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2022年4月17日日曜日

東京・春・音楽祭2022 プッチーニ・シリーズ vol.3 《トゥーランドット》

2022-04-17 @東京文化会館



ピエール・ジョルジョ・モランディ:指揮
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
合唱指揮:宮松重紀
児童合唱指揮:長谷川久恵

トゥーランドットSp:リカルダ・メルベート
カラフTn:ステファノ・ラ・コッラ
リューSp:セレーネ・ザネッティ
ティムールBsBr:シム・インスン
皇帝アルトゥムTn:市川和彦
ピンBr:萩原潤
パンTn:児玉和弘
ポンTn:糸賀修平
役人Br:井出壮志朗

プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》
(全3幕)<演奏会形式/イタリア語上演/字幕付>

予定上演時間:約2時間45分
 第Ⅰ幕   30分
  休憩  25分
 第Ⅱ幕   45分
  休憩  25分
 第Ⅲ幕   40分


今回も良席ではなかったけど、ローエングリーンの時よりずっとマシだったので、首の捻れで苦しむことなくかなり没入できた。
何しろ冒頭の読響の音の鮮烈なこと。これでまずは惹き込まれた。その後も終始心地よい響きで、今日の1番の功績かも。

海外勢ではRメルベートには縁があって、何度も聴いているので楽しみだったが、期待に違わず脂が乗っているという感じ。リュー役のザネッティも1度新国で聴いている。好感。カラフ役のSラ.コッラは初めてだったが、歌手陣では今回のHitかな。「寝ては〜」を朗々と鳴り響かせてゾクゾクさせた。

上演形式上演出は最少限。その為か、いつも納得できるかハラハラする最終場面が、案外抵抗なく収まってしまった…のは、物語に納得したからではない。見事な歌唱、オケ・合唱も素晴らしくて、演奏会形式として極上の音楽を聴きながらなお不満に思うなら、それは場違いの感じがしたから。

♪2022-047/♪東京文化会館-08

2019年4月7日日曜日

東京・春・音楽祭-2019-歌劇「さまよえるオランダ人」

2019-04-07 @東京文化会館


ダーヴィト・アフカム:指揮
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ

ブリン・ターフェル:オランダ人(バス・バリトン)
イェンス=エリック・オースボー:ダーラント(バス)
リカルダ・メルベート:ゼンタ(ソプラノ)
ペーター・ザイフェルト:エリック(テノール)
アウラ・ツワロフスカ:マリー(メゾ・ソプラノ)
コスミン・イフリム:舵手(テノール)
ほか

ワーグナー:オペラ「さまよえるオランダ人」
演奏会形式
全3幕〈ドイツ語上演/字幕・映像付き〉  

予定上演時間:約2時間45分
第Ⅰ幕50分
 --休憩30分--
第Ⅱ幕・第Ⅲ幕85分

帰宅後も頭の中はオランダ人の動機が鳴り止まない。

ブリン・ターフェル(オランダ人)やピーター・ザイフェルト(エリック)もワーグナー物の映像でよく観ているが生では聴いたことがなかった。
舞台に接したのはリカルダ・メルベート(ゼンタ)だけで、彼女は新国立劇場で「ジークフリート」(ブリュンヒルデ)、「ばらの騎士」(元帥夫人)、「フィデリオ」(レオノーレ)を観ている。いわばおなじみ様で好感度の高いソプラノだ。彼女の歌をまたもや聴けるのが、「オランダ人」の一番の楽しみだった。

が、幕が上がってみると、やはりみんな世界一流のワーグナー歌手である。彼女だけでなくターフェル、ザイフェルト、そして急遽の代役で登場したオースボーも全員素晴らしいので、当たり前とはいえ、期待以上で驚いた。

加えて席にも恵まれた。なにしろ、5列目のセンターだ。
新国立劇場では最前列で聴いたこともあるが、今回は、演奏会形式なのでピットがない分舞台が近い。10mと離れていなかっただろう。歌手の微かな息音まで明瞭に聴き取れる一方、人間トランペットか人間トロンボーンかと思うくらいの特大声量は耳を劈(つんざ)くようでもある。

N響も合唱も期待以上の出来だ。
オケの演奏は一桁列では聴きたくないなあと、この点に関しては選んだ席に不安があったが杞憂だった。奥行きを持たせた舞台のせいもあったかもしれないが、さすがのN響は弦もきれいな響きを聴かせた。

クライマックスの終幕が、音楽的にもとりわけ迫力があった。オケ、合唱、声楽独唱陣がいやが上にも不安や焦燥を掻き立て、ついには救済の安息へ。いやはやこんなに凄い舞台になるとは予想外。

これまで映像ディスクでの鑑賞はしていたが、イマイチ入魂できずにいた「オランダ人」。
筋はともかく若いワーグナーの分かりやすい音楽がとても親しめたのも収穫なり。

♪2019-44/♪東京文化会館-04

2018年5月24日木曜日

新国立劇場オペラ 開場20周年記念特別公演「フィデリオ」

2018-05-24 @新国立劇場


指揮⇒飯守泰次郎
演出⇒カタリーナ・ワーグナー
ドラマツルグ⇒ダニエル・ウェーバー
美術⇒ユリウス・ゼンメルマン
衣裳トーマス・カイザー
照明⇒クリスティアン・ケメトミュラー

合唱⇒新国立劇場合唱団
管弦楽⇒東京交響楽団

ドン・フェルナンド⇒黒田博
ドン・ピツァロ⇒ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
フロレスタン⇒ステファン・グールド
レオノーレ⇒リカルダ・メルベート
ロッコ⇒妻屋秀和
マルツェリーネ⇒石橋栄実
ジャキーノ⇒鈴木准
囚人1⇒片寄純也
囚人2⇒大沼徹

ベートーベン:全2幕〈ドイツ語上演/字幕付〉予定上演時間:約2時間40分
第Ⅰ幕70分
 --休憩30分--
第Ⅱ幕60分

「フィデリオ」の生舞台は初めてだけど、ビデオディスクは持っているので、まるきり初めてという訳ではなかった。
そのディスクは2003年4月のザルツブル・イースター音楽祭でサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルの演奏。演出はニコラウス・レーンホフのものだ。
時代設定はあえて不詳にしてあり、舞台装置も単純で抽象的なものだが、筋書きは台本どおりだと思う。

詳しく勉強した訳ではないが、他に参考資料を見ても、今回の新国立劇場でのプログラムに書いてある「あらすじ」を読んでも、だいたい似たり寄ったりの筋が書いてあるところから、ビデオ版の「フィデリオ」もベートーベンが拠にした台本に沿った演出だと思う。

であるので、これは、男装しフィデリオと名乗って政治犯牢獄で働きながら夫フロレスタンを救出する妻レオノーレの物語だと安心しきっていた。さらに言えば、フロレスタン個人が救済されるというより、政治犯が解放され思想信条の自由が勝利するという物語であるはず。

前から2列めという字幕を読むには不利な席だけど音楽にはどっぷり浸れる。音楽は文句なしにベートーベンらしさに溢れて、歌手には相当困難らしいが、聴いている分にはその良さを堪能できる。
なので、あまり字幕を熱心に追わず、音楽に集中していた。話がどう進み、どういう結末を迎えるか分かっているのだから。

ところがどっこい。
話が違う。
第2幕第2場から様子が変で、ラストはもうまるきり台本から逸脱した。いや、「逸脱」という言葉では不足するくらいのとんでもない最後だった。ベートーベンが生きていたらこの演出家を銃殺したのではないか。

新国立劇場だけでなく、これまでどこの劇場でも終演後にブーイングを聞いたのは初めての経験だ。いや確かに怒りたくなる。

演出家はカタリーナ・ワーグナー。
あのワーグナーのひ孫だそうな。
極東の歴史の浅い(この作品は会場20周年記念特別公演と位置付けられている。)オペラハウスで、好きにやってくれ、と言われて、思い切り遊んでみたか。

2月の二期会「ローエングリン」も深作健太の新演出が自己満足の為に奇を衒ったようで面白くなかったが、今回のカタリーナ・ワーグナーの新演出は、<読み替え>の限度を超えて「フィデリオ」を冒涜したような思いがする。

新国立劇場の音楽監督である飯守泰次郎が最後に自ら指揮をする作品であったのにその有終の美を穢したとは言いすぎかな。

歌手陣はいつもながら素晴らしかった。
レオノーレを演じたリカルダ・メルベートは「ジークフリート」、「ばらの騎士」についで3度めだったが、迫力ある美声だ。
フロレスタン役のステファン・グールドは「リング」4部作についで5度目で、彼も見事なものだ。
他に、ロッコの妻屋秀和やマルツェリーネの石橋栄実など日本人歌手も引けを取らない歌唱だった。

ピットは東響で、これがなかなか良い。ミューザやサントリーで聴くときより響が良いのは、ピット効果なのか、新国立効果なのか分からないけど、音楽を聴く喜びを感じさせてくれる。

指揮者はじめ、演奏陣は力を尽くしているのに、この演出ではさっぱりだ。気の毒に思うよ。カーテンコールも盛り上がりに欠けた。

帰宅後、プログラムをよく読めば、ドラマトゥルク(定義がよくわからないし、プロダクション毎に役割も異なるようだ。)であるダニエル・ウェーバーなる人物がプロダクションノートを記していて、そこに今回の演出の解釈のヒントが出ていたが、仮に事前に読んでいたとしても、舞台で繰り広げられたとんでもない結末を誰が予想したろう。

舞台美術は全幕基本的に変化しない。何しろ全ては政治犯牢獄で始まり終わるのだから。全体に暗いのもやむを得ないだろう。
しかし、最大4階分(上下する)まで作ってあり、そこで芝居が行われるので、1階席からは終始見上げていなくてはいけないし、4階席からは舞台の上部は見えなかったのではないか。こういう点も美術や演出において考えてくれなくては困るな。

いやはや、音楽だけが救いだった。

バックステージツァーで舞台から客席を見る
♪2018-060/♪新国立劇場-06

2017年12月6日水曜日

オペラ「ばらの騎士」

2017-12-06 @新国立劇場


指揮:ウルフ・シルマー
演出:ジョナサン・ミラー
美術・衣裳イ:ザベラ・バイウォーター
照明:磯野 睦

合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

元帥夫人:リカルダ・メルベート

オックス男爵:ユルゲン・リン
オクタヴィアン:ステファニー・アタナソフ*
ファーニナル:クレメンス・ウンターライナー
ゾフィー:ゴルダ・シュルツ
マリアンネ:増田のり子
ヴァルツァッキ:内山信吾
アンニーナ:加納悦子
警部:長谷川顯
元帥夫人の執事:升島唯博
ファーニナル家の執事:秋谷直之
公証人:晴雅彦
料理屋の主人:加茂下稔
テノール歌手:水口聡
帽子屋:佐藤路子
動物商:青地英幸
  ダニエラ・シンドラムの代役*
       
R.シュトラウス:「ばらの騎士」全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉

6月ジークフリートで好感したR.メルベートが元帥夫人だったからという訳でもないが、最終幕の重唱がこれ程胸を打ったのは初めて。
R.シュトラウスがいやが上にも煽りたてる複雑な愛の三重唱と繊細に愛を語る二重唱の対比が見事。

7月にも二期会公演を観たが、演出、舞台美術で格違いを感じた。


♪2017-195/♪新国立劇場-09

2017年6月14日水曜日

楽劇「ニーベルングの指環」第二日〜ジークフリート〜

2017-06-14 @新国立劇場


ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」第2日〜ジークフリート〜

指揮:飯守泰次郎
演出:ゲッツ・フリードリヒ


東京交響楽団

ジークフリート⇒ステファン・グールド
ミーメ⇒アンドレアス・コンラッド
さすらい人⇒グリア・グリムスレイ
アルベリ⇒ヒトーマス・ガゼリ
ファフナー⇒クリスティアン・ヒュープナー
エルダ⇒クリスタ・マイヤー
ブリュンヒルデ⇒リカルダ・メルベート




一昨年の秋に始まったシリーズも愈々「ジークフリート」を迎えた。手持ちのビデオを観たり、CD全曲盤を聴いたり、解説本を読んだりと、随分事前の勉強をし、加えて、新国立劇場が公演したハイライト版も鑑賞して、もう頭の中はパンパン状態。

「ジークフリート」はハイライト版を別にすれば演奏会形式を含め生舞台は初めてだったが、猛勉強のお陰でプロットはこれまでになくよく消化できて没入度が高かった。
ただ、2幕2〜3場の短時間の小鳥の声を除けば終盤まで女声は登場しない。それまでは専ら男たちの会話劇に終始する。ひたすら延々3時間小難しい対話が続き、音楽も暗いのであまり面白いとはいえない。
劇的な期待は(人にもよるが)もっぱら3幕後半、ブリュンヒルデとジークフリートが初めて会う瞬間までおあずけだ。

「恐れを知らぬ」ジークフリートが、火の山で眠り続けるブリュンヒルデを覚醒させ、初めて女性にまみえて「恐れ」を知る。神性を失ったブリュンヒルデもここで初めて自分の女性としてのアイデンティティーに目覚め、両者の熱狂愛のほとばしり。

ここにきてドラマが頂点を貫く。2人は伯母と甥という近親関係。「ワルキューレ」で描かれたようにジークフリートの両親も兄妹かつ不倫愛という刺激的関係の中で結ばれるのだが、その子もまた人倫の道を踏み外すように運命付けられている。

「指環」は恐ろしく壮大で複雑で不可解な点の多い物語だが、ほぼ鳴り止まない音楽も同様に壮大でかつ緻密に作られていて、否応なしにこの世界に取り込まれてしまう。
それにしてもタイトルロールを歌う歌手は全幕通じて出番が多いので体力勝負。ジークフリート役のステファン・グールドなど、最後まで声も枯らさず歌い切った。それだけでもう凄いものだと感心する。今回出番が少なかったブリュンヒルデ役のリカルダ・メルベートは、「神々の黄昏」に出演しないのが残念だが、新国立劇場の来季の「ばらの騎士」、「フィデリオ」を楽しみにしておこう。

♪2017-102/♪新国立劇場-06