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2022年4月24日日曜日

東京交響楽団川崎定期演奏会 第85回

2022-04-24 @ミューザ川崎シンフォニーホール



リオネル・ブランギエ:指揮
東京交響楽団

リーズ・ドゥ・ラ・サール:ピアノ*

サロネン:ヘリックス
ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調*
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」(1919年版)
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ショパン:夜想曲 No.20嬰ハ短調「レント・コン・グラン・エスプレッショーネ」 遺作


今日の作曲家と演奏家の国を並べると🇫🇷、🇫🇮、🇷🇺で、🇷🇺の🇺🇦侵攻絵図が思い浮かぶ。
なんとか収めようとした🇫🇷のマクロンは今やその地位も危なくなっている?
🇫🇮はNATO加盟にまっしぐら。
🇷🇺の悪あがきはもう哀れを誘う。

ところで、今日のコンサートマスターはGニキティン(ロシア人)だった。彼の心中や如何にと心配をしていたが、案の定、いつもの笑顔が全く影を潜めて気の毒な具合だった。体調が悪かっただけかもしれないが。

4曲は、いずれも20-21世紀の作品ばかりのせいか、弦より管打の編成が相対的に大きく、活躍する曲なので、弦の聴き処が少なかったが、そういう音楽なのだから仕方がない。

指揮のブランギエは前に東響で聴いていたが、ピアノのドゥ・ラ・サールは初聴き。偉くおとなしい演奏で、繊細で丁寧(Encショパンはいい感じ!)だけど、もう少し荒々しさも欲しかったな。あれじゃゴジラも怖くない。

本日のメインディッシュは「火の鳥(1919年版)」。
これはホンに良かった。

以前は45年版を聴く機会も少なくなかったが、21年以降は今日で5回目だが、すべて19年版だ。一種の流行りなのだろうか。

尤も、何が違うかと言われても良く分かっていないし、特に「王女たちのロンド」以降は同じに聴こえたけど違うのかな?

♪2022-060/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-14

2017年4月8日土曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会みなとみらいシリーズ第328回

2017-04-08 @みなとみらいホール


川瀬賢太郎:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

サロネン:フォーリン・ボディース
マーラー:交響曲第1番「巨人」

第1曲のサロネンと言うのは正しくはエサ=ペッカ・サロネンで、本来は指揮者として活躍している。同郷のフィンランド出身でユッカ・ペッカ・サラステという指揮者もいて時々ごっちゃになる
サロネンの方は作曲もするそうで、今日の「フォーリン・ボディース」がサロネンの作品だ。
何しろ同時代の人の作品であるから当然に超現代音楽だ。ミニマル系といえるのではないか。同じリズムが繰り返されるが単調さを補うために時々奇妙奇天烈な音が紛れ込んだりして聴き手を飽きさせないが、感動にも程遠い。
それでも、アンサンブルは綺麗にまとまって、常任指揮者4年目に入る川瀬賢太郎もだいぶオケの団員の心に深く分け入ったか、ガバナビリティが向上してきたやに見える。

しかし、マーラーの交響曲第1番はお粗末だった。
川瀬賢太郎のせいではあるまい。少しは指揮者にも責任があるが。冒頭の弦の最弱音は非常に美しかった。そこにまずはフルートが入ってくるがこの音が大きすぎる。さらに加わる木管のタイミングがずれている。愈々ホルンが入るとここも危なっかしい。
アキレスほど立派じゃないけど、神奈川フィルのアキレスの腱はホルンだ。せっかくの熱演も下手なホルンがぶち壊すことが少なくない。

特に終楽章は、これだけで20分を超えるので緻密な構成力で緊張を維持してほしいが、金管のミスが耳についたこともあって、気持ちが集中できない。オケそのものが、いや、指揮者自身が緊張の糸を切らさなかったろうか。

「巨人」は先月、日フィルで聴いたばかり。今月のN響定期も「巨人」だ。頻繁に聴く曲だけに、ちょっとやそっとでは満足できないようになっているのかもしれないけど。

♪2017-054/♪みなとみらいホール-15