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2024年7月4日木曜日

東京都交響楽団 第1003回 定期演奏会Bシリーズ

2024-07-04 @サントリーホール



ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団
五明佳廉:バイオリン*

【定期演奏会1000回記念シリーズ⑧】
【ブルックナー生誕200年記念】

ブルッフ:バイオリン協奏曲第1番ト短調 op.26*
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調 WAB104「ロマンティック」(コーストヴェット:1878/80年)
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ピアソラ:タンゴ・エチュード第3番*



フルシャは都響の首席客演指揮者だったから、都響との組み合わせが一番多く、ほかにN響が数回。
まあ、大体いつも良い感じで聴いていた。

都響Bは前回=正真正銘の1000回記念が、インバルでブルックナーの9番。これがブルマラ嫌いの僕にも聴きごたえのある良い演奏だったが、これに比べると、今日の4番はいつもの都響らしい賑やかな演奏だったな、くらいの印象だった。

よほど、見事なアンサンブルで引き込んでくれないと、時々登場する安っぽいドラマの劇伴みたいなフレーズに聴いていても恥ずかしくなる。

五明佳廉は22年秋以来で、その時も都響だったが、良い印象が持てなかった。本日も、なんであんなにスカートのスリットが長いのだ、と見た目が先ず気になって集中できず。
芸術鑑賞はまこと人間修行だな。

♪2024-096/♪サントリーホール-15

2023年2月15日水曜日

第1976回 NHK交響楽団 定期公演 B-1

2023-02-15 @サントリーホール



ヤクブ・フルシャ:指揮
NHK交響楽団
ピョートル・アンデルシェフスキ:ピアノ*

ドボルザーク:序曲「フス教徒」作品67
シマノフスキ:交響曲第4番 作品60「協奏交響曲」* 
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 作品98
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シマノフスキ:20のマズルカ 作品50 - 第3曲*




今日のN響は昨夜の都響のデジャヴだった。番組構成も似ていたが、響の悪さがそっくり。ま、これはオケのせいではない。ホールのせいだというのも気の毒なくらい、冬場のせいかホールも楽器も乾燥していたのではないか。まるで原音を聴いているようで潤いがない。

そこへきて3曲とも弦16型。キンキンシャリシャリ、煩いのなんのって。
加えて、今日もピアノの音は最悪。
重い・暗い・硬い・鈍いと4拍子揃って聴くに耐えない。
真ん中の真ん中、やや前寄りで聴いているので、席に問題はない。ピアノに関してはサントリー固有の問題だ。
どこのホールでもそう聴こえるのではない。
みなとみらいホール、ミューザ、音楽堂、オペラシティ、文化会館などではスタインウェイは大抵明るく輝いて聴こえる。
演奏者は直接音を聴いているから客席でどう聴こえているかは分からないのだろう。
タダ券もらっている評論家は気がついていても何も言えない。
演奏家も客席で聴けば音が悪いのが分かるはずだが言えない。

楽しみにしていた、ブラームスは、ありゃブラームスではない。
ショスタコとかストラヴィンスキーみたいだった。

♪2023-031/♪サントリーホール-05

2019年4月13日土曜日

N響第1909回 定期公演 Aプログラム

2019-04-13 @NHKホール


ヤクブ・フルシャ:指揮
NHK交響楽団
ヴェロニク・ジャンス:ソプラノ*

R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」
ベルリオーズ:叙情的情景「クレオパトラの死」*
ヤナーチェク:シンフォニエッタ

寄席が終わった後、半蔵門からNHKホールまで歩いて行っても開演までには時間がありすぎるし、NHKホール周辺には休む場所もないので半蔵門近辺で時間を潰し、明治神宮前でも軽食を摂って開演時間を待った。18時半近くになって、そろそろいい頃合いと店を出てNHKホールに向かったが、ホール前はガラガラだ。え!早すぎたか、と一瞬思ったが、チケットを捥ぎってもらって異変に気がついた。というより、異変は僕の頭の中だった。なんてことだ。コンサートはもう始まっていたのだ。

そう、A定期の初日は18時に始まるというのに、この日、僕はどういう訳か、19時開演だとばかり思い込んでいた。
どうしてそうなったのかは分からないけど、近頃は、こういう、思い込みによる堂々とした失敗が増えてきたよ。知らず知らずに脳も衰えてきているのだ。

そんな訳で、楽しみにしていた「ツァラトゥストラはこう語った」はもう始まっていた。本日1番の大作(少なくとも長尺)がなぜか、第1曲めに置かれていたので、聴き逃してしまった。まだ始まってそれほど時間は経過していなかったけど、オーディトリアムには入れてもらえないので、ロビーのモニターのそばでステージの様子を見るともなく、聴くともなく、終曲を待った。
仲間が10人程度はいたなあ。

終わるや否や中に入れてもらって席に着いた。
前半2曲めは全くの初聴きだった。
22分も要する長大な歌曲とも言える。
フランス語の対訳がプログラムに出ていたが、薄暗い会場で読み辛くページをめくる音もきになるから、すぐ諦めたが、そのうち眠くなってきた。
楽しめるような準備ができていないし、多分、今後聴くこともないだろう。

最後はヤナーチェクの「シンフォニエッタ」で、これは多少の聴き覚えがあった。冒頭の金管13本とティンパニーによるファンファーレが特異な旋律で一度聴いたら忘れられないが、その余はほぼ忘れてしまっていた。いや、今も思い出せない。
金管13本がステージの後ろの方に起立して並んでいたのは覚えているが、バンダでもう一組13本の金管群が登場したはずだけど(解説のオケ編成に書いてある。)、それがどこで演奏したのか、思い出せない。そのうちNHK-TVのクラシック音楽館で放映されるはずなので、そこで確かめられるが、自分の記憶力のいい加減さに悲しくなる一夜ではあった。

♪2019-047/♪NHKホール-02

2017年12月16日土曜日

東京都交響楽団 第845回 定期演奏会Bシリーズ

2017-12-16 @サントリーホール


ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団

マルティヌー:交響曲第1番 H.289
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68

月曜のA定期と同じマルティヌー&ブラームスの今日は2番。オケの編成も多分同じ。コンバス8本でブラームスっていいのかという疑問あり。あまり弦が多いと透明感が減少するリスクが増える。惜しい。
同日マチネで聴いたN響のメンデ3番もコンバス8本の大編成だったがパート毎に分離する音の明瞭さ。今日の都響も一歩及ばず。

とはいえ、A定期に比べると今日の方がずっと良いアンサンブルだった。弦がキンキンしなかったのはホールのせいだろうな。文化会館のA定期の席も悪くないのだけど、あのホールは残響が少ない分、原音:残響で言えば原音比率が高く、弦のピッチが甘いとそれがはっきりと聴こえてしまう。もう少し後ろで聴けばいいのかもしれないと思って、来季は3列後ろに移動することにしたが。

ところで、今回もフルシャの楽章間ポーズが長過ぎて緊張感に欠ける。楽章が終わる度に客席では咳払い狂騒曲が始まるのが耳障りだ。もっとテンポよくやってほしかった。

フルシャは今日で主席客演指揮者の座を降りる。
客席は大歓呼で送り出した。
人気もあるが、実力もあるのだろうな。その辺はどうもよく分からない。優れたオケとリハーサルを十分重ねたら、ハットするような音楽を聴かせてくれるのかもしれない。

♪2017-204/♪サントリーホール-05

2017年12月11日月曜日

東京都交響楽団 第844回 定期演奏会Aシリーズ

2017-12-11 @東京文化会館


ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団

ドボルザーク:序曲《オセロ》 op.93 B.174
マルティヌー:交響曲第2番 H.295
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調op.73

J.フルシャでマルティヌー2番、ブラームス2番他。
弦5部の編成は3曲とも同じだったような…。
大規模でコンバス8本。これでブラームス演る?
音圧は大きいが豊穣な響とは言えない。

この頃都響に満足できず欲求不満が続く。
次回のサントリーでも同指揮者・作曲家作品。さてどう響くか。

♪2017-200/♪東京文化会館-15

2017年7月26日水曜日

フェスタサマーミューザ2017 東京都交響楽団 ≪ヤクブ・フルシャの「わが祖国」≫

2017-07-26 @ミューザ川崎シンフォニーホール

ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団

スメタナ:連作交響詩「我が祖国」(全曲)

今日は都響の「我が祖国」全曲。
5月にN響でやはり全曲を聴いたが、面白くない音楽だという印象だった。もちろん、単独でよく演奏される第2曲「モルダウ」は馴染んでいるせいもあってなかなか良い曲だとは思うけど、全6楽章、80分という長大曲にしては構成が悪いのではないか。

今日の指揮は、首席客演指揮者のヤクブ・フルシシャ。
既に何度か定期演奏会で聴いているし、定期外でも、昨年の我が鑑賞ステージの有終の美を飾ったのが、彼の指揮による都響「第九」だった。
その前日のブロムシュテット+N響の「第九」には薄皮一枚及ばなかったと記録しているが、好感度の大きな若手指揮者だ。しかも、彼はチェコの出身であるからには、「わが祖国」に対する思い入れも強かろうし、現に、全曲を暗譜で振った。

第1曲めは2台のハープの掛け合いで始まるが、今日の配置は1台を舞台上手に、他方を下手に置いて、耳目を舞台に惹きつける効果的な演出だったが、やはり、その後に始まる管楽器のアンサンブルが美しくない。これはN響でも全く同じく感じたことだ。演奏の上手い下手ではなく、オーケストレーションが悪いに違いない。

かくして、期待薄のまま前3曲が終わり、休憩に入った。

しかし、後半の3曲はだんだんよくなる法華の太鼓だ。
楽器も時間を経て奏者に馴染んで来たのか、あるいは、オーケストレーションが分かりやすいからか。
特に5曲めはユニゾンを中心にした管・弦の強奏のフレーズが多くなり、これが実に力強いアンサンブルだ。
そして、凱歌と共に第1曲のテーマが重なり、圧倒的なフィナーレになだれ込んだ。
このへんまで来ると、既に失聴していたスメタナの執念の作品であることや、その後も精神を病んで亡くなったスメタナの生涯、その「わが祖国」たるチェコ(当時はオーストリア・ハンガリー帝国ボヘミア)への作曲家の思いに、彼にとっても「わが祖国」であるヤクブ・フルシャのスメタナと故郷への思いとが幾重にも重なったかのように熱く盛り上がった。
もちろん、後半充実してきた都響の力強いアンサンブルが素晴らしかったのは言うまでもなし。

フェスタサマーミューザの初日の、ホームオケである東響によるオープニングコンサートよりもお客が多かったような気がする。見渡す限り空席は上層階や舞台後方に数える程でしかなくほぼ満席と言っていいだろう。これはフルシャ人気、都響人気もない訳ではなかろうが、開演時間が他のオケのように15時ではなく、19時だったのも集客に寄与したのではないか。

その満席の観客席は、終演後、ミューザとしては記録的な大きな拍手と歓声に長く包まれた。
儀礼を確実に超えた熱いカーテンコールにフルシャは何度も応えて大いに愛想を振りまいた。もう、オケの団員があらかた引き上げた後も拍手は鳴り止まず、遂に引き出されたフルシャは舞台近くで立ち上がっていた客の何人かと握手をしながら名残惜しそうに袖に消えた。

今日のコンサートで、一番感動したのは、多分、熱烈歓迎を受けたヤクブ・フルシャだったに違いない。しかし、指揮者、オケの団員、お客のすべてが、暖かい空気に包まれた事で、観客もホクホクした心持ちで帰途に着いたのも間違いない。

♪2017-128/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-17

2016年12月26日月曜日

都響スペシャル「第九」

2016-12-26 @サントリーホール


ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団

ソプラノ:森谷真理
アルト:富岡明子
テノール:福井敬
バリトン:甲斐栄次郎
合唱:二期会合唱団

ベートーベン:交響曲第9番ニ短調 作品125 「合唱付き」

2016年の、5回目にして最後の「第九」。そして最後185回目のステージ。

フルシャ指揮都響は大いに健闘した。
が、昨日のN響とは薄皮一枚の差を感じた。
ブロムシュテット+N響は音楽の細部の総和が100%を超える力を感じたが、今日の都響は細部の積み上げより元気さが目立った。

これも一つの「第九」だろうが、それにしては、楽章間の間合いの長さが高潮感を削いだ。
少なくとも第3楽章から第4楽章へは間髪入れずに入って欲しい。

全員二期会の独唱・合唱陣はとても迫力があり、元気なオケにも負けていなかったのは素晴らしい。

♪2016-185/♪サントリーホール-14

2016年12月19日月曜日

東京都交響楽団 第822回 定期演奏会Aシリーズ

2016-12-19 @東京文化会館


ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団

マルティヌー:交響曲第5番 H.310
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 op.93

マルティヌーという作曲家は知らなかった。1890年モラヴィア生まれ。1959年になくなっている。交響曲を6曲書いているが、第1番が51歳のときというからブラームスもびっくりの慎重派?
5番を書いたのが1946年。
それにしてはとてもロマンチックでドラマチックな音楽だった。
初めて聴いたから、へえ、こんな音楽か、ということ以上の感興はなかった。


ショスタコの10番も多分初聴きだ。
第1楽章が全体の半分近い長さ(25分位)で、しかもほとんど弱音でゆったりと経過してゆくので体調が悪ければ爆睡必至だ。
が、第2楽章が賑やかでテンポも速いので寝ていた観客もここでは覚醒するだろう。
古典的な形式の第1楽章と第2楽章がこの作品では入れ替わっている。
第3楽章もあまり面白くない。
終楽章もいよいよ終曲の少し手前からどんどんと盛り上がっていって、ようやくそれまでの憂さ晴らしができるのだけど、心に残るフレーズはなかった。

ショスタコーヴィチとしては過去に色々と国家からの批判を受けてきたために、本作では密かに自分の名前や女性の名前を織り込んで、屈折した本音を表現しているという説もある。
スターリンの死まで発表を待ったらしいが、そのような事情は音楽とどう関係してくるのだろう。
純粋に絶対音楽として楽しめばいいのではないか。
もっとも、なかなか楽しませてはくれないのだけど。

♪2016-181/♪東京文化会館-10

2016年12月14日水曜日

東京都交響楽団 第821回 定期演奏会Bシリーズ

2016-12-14 @サントリーホール


ヤクブ・フルシャ:指揮
東京都交響楽団
ヨゼフ・シュパチェク:バイオリン*

ドボルザーク:バイオリン協奏曲 イ短調 op.53 B.108*
マーラー:交響曲第1番 ニ長調 《巨人》
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アンコール
イザイ:無伴奏バイオリン・ソナタ第2番から第4楽章*

指揮のヤクブ・フルシャは都響の首席客演指揮者だが、これまで聴いたことがなかった(?)。まだ35歳だが、5年前(2011年)の『グラモフォン』誌で、「大指揮者になりそうな10人の若手指揮者」のうちの1人に選ばれたそうだ。

バイオリン独奏のヨゼフ・シュパチェクも初めて。こちらは30歳。

ドボルザークはまずまず。
むしろ、アンコールに弾いたイザイの無伴奏が超絶技巧で素晴らしかった。

大いなる楽しみは「巨人」だったのだけど、冒頭からテンポが遅いと感じて、最後までもうちょっと早めに頼むと思いながら聴いていた。そう思って聴いているとなかなか音楽に没入できないし、終楽章の盛り上がりも今ひとつカタルシスに欠けた。
終わるや否や時計を見たら、演奏時間は約55分で、決して長くはない。帰宅後手持ちCDの4種類の「巨人」を調べたらいずれも54分から58分で、こうなるとヤクブ・フルシャのテンポ設定は当を得たものだったのかもしれない。

都響のアンサンブルにはたいてい満足しているのに、この日の響はしっくり来なかったのはどうしてだろう。金管に珍しくミスがあった。でもそれは大勢に影響しない。
何か、わが心のうちに心配事でもあったのかなあ、と自分で自分の心配事を心配してみたがこれといったものも見当たらず。そういう日もあるか、ということにしておこう。

♪2016-176/♪サントリーホール-13