片岡八郎       市川男寅
伊勢三郎       中村玉太郎
駿河次郎       中村吉之丞
庄屋孫右衛門     中村寿治郎
番場の忠太      中村亀鶴
熊谷妻相模      片岡孝太郎
白毫の弥陀六          中村鴈治郎
 実ハ弥平兵衛宗清

ほか


今回は、初日に観劇して、今日千穐楽に再見した。

初日に面白かった、というか、よくできた芝居だなと思ったことと、中心となる「熊谷陣屋」の演じ方の、多分、珍しい方である「芝翫型」は当分観る機会がないだろうからと思い、もう一度観る機会を窺っていた。


N響定期を振り替えたので、ちょうどこれが歌舞伎の楽日と重なって観賞効率が良くなった。


型を重んずる芸の世界なので、アドリブらしき台詞も初日と同じだったのが笑えたが、おそらく、この3週間で磨きがかかったのだろう。


問題は、初日同様入りが悪い。

こんな調子で芝翫型が廃れたのでは寂しい。


♪2021-138/♪国立劇場-10

2021年11月2日火曜日

国立劇場開場55周年記念 令和3年度(第76回)文化庁芸術祭協賛公演 11月歌舞伎公演『一谷嫰軍記』

2021-11-02 @国立劇場


並木宗輔=作
一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)  二幕
国立劇場美術係=美術

序   幕    御影浜浜辺の場
二幕目    生田森熊谷陣屋の場


熊谷次郎直実     中村芝翫
源義経        中村錦之助
梶原平次景高     中村松江
経盛室藤の方     中村児太郎
堤軍次        中村橋之助
亀井六郎       市村竹松
片岡八郎       市川男寅
伊勢三郎       中村玉太郎
駿河次郎       中村吉之丞
庄屋孫右衛門     中村寿治郎
番場の忠太      中村亀鶴
熊谷妻相模      片岡孝太郎
白毫の弥陀六         中村鴈治郎
 実ハ弥平兵衛宗清
ほか



初日観賞。
この演目の完成形を知らない。
『一谷嫰軍記( いちのたにふたばぐんき)』と言っても、一谷の合戦は描かれない(文楽版では全五段版を見たが、戦に出かけるところから演じられるのでこの芝居の隠された面白さが明らかになる。)。

多くの場合、戦が終わってからの「熊谷陣屋」だけ、それも冒頭部分がカットされて演じられるのが通例だ。

その「陣屋」の演じ方には芝翫型と團十郎型があるそうな。
いずれも何度も観ているが表札の扱いなどは違いが分かるが、細かい点まで覚えていないので大した違いではないと思う…。

芝翫型を正しく受け継ぐのが中村芝翫だ。
2016年の襲名披露興行でも演じた。
これも観たが、5年経過してうんと良くなったような気がする。分かり易い。それだけ観ている方も入魂できる。

●一つには「陣屋」の前に「御影浜」の場が置かれ、弥陀六<鴈治郎>が陣屋に登場する経緯などが明確になったこと。

●「陣屋」の冒頭に敦盛の母・藤の方<児太郎>が訪ねてきて直実の妻・相模<孝太郎>に匿われるという経緯が置かれる。
襲名披露版ではそこが省かれていたからお客にはなぜ藤の方がいきなり懐剣を持って奥の部屋から出てくるのかが分からなかった。
…と細かい工夫がなされて、成程納得。目から鱗。

芝翫は熱演!児太郎はこれまで随分観ているけど、今回の藤の方はとても良かった。
弥陀六の鴈治郎も強かさを秘め軽さもありで面白い。
一番感心したのは相模を演じた孝太郎だ。
この芝居の主人公は相模かもしれないなと思いながら観入った。
「敦盛」の首を抱えて悲痛な母の思いが胸を打つ。

これまでに観た「熊谷陣屋」の中では一番”筋”が通っていたこともあり、とても楽しめた。

しかし、残念なことに、初日だというのに客席はガラガラだった。


♪2021-123/♪国立劇場-09

2019年6月20日木曜日

令和元年6月 第95回歌舞伎鑑賞教室「神霊矢口渡」

2019-06-20 @国立劇場


福内鬼外=作
神霊矢口渡 (しんれいやぐちのわたし) 一幕
    国立劇場美術係=美術
       頓兵衛住家の場

(主な配役)
渡し守頓兵衛⇒中村鴈治郎
娘お舟⇒      中村壱太郎
船頭八助⇒     中村寿治郎
傾城うてな⇒ 上村吉太朗
新田義峰⇒     中村虎之介
下男六蔵⇒     中村亀鶴
        ほか

2回目なので「歌舞伎のみかた」は省略して本篇から参入…というか、本当は緊張感なく、寝坊して間に合わなかっただけ。


注目は終盤の壱太郎の「人形振り」だ。
前回、この演出に唸ったが「振り」は改善の余地ありと見て10日間の精進ぶりを観察。
ま、それなりの進歩あり。
最後の櫓の場面では人形から人間に戻るが、狭い所で黒衣と3人では無理なのだろう。

「人形振り」では当然目玉を開けたまま動かさない。観ながら僕も瞬きを我慢してみたがとても続かない。何気ない処でも訓練・精進だなあ。

人形を遣う黒衣役の演技に不満が残ったがこれはやむを得ないか。

それにしても、今回の芝居で壱太郎は歌舞伎役者として確実に一ステージ高みに登ったと思う。鑑賞教室、侮るべからず。


♪2019-085/♪国立劇場-09

2019年6月10日月曜日

令和元年6月 第95回歌舞伎鑑賞教室「神霊矢口渡」

2019-06-10 @国立劇場


解説 歌舞伎のみかた  中村虎之介

福内鬼外=作
神霊矢口渡 (しんれいやぐちのわたし) 一幕
    国立劇場美術係=美術
       頓兵衛住家の場

(主な配役)
渡し守頓兵衛⇒中村鴈治郎
娘お舟⇒     中村壱太郎
船頭八助⇒    中村寿治郎
傾城うてな⇒ 上村吉太朗
新田義峰⇒    中村虎之介
下男六蔵⇒    中村亀鶴
        ほか

通し狂言としても観たことがあるが、全幕中で一番の見所が大詰「頓兵衛住家の場」だろう。今回は鑑賞教室ということもあってこの幕だけが上演された。

前回は頓兵衛を歌六、お船を雀右衛門(当時:芝雀)が演じて素晴らしく印象に深く残っていたが、今回は鴈治郎に壱太郎という実の親子の共演だ。

近年成長著しい壱太郎がどこまで一途な<お船>の純情と命がけの想いを見せてくれるのかが楽しみだった。

が、終盤の見せ場〜
お船が一目惚れした新田義峰を追っ手から逃してやるために、義峰の身代わりとなって、欲深かな実の親・頓兵衛に刺され、打擲され、ボロボロになっても這いつくばって櫓に上がり、鐘を突いて追っ手の囲みを解こうとする〜
を「人形振り」で見せるという演出に本当にびっくり。

人形になりきった壱太郎には2人の黒衣(くろご)が付き、当然表情を変えない。着物の袖からほんの少し顔を出す白塗りの揃えた手指は本物の人形のように可愛らしい…

のだが、不思議なことにむしろ観ている側の感情は激しく揺さぶられた。

この人形振りにはまだ、研究の余地があるとは見たが、雀右衛門のお船とは別趣の悲劇性が高められ、思わず見入ったものである。
楽日は予定があってゆけないが、少し手前にもう一度観にゆくべくチケットを買った。あと10日余りでどれほど腕を上げているか、楽しみだ。

♪2019-078/♪国立劇場-08

2018年10月4日木曜日

十月歌舞伎 通し狂言「平家女護島」

2018-10-04 @国立劇場


近松門左衛門=作
国立劇場文芸研究会=補綴
国立劇場美術係=美術
通し狂言 平家女護島(へいけにょごのしま)三幕四場

序 幕 六波羅清盛館の場 
二幕目 鬼界ヶ島の場
三幕目 敷名の浦磯辺の場
同   御座船の場

(主な配役)
平相国入道清盛/俊寛僧都⇒中村芝翫
俊寛妻東屋⇒片岡孝太郎
瀬尾太郎兼康⇒中村亀鶴
能登守教経/丹左衛門尉基康⇒中村橋之助
俊寛郎等有王丸⇒中村福之助
上臈松ヶ枝⇒中村梅花
海女千鳥⇒坂東新悟
越中次郎兵衛盛次/丹波少将成経⇒中村松江
後白河法皇⇒中村東蔵
ほか

所謂「俊寛」に前後の段を加えた通しとして演じられた。できるだけオリジナルを復元して次代に伝えようという姿勢で、これが国立劇場の魅力だ。
しかし、先月秀山祭@歌舞伎座で吉右衛門が「俊寛」を演ったせいか、2ヵ月続いて「俊寛」では誰が演じてもお客は呼べないだろう。

僕は、秀山祭は昼の部だけを観て夜の部の「俊寛」をパスし、今月の国立での通し狂言「平家女護島」に期待をしていた。

しかし、というか、案の定というべきか、厳しい状況で、芝翫が吉右衛門にかなうはずもなし。
今日のお客の入りは全館で五分〜せいぜい六分の入りか。

舞台は芝翫親子が熱演しているのだけど、空席の目立つ客席は緊張がシカンしていた。

芝翫の息子たち、橋之助・福之助兄弟はそれぞれに出番の多い役で頑張っていたが、舞台にも生まれる緊張の隙間を埋めるには到底心もとなく、お稽古教室の感があった。

鬼界ヶ島で俊寛に斬り殺されてしまう悪役・瀬尾太郎兼康を中村亀鶴が演じていた。亀鶴という役者をこれまで何度も観てきているが、その都度忘れてしまう、まあ、あまり存在感のある役は振られていなかったように思うが、今回の役はなかなか良かった。元気な悪党ぶりが頼もしかった。これで当分覚えているだろう。

♪2018-123/♪国立劇場-014

2017年8月16日水曜日

八月納涼歌舞伎 第一部

2017-08-16 @歌舞伎座


長谷川 伸 作
坂東玉三郎・石川耕士 演出
一刺青奇偶(いれずみちょうはん)二幕五場
半太郎⇒中車
お仲⇒七之助
赤っぱの猪太郎⇒亀鶴
従弟太郎吉⇒萬太郎
半太郎母おさく⇒梅花
半太郎父喜兵衛⇒錦吾
荒木田の熊介⇒猿弥
鮫の政五郎⇒染五郎

二 上 玉兎(たまうさぎ)
  下 団子売(だんごうり)
〈玉兎〉
玉兎⇒勘太郎
〈団子売〉
お福⇒猿之助
杵造⇒勘九郎

8月の歌舞伎座は1日に3部公演だ。それなら、もっと安くできないか、と思うが、役者をこき使って、狭い場所に大勢の観客を閉じ込めて、2部公演のときとさほど料金は変わらない。松竹の商魂がミエミエな感じで役者にはすまないけど、歌舞伎座での歌舞伎公演はなかなか好きになれない。国立でゆったりと大人の歌舞伎をリーズナブルな値段で観るのが好き。

とは言え、この月は国立の歌舞伎公演はないから、毎年納涼歌舞伎に行くことになる。3部構成の中で、一番興味を持ったのが第一部の「刺青奇偶」。泣かせてくれそうな江戸の粋な人情噺。これを玉三郎の共同演出、中車、七之助、染五郎の主演で演るというから楽しみだった。

博打さえしなければ良い男だが、ヤクザな稼業から足を洗えないでいる半太郎が、ふとした縁で川に身投げした酌婦のお仲を助けた。人生に疲れていたお仲は初めて男の真情に触れ、2人は相身互いの貧乏だが幸せな暮らしを送っていたが、無理が祟ってお仲は不治の病に。なんとか助けたいと思う半太郎は賭場に因縁つけてお金にありつこうとして半殺しで叩き出されるが、そこに土地の親分政五郎が半太郎の事情を聞き、その男気に惚れて子分にしてやろうというが、半太郎は断る。そこで政五郎、自分の有り金全部を賭けて丁半で勝負しようと持ちかけ、応じた半太郎が勝利する…のは偶然なのか政五郎の情けが通じたのか。
思ってもみなかった大金を手にした半太郎は、喜び勇んで臥せているお仲の元へと急ぎ足。…この先は描かれないが、愁嘆場が待っているのは想像に難くない。

隣のご婦人は途中からもうグズグズに崩れまくっていたが、それほどの噺かな。

いくつも不満を感じた。

まずは、舞台が暗い。客席も真っ暗だ。いくら夜の情景としても暗すぎる。その一幕の間に暗転が2回。大道具を作り変えるために仕方がないとは言え、三場とも暗くて役者の顔もよく見えない。すると不思議な事にセリフも聞き取りづらい。

第二幕で話は暗いままだが、舞台はようやく少し明るくなってこれで初めて生の舞台を見る中車の顔がはっきり見えた。
暗いのが長いと気鬱になる。

そもそも、これは歌舞伎なのか、という疑問も湧いてくる。三味線・浄瑠璃はなし。台詞回しも新劇のようで、つまりは前進座の芝居のような感じを受けたが、前進座も歌舞伎なのかも。少なくとも歌舞伎座で歌舞伎役者が演じたら歌舞伎なんだろうな。

一幕三場と二幕二場に、半太郎を探し訪ねて母親と甥、母親と父親がやってくるが、二度とも半太郎とは会えない。絡みがないのなら何のために登場させているのか分からない。
原作どおりなのだろうが、彼らの出番はカットしたほうがスッキリする。

な、次第で、期待は裏切られてしまった。

二つ目の演目、玉兎はホンのご愛嬌。
団子売りは、前に仁左衛門、孝太郎で観たが、今回の勘九郎、猿之助の方が陽気な感じで良かったかな。

♪2017-140/♪歌舞伎座-04

2015年10月5日月曜日

10月歌舞伎公演「通し狂言 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」

2015-10-05 @国立劇場


中村梅玉⇒福岡貢
中村東蔵⇒貢の叔母おみね
中村鴈治郎⇒料理人喜助/正直正太夫
中村松江⇒油屋お鹿
中村亀鶴⇒奴林平
中村壱太郎⇒油屋お紺
中村寿治郎⇒銅脈の金兵衛
松本錦吾⇒猿田彦太夫
大谷桂三⇒徳島岩次(藍玉屋北六)
澤村由次郎⇒徳島岩次(藍玉屋北六)
市川高麗蔵⇒今田万次郎
大谷友右衛門⇒藤浪左膳
中村魁春⇒仲居万野
中村梅丸⇒油屋抱えお岸
ほか

近松徳三=作
通し狂言「伊勢音頭恋寝刃」(いせおんどこいのねたば)
 三幕八場
 国立劇場美術係=美術
       
序幕
第一場 伊勢街道相の山の場 
第二場 妙見町宿場の場
第三場 野道追駆けの場
第四場 野原地蔵前の場
第五場 二見ヶ浦の場

二幕目 御師福岡孫太夫内太々講の場

大詰
第一場 古市油屋店先の場
第二場 同 奥庭の場


国立劇場がこの作品を取り上げるのは開場以来初めてだそうだ。
他の劇場でも大詰めの二場が単独で度々演じられるそうだが、二幕目の太々講(だいだいこう)の場は歌舞伎座で演じられて以来53年ぶりになるという。

つまり、これまでは各場がバラバラに上演されてきたが、これを通し狂言として演ずるのは初めてということだ。
こういうのは国立劇場でしかできない仕事だ。

阿波国のお家騒動が下地にあって、将軍家に献上する予定の名刀「青江下坂(あおえしもさか)」が行方知れず、恋人の裏切り(実は…の展開)や妖刀の殺気に翻弄される大量殺人などが描かれる。

芝居全体の主役は梅玉演ずる福岡貢という伊勢神宮の御師であるが、陰惨な大詰めの前に置かれる太々講の場はむしろ喜劇で、ここでは正直正太夫を演ずる鴈治郎が実におかしい。

油屋(遊郭)店先の場では、貢がすったもんだの末に青江下坂は手にしたもののその折紙(鑑定書)を手に入れようと腐心するが、これを仲居の万野(魁春)が邪魔をする。愛人お紺(壱太郎)にも仔細あって邪険にされる。遊郭の決まりだと言われて、手に入れた刀を帳場に預けることになるが、敵方が刀を入れ替えてしまうなどのふんだり蹴ったりだ。

面目を失った貢が油屋を出た後、刀が入れ違っていると気づき油屋に戻るが、そこで、こちらも偽物の刀を掴まされたと思って貢の刀を取り返そうとする万野を貢が誤って斬りつけ、それが契機となって、万野の仲間(敵方)の連中をメッタ斬りにしたのは名刀青江下坂の妖気の故か。

お紺が折紙を手に貢のもとに駆けつけたことから、我に返った貢は自分がしたことの重大さにおののき腹を切ろうとするが、そこに料理人喜助(鴈治郎)が現れ、刀は自分が最終的に入れ替えておいた本物であることを告げ、めでたしめでたし。


まあ、大略こういう筋だ。
最後の最後にフラ~っと出てきた敵方の小物を貢が切り捨てた際に、喜助が「下坂の切れ味見事!」と声を掛けてお終いになったと思うが、これは人道的にひどい作劇だなあ、と思ったよ。

まあ、そういう残酷な殺戮シーンもあるが、滑稽な場面もあって、通し狂言の長丁場を退屈させない。


梅玉という役者が歌舞伎界でどういう位置を占めるのかよく分からない。
これまでに観た「双蝶々曲輪日記」の南与兵衛や「傾城反魂香」の又平も主役なのだろうが、今回が一番大きな役だったと思う。
それにしては地味な役者だ。渋いというべきかもしれないが、どうも彼の持ち味をどう受け止めて良いのかよく分からなかった。

正直正太夫という滑稽味と料理人喜助、実は貢の家来筋という2役で、この芝居のおいしいところをさらったのは鴈治郎ではなかったか。


♪2015-97/♪国立劇場-04