ラベル 盛田麻央 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 盛田麻央 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年3月10日火曜日

オペラ「ドン・ジョヴァンニ」

2026-03-10 @新国立劇場



【指揮】飯森範親
【演出】グリシャ・アサガロフ
【美術・衣裳】ルイジ・ペーレゴ
【照明】マーティン・ゲップハルト

【ドン・ジョヴァンニ】ヴィート・プリアンテ*1
【騎士長】田中大揮
【レポレッロ】フランチェスコ・レオーネ*2
(交代⇦ダニエル・ジュリアニーニから)
【ドンナ・アンナ】イリーナ・ルング*3
【ドン・オッターヴィオ】デイヴ・モナコ
【ドンナ・エルヴィーラ】サラ・コルトレツィス
【マゼット】近藤圭
【ツェルリーナ】盛田麻央

*1『フィガロの結婚』21年アルマヴィーヴァ伯爵
*2『ラ・ボエーム』23年コッリーネ
*3『椿姫』17年ヴィオレッタ/『ルチア』21年ルチア/『シモン・ボッカネグラ』23年アメーリア


オペラ『ドン・ジョヴァンニ』/ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

Don Giovanni / Wolfgang Amadeus Mozart
全2幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉

予定上演時間:約3時間25分
 第1幕   95分
  休憩25分
 第Ⅱ、Ⅲ幕 85分



新国の「ドン・ジョヴァ」はもう長く演出が変わっていない。そして観る度におかしいと思い、納得できないのは、場所を原作のスペインからベニスに変えていることだ。
演出家はモデルにしたと思われるカサノヴァの生まれ育った場所がベニスだからだと変更の理由を説明しているが、それで全幕無理なく通るのならいいけど、早々のカタログの歌で破綻する。この歌では明らかに今、居る場所はスペインだと歌うのだからおかしい。

冒頭ゴンドラが登場するのでベニスだと分かる。
その後背景にもう一度ゴンドラが登場するが、ベニスだからというだけでそれ以上の意味はない。

最初にここがいつも引っ掛かる。
ベニスだ、ゴンドラだというなら、その後の物語の進展にそれが生かされなくてはとても不自然だ。
例えば地獄落ちは運河に引き摺り込まれるとか、工夫をしなくちゃ演出家の自己満足に終わっている。

緻密な物語ではないから、本当は、いくつかアリアをカットしても良いのではないか…などと大胆な提言だけど、無駄に長いと思う。二幕とも平均90分もあるのだもの。

それに内容が、世の女性たちがよく腹を立てて公演禁止を訴えないものだと思うが(「コジ・ファン・トゥッテ」はもっとひどい)、最後は地獄に落ちるからいいのかな。

とはいえ、若い頃は好きになれなかったモーツァルトのオペラも、年老いて、あまり抵抗がなくなり、加えて、どんどん馴染んできたせいもあって、繰り出される軽快なアリアの連射は、心地良いものだ。

お得意の四重唱〜七重唱(実質)も、オペラならではの楽しみに溢れている。

♪2026-028/♪新国立劇場-07

2025年4月27日日曜日

日本フィルハーモニー交響楽団 広上淳一&日本フィル オペラの旅Vol.1 「仮面舞踏会」

2025-04-54 @サントリーホール



指揮:広上淳一
演出:高島勲
振付:広崎うらん
衣裳:桜井久美(アトリエヒノデ)
照明:岩品武顕
舞台監督:幸泉浩司

日本フィルハーモニー交響楽団
合唱:東京音楽大学

アメーリア⇒中村恵理
リッカルド⇒宮里直樹
レナート⇒池内響
ウルリカ⇒福原寿美枝
オスカル⇒盛田麻央
シルヴァーノ⇒高橋宏典
サムエル⇒田中大揮
トム⇒杉尾真吾

ヴェルディ:オペラ《仮面舞踏会》
(セミ・ステージ形式/全3幕/字幕つき)
<台本>アントーニオ・ソンマ
<作曲>ジュゼッペ・ヴェルディ





今年は東フィルのチョンさんのオペラがなくなったこともあり、東フィル定期は止めにしたが、代わりに日フィルが広上センセと組んでセミ・ステージでオペラを演るとは嬉しい。

実に面白かった。
いやはや不思議なことに、サントリーの響については文句ばかり言っているが、オペラとなると全く問題がなく良く鳴るのは今日だけではない。どういうことなんだろう?

とにかく、日フィルは聴かせてくれたし、歌手陣も素晴らしい。今をときめく最高のキャスト!とは言えないまでも、人気者を集めてよく通る・響くこと。特に僕は7列目という、オペラ聴くなら理想的?な席だったので、迫力のあること。

セミ・ステージだから演出が良かった、というほどに演出の出番はないのだけど、物語を分かり易く伝えるという意味では成功していたと思う。


アメーリアの恋の動機は不明なのだけど、彼女に加えてリッカルドとレナートの3角関係の厳しさはひしひしと伝わって、普段なら覚めて眺めることが多い、この種の確執劇に我ながら驚くほど感情移入していて、おかしい。

欲を言えば、サントリーのホールオペラ®️のように、もう少し踏み込んだ舞台作りができなかったか。
同じくピットのないミューザや芸術劇場で公演したミッキー最後の「ラ・ボエーム」のような舞台作りができなかったのかなと思うが、これも作品次第で、そこまで手間をかけても成功するとは限らないし、まあ、正装で譜面台の前で立って歌う演奏会形式に比べれば、ずっとドラマティックで良かった。いや、大成功だろうな。大満足したよ。


♪2025-054/♪サントリーホール-04

2024年12月22日日曜日

名曲全集202回 東京交響楽団/秋山「第九」⑧

2024-12-22 @ミューザ川崎シンフォニーホール



秋山和慶:指揮
東京交響楽団
合唱:東響コーラス

ソプラノ:盛田麻央
メゾソプラノ:富岡明子
テノール:城宏憲
バスバリトン:加藤宏隆

ベートーベン:「レオノーレ」序曲第3番 作品72
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
-------------------
蛍の光








毎年たくさんの「第九」を聴いているが、同じ指揮者とオケの組合せで回数多く聴いているのは秋山「第九」のみで、群を抜いていて多い。
僕の「第九」の血肉を形作っているのは秋山翁の「第九」かも。

東響とのコンビはもう47年目かな?
このギネスものの「第九」が某音楽監督に看板の座を奪われたのも悔しいことだよ。

近年では、安定・安心の秋山「第九」を聴いてこそ穏やかに年を越せる、という暮のお宮参りみたいなものだ。

元気で毎年この演奏を聴きたい。
年が明ければ84歳の、秋山翁が振る限り僕も元気で聴きにゆきたいものだ。


♪2024-180/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-17

2024年12月8日日曜日

藤沢市民オペラ:モーツァルト「魔笛」

2023-12-08 @藤沢市民会館



園田隆一郎:指揮
伊香修吾:演出

管弦楽:藤沢市民交響楽団
合唱:藤沢市合唱連盟

ザラストロ⇒Bsデニス・ビシュニャ
タミーノ⇒Tn渡辺康
弁者/第一の僧侶/第二の鎧を着た男⇒BsBr湯浅貴斗
第二の僧侶/第一の鎧を着た男⇒Tn加護翔大
夜の女王⇒Sp梅津碧
パミーナ⇒Sp盛田麻央
第一の侍女⇒Sp山田知加
第二の侍女⇒Ms林眞暎
第三の侍女⇒Ms山川真奈
パパゲーナ⇒Sp内山歌寿美
パパゲーノ⇒Br大西宇宙
モノスタトス⇒Tn伊藤達人
ほか

第25回藤沢市民オペラ
モーツァルト『魔笛』全2幕
(ドイツ語上演・日本語字幕付)

予定時間 3時間30分
1幕   70分
 休憩 20分
2幕 90分(実質105分+CC15分)



藤沢オペラ「魔笛」。
中3日で新国の「魔笛」を観ることになっているのは偶然。

モツのオペラはもう長いこと苦手。
聴き慣れたアリアに救われるけど、<物語>で納得できたものはほとんどないよ。6月の「コジ@新国」が大人の演出でモツオペラ中唯一納得できたくらい。
<物語>にさえ納得できたら、音楽の魔力に惹き込まれること必至だと思っているのだけど。

今回も、何度も観ている「魔笛」なのに、どこが面白いのか分からない。退屈してしまった。

パパゲーノの大西宇宙くんが健闘していたが、この役は似合わない。2枚目か悪役が似合うと思うよ。

♪2023-169/♪藤沢市民会館-1

2023年10月9日月曜日

オペラ:プッチーニ/修道女アンジェリカ & モーリス・ラヴェル/子どもと魔法

2023-10-09 @新国立劇場



【指 揮】沼尻竜典
【演 出】粟國淳
【美 術】横田あつみ
【衣 裳】増田恵美
【照 明】大島祐夫
【振 付】伊藤範子
【舞台監督】髙橋尚史

●修道女アンジェリカ
【アンジェリカ】キアラ・イゾットン
【公爵夫人】齊藤純子(マリアンナ・ピッツオラートの代役)
【修道院長】塩崎めぐみ
【修道女長】郷家暁子
【修練女長】小林由佳
【ジェノヴィエッファ】中村真紀
【オスミーナ】伊藤晴
【ドルチーナ】今野沙知恵
【看護係修道女】鈴木涼子
【托鉢係修道女1】前川依子
【托鉢係修道女2】岩本麻里
【修練女】和田しほり
【労働修道女1】福留なぎさ
【労働修道女2】小酒部晶子
-------------------------------------
●子どもと魔法
【子ども】クロエ・ブリオ
【お母さん】齊藤純子
【肘掛椅子/木】田中大揮
【安楽椅子/羊飼いの娘/ふくろう/こうもり】盛田麻央
【柱時計/雄猫】河野鉄平
【中国茶碗/とんぼ】十合翔子
【火/お姫様/夜鳴き鶯】三宅理恵
【羊飼いの少年/牝猫/りす】杉山由紀
【ティーポットト】濱松孝行
【小さな老人/雨蛙】青地英幸

プッチーニ/修道女アンジェリカ &
モーリス・ラヴェル/子どもと魔法
全1幕〈イタリア語・フランス語上演/日本語及び英語字幕付〉

上演時間約2時間25分

修道女アンジェリカ
 全Ⅰ幕65分
-------------------
  休憩35分
-------------------
子供と魔法
 全Ⅰ幕45分



❶Wビルの1本目はプッチーニの「修道女アンジェリカ」。
生舞台は初めて。放送(録画)で、内容は承知しているので、あまり期待もせず臨んだが、案の定、楽しめない。
これは歌唱・演技・演出・舞台美術の問題ではなく、そもそもの原作のあちこちに疑問を感ずるので、どうにもしようがない。

中でも、修道院で7年間、事実上軟禁生活を強いられているアンジェリカを叔母の公爵夫人が尋ねてきたところから、問題噴出。7年前に引き裂かられ我が子が2年前に亡くなっていることを聞かされ、希望を失ったアンジェリカは毒を仰ぐ。その途端。自死は大罪であることを思い出し神に許しを乞う。

1番の問題は、毒の回った彼女の前に子供が現れる(原作のト書きでは黙役の金髪の子が現れる。現にそういう演出の舞台を録画で観ている。)。
これが神の奇跡なのか、それが問題だ。

大抵の解説には奇跡であると書いてあり、公演プログラムも同様。しかし、演出者の弁では、そこは曖昧で、実際舞台でも子供を登場させず、アンジェリカの身振り手振りで子供の存在を感じさせる。そういう演出が意図するのは、神の奇跡と思いたい人は思ってもよし。幻覚と受け止めることも否定しない。とややアンフェアな態度だ。

しかし、カトリックが自死を禁じている以上、神の恩寵である「奇跡」は起こってはならないのだ。

それを原作では奇跡と描いているのが大きな問題だ。
あるいは、僕の見立てのように(演出者にもそのような意図が半分は見られる)、薬物中毒者の死に際の幻覚であるとすれば、事件の発端から最後まで、実につまらない女性のつまらない短い一生を描いただけのうすっぺらな物語である。

オペラとしての出来は、如上の理由でキアラ・イゾットンの熱演にも関わらず楽しめなかった。


長くなりついでに。
よく似た話が1955年スペイン映画「汚れない悪戯」だ。主題歌の「マルセリーノの唄」でお馴染みだ。
12人の修道士が暮らす修道院の前に男の赤子が捨てられた。慣れない男たちが我先に争うようにその子マルセリーノを慈しみ育てるが、5歳になった時、屋根裏部屋の磔のキリスト像と対話を始め、厨房からパンや葡萄酒を盗んで像に供える(汚れなき悪戯)。おかしいと思った修道士たちはマルセリーノの後をつけ、屋根裏部屋に上がり、彼とキリスト像の対話を目にすることになる。1番の望みは?とキリストに問われ、マルセリーノは「ママに会いたい」と答える。
その結果がどうなるか、覗き見をしていた修道士たちには分かっていても、神の大いなる奇跡の前に立ち尽くすばかりだった。

この話では、ママは既に亡くなっている。マルセリーノは生きており、純粋で篤い信仰心を持っている。そこに神の恩寵としての奇跡が起こるのだ。
僕はクリスチャンじゃないし、そもそも宗教を疑問視しているが、信仰心(仰ぎ見る・信ずる心)は大切ではないかと思っている。だから、このようなマルセリーノに起こった奇跡を信じたいと思い、この映画を観る度に(いや、思い出す度に)ハラハラと泣けてしまう。

プッチーニはもっと台本を吟味すべきだった。

❷「子供と魔法」
全く期待していなかった。子供の絵本みたいな話に付いてゆけそうにもない。これも舞台は初めての経験だった。録画ディスクは目を通しているが、子供さえ楽しめないだろう…と思っていたが、今回の演出、というより、舞台美術と衣装には驚かされた。プロジェクター投影の画像と作り物が見事に美しく、遊び心に溢れている。
音楽はラヴェルだから、つい、口ずさみたくなるようなものではないが、つい、頬が緩むような舞台だった。

お母さんが影絵だけで最初と最後に登場し、魔法の世界の扉の役を果たしていた。演じ歌った歌手にとっては残念だったかもしれないが、演出的には良いアイデアだった。

2作とも新制作だが、少なくとも「子供と魔法」は再演を期待したい。

♪2023-170/♪新国立劇場-16

2022年12月17日土曜日

「第九」2022-❸ 日本フィルハーモニー交響楽団 第383回横浜定期演奏会

2022-12-17 @みなとみらいホール


太田弦:指揮
日本フィルハーモニー交響楽団
合唱:東京音楽大学合唱団

盛田麻央:ソプラノ
杉山由紀:アルト
樋口達哉:テノール
黒田祐貴:バリトン


ベートーベン:《エグモント》序曲
ベートーべン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125


「定期」に組込まれた唯一の「第九」。以前は、このタイプがもう少しあったように思うが、今やどのオケも定期外で買わなくちゃいけなくなった。
指揮は「第九」は初めてという太田弦。
弦編成は12型(昨年は10型だった!)。
合唱は東京音大83人。P席全部に市松配置。

学生だし、全員マスクはやむを得ない?まあ、しっかり声は出ていたから可。
独唱は盛田麻央Sp/杉山由紀Al/樋口達哉Tn/黒田祐貴Br。声楽で印象に残ったのはBrがTnばりの輝かしい声。

全体印象はこじんまりと手堅くまとめた感じ。独自色は全く感じなかった。ひたすら正統派の安全運転。

個性の現れやすい終楽章冒頭の低弦のレシタが、あまりにもフツーで、味気ない。ここは、前3楽章を否定する主張をもう少しギリギリ表現して欲しかった。3-4楽章へ一呼吸で雪崩れ込むのは、元々アタッカではないので邪道だという意見もあるが、僕は雪崩れ込んでほしい。太田くんは32秒も休止した。声楽陣はすでに着座しているのだからそんなに待つ必要はなかったのだけどな。

全体として巧いけど物足りなさも。
演奏好感度★80点

余談:「エグモント」が良し。
冒頭の弦の重音Tuttiが美しい。
日フィルらしい弦がみなとみらいに響く。そんなちょっとした幸福感。

♪2022-195/♪みなとみらいホール-10

2022年10月26日水曜日

第1967回 NHK交響楽団 定期公演 B-1

2022-10-26 @サントリーホール


ヘルベルト・ブロムシュテット:指揮
NHK交響楽団

オリ・ムストネン:ピアノ*
盛田麻央:ソプラノ**
青山貴:バリトン**

グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調 作品16*
ニールセン:交響曲第3番 作品27「広がり」**
------------------------
ヘンデル:調子の良いかじ屋*


グリーグのピアノ協奏曲は頻繁に聴いているようで3年ぶり。大いに楽しみにしていたが、これは興醒めだった。

ピアノのオリ・ムストネンは初めてで、陽気な人柄みたいだが、いざ始まるとタッチの拘りは尋常ならざるものあり。フレーズの中のテンポも強弱も極めて独自…大袈裟だ。

ピアノの音も悪かった*がそれは措くとしても、異色の鍵盤操作に呆然として音楽に入ってゆけず。

が、NHKでの放映が楽しみだ。
どこまで彼の独自のアーティキュレーションをマイクは正確に拾うだろうか。

後半のニールセン。
交響曲3番は初聴きだが、交響曲1番や序曲、各種協奏曲などこれまで聴いたものは、全て好印象。

始まってみると、冒頭から楽しい!
きっちり調性があるだけではなく、実に分かりやすく、大掛かりな娯楽音楽のようでもある。
それに多彩な管弦楽技法が興趣を高める。
第2楽章だけソプラノとバリトンのボカリーズが加わって、これも効果的。

N響は大規模編成(弦は対抗配置16+16…)ながらカチッとしたアンサンブルが見事。こういう演奏なら、みなとみらいホールとかミューザで聴きたいものだが。


*今に始まった事ではないが、サントリーホールの響は良くない。特にピアノの音が耐えられん。
高域の強奏はキラキラ輝くが、それでも痩せ細った硬い音だ。
中低域となるとまるで石を叩いているかのよう。
安酒場のホンキートンクみたいだ。

が、苦情は出ていないようだから、三鳥に限って僕の耳が変になるのだな。

♪2022-160/♪サントリーホール-19

2021年11月14日日曜日

東京交響楽団川崎定期演奏会 第83回

2021-11-14 @ミューザ川崎シンフォニーホール


クシシュトフ・ウルバンスキ:指揮
東京交響楽団
新国立劇場合唱団
東京少年少女合唱隊

バイオリン:弓新*
ソプラノ:盛田麻央
カウンターテナー:彌勒忠史
バリトン:町英和

シマノフスキ:バイオリン協奏曲第1番 op.35*
オルフ:カルミナ・ブラーナ

「カルミナ・ブラーナ」は今年の最大の楽しみだった。

しかも、指揮は久しぶりに好感度大のウルバンスキだ。


とは言え、「カルミナ〜」は過去にも名演を聴いており、特に2018年のNHK音楽祭におけるPヤルヴィ+N響の素晴らしい演奏が頭にこびりついている。


あれに敵うものはなかろう。

まあ肉薄できたらいい。

いや、生で聴けるだけでもよしとせねば…

と、うんとハードルを下げて臨んだが、どっこい。


バリトンが入るまでは少しもたつきを感じたが、徐々にエンジンが暖まり、オケも合唱も独唱も調子を上げて、こちらも前のめりに、オルフの描く奇妙な世界にズンズン惹きこまれて行った。


重厚で荘厳な響あり、自然賛歌あり、官能的な歌、清らかな世界を描く歌など聖俗混淆のごった煮が、次から次へと繰り出され、原始脳を刺激する狂乱の60分。


NHK音楽祭に立派に肉薄する!上出来だった。


欲を言えば、合唱がかなりの熱量だったとはいえ、薄い。

児童合唱団は10人、新国立劇場合唱団は48人?


これでは弦14型多くの管打鍵盤楽器を交えたオケを圧倒するには至らない。


因みに18年N響の「カルミナ〜」では児童50人、新国80人という編成だった。


今の時期ではやむを得ないが、出来が良かっただけに、やはり大ホールを揺るがす厚みが欲しかった。


前半にシマノフスキのVn協奏曲。急遽選手交代で弓新が登場したが、かつてチャイコを聴いて好感を持ったのでちょっと楽しみだった。

たぶん、技術的は相当難しそうだ。とても歌えない旋律?が延々と続き、決して心地良い音楽ではないけど、緊張感あふれる気迫の演奏にオケも応えて存外楽しめた。


♪2021-128/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-36

2021年7月28日水曜日

フェスタサマーミューザ2021 N響室内合奏団 ≪新たな時代に蘇るウィーンの香り≫

 2021-07-28 @ミューザ川崎シンフォニーホール


N響室内合奏団
指揮&バイオリン:篠崎史紀*
ソプラノ:盛田麻央
ピアノ:入江一雄*
ハーモニウム:山口綾規*
フルート:甲斐雅之
オーボエ:池田昭子
クラリネット:松本健司
ファゴット:水谷上総
ホルン:今井仁志
打楽器:植松透
打楽器:竹島悟史
バイオリン:白井篤*
ビオラ:中村翔太郎*
チェロ:市寛也*
コントラバス:西山真二*

J.シュトラウスⅡ(シェーンベルク編):南国のバラ*
J.シュトラウスⅡ(ウェーベルン編):喜歌劇「ジプシー男爵」から 宝石のワルツ*
J.シュトラウスⅡ(ベルク編):酒、女、歌*
マーラー(K.ジモン編):交響曲 第4番(室内楽版)


前半は弦5部+鍵盤2の計7人によるウィンナワルツ3曲。

これらは仲間内で演奏自体を楽しむ…場合によってはそれを他の仲間も聴いて楽しむ。そんなふうなサロン音楽を2千人のホールで聴くのは違和感が拭えず。自分の立ち位置が決まらなくてウロウロしていた感じ。


後半は前半の7人に管楽器5+打楽器2+ソプラノが加わって総勢15人によるマーラー交響曲第4番。

室内楽版のマーラーやブルックナーは、機会は少ないけど何度か聴いている。

楽器が少ないから音楽の骨組みも見え易い。それにみんな腕自慢で良い演奏なのだ。でも、こういう音楽は小ホールか、せめて1階前方で聴きたかった。こちらも音楽との距離感が難しかった。


♪2021-076/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-018

2018年12月14日金曜日

新日本フィルハーモニー交響楽団「第九」特別演奏会2018 ---「第九」❶

2018-12-14 @サントリーホール


アントニ・ヴィット:指揮
栗山文昭:合唱指揮

新日本フィルハーモニー交響楽団
栗友会合唱団:合唱

室住素子:オルガン*
---------------------
盛田麻央:ソプラノ
中島郁子:アルト
大槻孝志:テノール
萩原潤:バリトン

J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調*
ピエトロ・アレッサンドロ・ヨン:ユモレスク*
---------------------
ベートーベン:交響曲第9番短調「合唱付き」作品125

アントニ・ヴィットという指揮者は初めて。せっかくの新日フィルなら上岡敏之で聴きたかった。何年か前に読響で「第九」を振った演奏はスリリングでテンション高く、もう一度聴いてみたい演奏の一つだ。
ヴィットの指揮ぶりに関していえば、テンポは中庸だった。特段速くもなく、遅くもない。プログラム記載の予定時間は75分と書いてあったのでかなりゆっくり振るのかと思っていたが、そうではなく、実際にも各楽章の演奏時間を積み上げたら66分弱だった。楽章間のポーズはほとんどないに等しかったからそれを含めたところで66分±10秒くらいか。

また、演奏の色付けにもテンポの変化にもこれといったクセはなく、嫌味もなく、個性がにじみ出やすい第4楽章低弦のレシタティーヴォもごく素直でひっかかりのない音楽で、要するに外連味を抑えた真っ当な指揮ぶりだった。こういう点は大いに好感を持った。
それでいて、第3楽章から第4楽章への繋ぎはほんの一呼吸の間を置くや否やの突撃で、この辺りも心憎い。

変わった点といえば、オーケストラや合唱の配置だ。

合唱団は舞台の後方、オケの後ろに並んだ。オルガン前のP席を潰した訳ではない。これはよくあること、というより、舞台後方席(P席)のないホールではそうならざるを得ないし、P席があってもこれを潰さずに客席として使い、合唱団は舞台に並ぶ場合も珍しくない。
しかし、合唱団が、声部毎の縦横集団で並ぶのではなく、横に並んだ。つまり最前列は多分ソプラノが横一線に並び、その次の列はアルトが一列に、その後ろはテノール、最後列がバリトンなのだろう。栗友会では常にこういう形なのかもしれないが、僕には初めて見る形だった。なかには、男女・声部混在で並ぶ例も見たことがあるからそれに比べると分かりやすいが、果たして、声楽的にどういう効果があるのだろう。声部毎にまとまった集団配置の方が立体感が出るのではないかと思うが、よく分からない。

ともかく、舞台後方に合唱団が並び、合唱団は4段になるようなひな壇が用意されていた。
その前方にオケが並ぶが、普段はひな壇の上に並ぶ管楽器・打楽器が今日の新日フィルでは弦と同じ平場に置かれた。
これがよく分からない。管打を高く配置した方が客席に対する音の抜けがいいはず。また、そうすることも(合唱団を一層高く配置することで)不可能ではなかったはずなのに。

弦は14型(第1バイオリン14人。この場合の弦5部の標準は総計50人になるが、今日の新日フィルはまさしくこの人数だった。)。「第九」といえば、16型が多いように思うが、14型だってちっともおかしくない。むしろ、すっきりしていいと思う。そして舞台に並びきれない数ではない。この50人を平場に置いて管打楽器を2〜3段のひな壇に置き、さらに合唱をその上に2〜3段積むことはできなかったのだろうか。

これまでサントリーで何度もいろんなオケの「第九」を聴いてきたが、合唱団やオケのこの配置の点で疑問に思ったことは一度もなかったが、これまで聴いたきたのは一体どういう配置だったのだろう。少なくとも昨年のN響「第九」では合唱団はP席に配置されていたから、オケもゆとりを持ってひな壇付きだったはずだ。

さて、えらくこだわるようだが、弦と管打共に平場に置かれたために、一階席からは弦に隠れて管・打楽器が見えない。見えないということは音の通りもよくないということだ。
事実、管楽器は弦楽器に埋もれてしまっていた。特にホルンなど、もやもやとしてメリハリがつかない。

このオケの実力なのか、こういう配置のせいなのか、ホールの欠陥なのか、それらの複合なのか、全体に音の響きに透明感が乏しく、キンキン鳴るかと思えば、ぼんやりともやがかかったような響きに終始した。

さて、合唱団はオケの前に入場した。
独唱は第2楽章の後に入場する例が多いが、今回はそこでは入場しなかった。ということは、第3楽章の後に入場のためのポーズを置かなくてはいけないことになる…てことは、第3楽章から終楽章へ間髪入れず雪崩れ込む、という快感が得られないではないか、と思っていたが、どっこい、先述したように第3楽章の最後はほとんどアタッカのように終楽章に入ったのだ。
では独唱者たちは合唱団に紛れて隠れていた?な訳はない。

なんと、終楽章が始まって約7分後、バリトンのソロが始まろうとしていたその時に声楽独唱者4人が下手袖から静かに入場した。下手には4人分のひな壇が設けてあり、そこにバリトン以外の3人が着座するや否や(バリトンは着座する間も無く)例の「おお友よ〜」を歌い出したのにはびっくりした。
こういう声楽ソロの入り方は初めての経験だが、無駄がなくていい。音楽の緊張感を損なわないでとても良かった。

しかし、演奏全体をみれば、何やらザワつきが消えず透明感乏しく60点といったところか。

今年は12月中に8回も「第九」を聴くので、点数評価をすることにした。
まずは、60点から始まったが、これを基準として、さて、100点満点は出るだろうか?


♪2018-169/♪サントリーホール-14

2017年5月4日木曜日

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2017 No.115 〜シンフォニア・ヴァルソヴィアの「第九」

2017-05-04 @東京国際フォーラムA


ベートーベン:交響曲第9番ニ短調 op.125「合唱付き」

廖國敏<リオ・クォクマン>:指揮
シンフォニア・ヴァルソヴィア
東響コーラス

盛田麻央 (ソプラノ)
下園理恵 (メゾ・ソプラノ)
又吉秀樹 (テノール)
与那城敬 (バリトン)

熱狂の日、今年のテーマは舞踊。そこに「第九」はかなり厳しいこじ付けだけどな。

予定されていたバリトン氏が急な体調不良で急遽代演に立ったバリトン氏を含め東響コーラスもシンフォニア・ヴァルソヴィアも熱演だった。
先行抽選で当たった席がこれ以上望むべくもない最良席。

しかし、コンサート専用ホールならベストゾーンであっても、5千人超の大ホールでは、勝手が違うようだ。音がこもって粒だち・分離悪く、残念だった。これでは、熱演する演奏家たちにも気の毒なことだ。


♪2017-71/♪東京国際フォーラム-04