2017年10月28日土曜日

東京交響楽団 川崎定期演奏会 第63回

2017-10-28 @ミューザ川崎シンフォニーホール


ダニエル・ビャルナソン:指揮
神尾真由子:バイオリン*
東京交響楽団

ビャルナソン:ブロウ・ブライト
ショスタコーヴィチ:バイオリン協奏曲第1番 イ短調 作品77*
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作品35
--------------
アンコール
パガニーニ:「24のカプリース」から第24曲*

ショスタコーヴィチのバイオリン協奏曲はあまり好きな作品ではないけど、演奏家はこの作品を好むのか、このところ毎年2回は聴いている勘定だ。今年について言えば、ほんの1週間前にもボリス・ベルキン+日フィルで聴いたばかり。

でも、段々と耳に馴染んできて抵抗感はだいぶ和らいできた。
いつの日かチェロ協奏曲第1番のように僕を夢中にさせるだろうか…いや、それはなさそうだ。

神尾真由子の方は今年1月にブラームスの協奏曲を日フィルとの共演で聴いて以来だ。その時はやや不満が残ったが、今回は、曲自体は好きになれないけど、彼女の演奏は迫力を感じた。ブラームスより、ショスタコのほうが彼女には向いているのではないか。

真っ赤な生地に胸と背中に金筋の入った派手なドレスが、やや太めの体型にピッチリ食い込んでいる感じで凹凸感も見どころだったかな。
アンコールのパガニーニは前回も同じだった。こういう作品を聴いていると技巧も達者なものだと思う。さすがはチャイコフスキーコンクールの覇者か。

冒頭に本日の指揮者、ダニエル・ビャルナソンの作品が演奏された。1979年生まれというからまだ38歳か。無調ではないのだろうけど、調性は怪しい。何より、リズムが主体で管弦はそのリズムに色合いを付けるだけだ。旋律らしきものはない。面白い訳がない。
この作品は日本初演だった。因みにビャルナソン自身も指揮者として今日が日本デビューだったそうだ。


メインの「シェエラザード」は冒頭のバス・テューバの見事に大きく美しい音色にまずは引き込まれた。木管・金管の他にバイオリン、チェロもソロが入ってそれぞれが見事に上手。アンサンブルもいい。音の混ざり具合といい響き具合といい文句なし。
今日は、ミューザの美点が十分に発揮され、東響も腕前を発揮し、管弦楽の魅力が堪能できた。

♪2017-168/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-28

2017年10月24日火曜日

東京都交響楽団 第841回 定期演奏会Bシリーズ

2017-10-24 @サントリーホール


小泉和裕:指揮
東京都交響楽団
アリーナ・イブラギモヴァ:バイオリン*

バルトーク:バイオリン協奏曲第2番 Sz.112
フランク:交響曲ニ短調

年明けにこれを書いているけど、ほとんど忘れてしまっている。
日記帳には、本日の都響のアンサンブルの響がよろしくないと書いている。サントリーホールでは時々そういうことがある。定期演奏会だから毎回席は同じなのだけど、響が良いと思うときと悪いと思う時がある。僕の体調の問題もあるだろうけど、少し前すぎるのかもしれないと思っているので、次季の更新の際に少し後ろに下がることにした。
響には満足できなかったが、好きなフランクのニ短調を久しぶりに聴いてこれはやはりとても良かったということがぼんやりと記憶にある。

アリーナ・イブラギモヴァは実は2度めだった。2015年の9月にパトリチア・ピツァラの指揮、東京交響楽団でモーツァルトの協奏曲第3番を聴いた。この時のコンマスはまだ大谷康子で、この女性達3人が作り上げる音楽にとても心地が良かった記憶がある。

が、今回のバルトークは、そもそも好みの音楽ではなく、あまり楽しめなかった。

ところで、しばらく時が経てばイブラギモヴァについてもすっかり忘れてしまうだろうから、自分の覚えのために、プログラムやNETで拾った彼女に関する情報を書いておこう。

1985年ロシア生まれというからこの時32歳だったのか。童顔のせいかずっと若く見える。ピリオド楽器とモダン楽器を使い分け、バロックから現代音楽までレパートリーは幅広いようだ。因みにYoutubeで探すとほとんどがJ.S.バッハでモーツァルトが少し。Amazonで検索するとCDの数が結構多いが、取り上げている作品はバロック、古典派、ロマン派だ。また、キアーロスクーロ四重奏団のリーダーとして古典派の四重奏のCDもいくつかあった。
モスクワで学び、1995年には家族とともにイギリスに移住。ユーディ・メニューイン・スクールと王立音楽院で学び、クロンベルク・アカデミー・マスターズ・プログラムのメンバーとなった。ナターシャ・ボヤルスキ、ゴルダン・ニコリッチ、クリスティアン・テツラフ、エイドリアン・バターフィールド等に師事。

♪2017-167/♪サントリーホール-03

10月歌舞伎公演「通し狂言 霊験亀山鉾」

2017-10-24 @国立劇場


平成29年度(第72回)文化庁芸術祭主催
四世鶴屋南北=作
奈河彰輔=監修
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言 霊験亀山鉾<れいげんかめやまほこ>四幕九場
― 亀山の仇討 ―

序 幕 第一場 甲州石和宿棒鼻の場 
    第二場 同 石和河原仇討の場
    第三場 播州明石網町機屋の場
二幕目 第一場 駿州弥勒町丹波屋の場
    第二場 同 安倍川返り討の場
    第三場 同 中島村入口の場
    第四場 同 焼場の場
三幕目 播州明石機屋の場
大 詰 勢州亀山祭敵討の場

(出演)
片岡仁左衛門⇒藤田水右衛門/古手屋八郎兵衛実は隠亡の八郎兵衛
中村歌六⇒大岸頼母
中村又五郎⇒石井兵助/石井下部袖助
中村錦之助⇒石井源之丞
片岡孝太郎⇒源之丞女房お松
中村歌昇⇒若党轟金六
中村橋之助⇒大岸主税
中村梅花⇒石井家乳母おなみ
片岡松之助⇒藤田朴庵/縮商人才兵衛
上村吉弥⇒丹波屋おりき
坂東彌十郎⇒掛塚官兵衛/仏作助
中村雀右衛門⇒芸者おつま
片岡秀太郎⇒石井後室貞林尼   ほか


10月4日に第1回目を観たが、なにしろ全4幕9場もあり、人間関係の飲み込めない部分もあって、本来の面白さを堪能できなかった感じもしたので再度観ることにした。

今度は2回目であるから話の筋はよく分かった。

悪の化身ともいうべき藤田水右衛門(仁左衛門)がそもそも卑怯な闇討ちで殺した石井右内の係累による仇討ちを、悪知恵を働かせ、卑怯な手段を用いて次々と返り討ちにしてゆく。
まずは弟石井兵介には正式な敵討ちの場で毒を盛ることで斬殺。
右内の養子石井源之丞と右内の部下であった轟金六を騙しておびき寄せ、落とし穴に脚を落としたところを多数で斬り掛かり斬殺。
源之丞の子を身ごもっていた愛妾おつまも腹の子もろとも刺し殺す。その後、水右衛門は憎々しげに指折りながら一体何人殺したものかとほくそ笑む。

石井右内の係累はもはや少なく、孫の源次郎は奇病を患い立つこともできない。果たして…。

仁左衛門の芝居はこれまでも何度も観ているけど、大きな役としては「毛谷村」の六助ぐらいのもので、どういう訳か巡り合わせが悪くてこういう通し狂言での主役の仁左衛門を見るのは初めてだった。2度も同じ舞台を観て、なるほど、人気者の仁左衛門だと得心した。
また、ほかの役者では、やはり雀右衛門が巧いな。今回は仁左衛門演ずる八郎兵衛とも水右衛門とも斬り合う場面があるが、そういう場面でもまったくもって女性としか思えない身体の動きに大いに感心する。また、顔立ちよくてきれいだから得をしているな。その点、片岡孝太郎などは顔立ちで損している。父親の仁左衛門は端正な顔立ちなのに…。

ほかに好きなのは彌十郎と又五郎。とくに又五郎はスッキリはっきりしていていい。

♪2017-166/♪国立劇場-16

2017年10月21日土曜日

日本フィルハーモニー交響楽団 第331回横浜定期演奏会

2017-10-21 @みなとみらいホール


アレクサンドル・ラザレフ:指揮
ボリス・ベルキン:バイオリン*
日本フィルハーモニー交響楽団

ショスタコーヴィチ:バイオリン協奏曲第1番*
​チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
-------------
アンコール
チャイコフスキー:管弦楽組曲第4番「モーツァルティアーナ」第3曲「祈り」

バイオリンのベルキンは初めて。聴いてから時間が経ったのでもう思い出せない。プログラムになにもメモをしていないので、印象が薄かったのかな。そもそも、ショスタコのバイオリン協奏曲は余り好きじゃないので、身を入れて聴いていなかったのかもしれない。

「悲愴」も同じく。
いつものように、ラザレフは終演後に大はしゃぎをしたんだろうな。

記憶に留めているのは、アンコールで演奏された作品だ。
初めて聴いた音楽だけど、旋律はよく知っている。モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」だ。でも、モーツァルトの作品は合唱作品だし、リストがそれを編曲したがもちろんピアノ用だ。なので、旋律は「アヴェ・ヴェルム・コルプス」に間違いないが、いったいこの正体はなんぞや、と思いながら聴いた。
あとで、チャイコの組曲第4番から第3曲「祈り」だと知った。
また、チャイコが編曲したのはモーツァルトの作品ではなく、リストが編曲したものをオーケストレーションしたのだそうだ。
ま、オリジナルがとてもきれいな音楽なので、管弦楽作品に編曲されても、その良さは十分生かされていた。この作品の発見!がこの日の収穫かな。

♪2017-165/♪みなとみらいホール-39

2017年10月14日土曜日

N響第1867回 定期公演 Aプログラム

2017-10-14 @NHKホール


下野竜也:指揮
NHK交響楽団

クララ・ジュミ・カン:バイオリン*
モイツァ・エルトマン:ソプラノ**

モーツァルト:歌劇「イドメネオ」序曲
ベルク:バイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」*
モーツァルト:歌劇「皇帝ティトゥスの慈悲」序曲
ベルク:「ルル」組曲**

モーツァルトとベルクの組み合わせって何?
プログラムの解説には「《ウィーン音楽の黄金期の始まりと終わり》が150年の時を超えて相接する。」などと書いてあるが、ウィーン音楽の黄金期をモーツァルト1人で代表させていいのか。ましてやその終わりをベルクが代表するのか、は大いに疑問で、取ってつけたような括り方だと思う。

ベルクなんて好きじゃない。
12音技法なんて音楽だろうか?こんな音楽ともよく分からぬ音の集合をみんな楽しんで聴いているのだろうか、大いに疑問だ。

モーツァルトの2つの序曲は、いずれもナマでは初めて(たぶん?)聴くもので、妙な新鮮味があった。ベルクと対比して聴くと一層、古典派万歳という気分になる。

嫌いなベルクだけど、2曲いずれもが独奏共演者を持つ音楽で、バイオリン協奏曲はその名のとおりバイオリンが活躍するのだけどいかにも難しそうであった。
組曲「ルル」は未完に終わったオペラから抜粋された5曲から成る。映画の予告編みたいに本編と同時進行でアレンジされた組曲は、いずれ完成されるはずのオペラの宣伝用に意図されたものらしい。5曲のうち第3曲と第5曲にソプラノの歌が入る。これも変な音楽だから歌うのは容易ではなかろう。

定期演奏会のプログラムはお仕着せだから好きでなくとも聴かねばならぬ。でも、お仕着せだからこそ、思いがけない発見があって楽しいときもある。今回は楽しくない!

2017-164/♪NHKホール-09

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会みなとみらいシリーズ第333回

2017-10-14 @みなとみらいホール


川瀬賢太郎:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
唐田えりか:語り*
柴崎和佳:アコーディオン*

武満徹:系図 ~若い人のための音楽詩~*
R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

武満の「系図」は初聴きで、谷川俊太郎の詩集「はだか」(の全部ではないらしい)に音を付けた「音楽詩」だ。オーケストラの伴奏に若い女性がその詩を(歌うのではなく)朗読する。
女の子、を主人公にした内容で、「むかしむかし」、「おじいちゃん」、「おばあちゃん」、「おとうさん」、「おかあさん」、「とおく」という6篇の連続する内容を持った詩=音楽で構成されている。当日の語り手は唐田えりかという97年生まれの女性だった。参考のためにYoutubeで演奏例をいくつか聴いたが、いずれもハタチ前後と思しき女性が演じていた。

プログラムにはその詩が全篇掲載されているのだけど、すべて平仮名ばかりだ。谷川俊太郎は、なんでこんな妙な表現をするのだろう。漢字が読めない子供の為に?まさか。漢字も読めないような子供にこの内容が理解できるとは思えない。

…が、耳で聴く分にはカナだろうが、カタカナだろうが、漢字混じりだろうが関係はない。語り手には読みづらいだろうけど、平仮名で表現できる程度の内容なので、聴いていてその詩の世界が良く分かる。
また、音楽が、現代音楽なのだけどとても平易で耳障りが良く、抵抗なく受け入れることができた。

R.シュトラウスの「英雄の生涯」は多彩な管弦楽法で楽しめる。
尤も、一昨年の2月にパーヴォ+N響で、この同じみなとみらいホールで聴いたのが非常に素晴らしかったので、それに比べるとやはり耳劣りするのはやむを得ないか。
でも、神奈川フィルも相当健闘していた。

♪2017-163/♪みなとみらいホール-38

2017年10月11日水曜日

楽劇「ニーベルングの指環」第三日〜神々の黄昏〜

2017-10-11 @新国立劇場


ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」第3日〜神々の黄昏〜

指揮:飯守泰次郎
演出:ゲッツ・フリードリヒ
美術・衣裳:ゴットフリート・ピルツ
照明:キンモ・ルスケラ

読売日本交響楽団
新国立劇場合唱団
二期会合唱団


ジークフリート⇒ステファン・グールド
ブリュンヒルデ⇒ペトラ・ラング
アルベリヒ⇒島村武男
グンター⇒アントン・ケレミチェフ
ハーゲン⇒アルベルト・ペーゼンドルファー
グートルーネ⇒安藤赴美子
ヴァルトラウテ⇒ヴァルトラウト・マイヤー
ヴォークリンデ⇒増田のり子
ヴェルグンデ⇒加納悦子
フロスヒルデ⇒田村由貴絵
第一のノルン⇒竹本節子
第二のノルン⇒池田香織
第三のノルン⇒橋爪ゆか

1989年の11月にサヴァリッシュがバイエルン国立歌劇場で「指環」全曲を演奏した際に、NHKが世界で初めてハイビジョン収録した。それを当時のBS2で放映したのが翌年だったと思う。その時に、当時としては最先端技術の録画規格Hi8+PCM録音で録画した。そのSONYのビデオデッキは市販品としては最高額で、清水の舞台から飛び降りる決意で購入したのも、ハイビジョン収録の「指環」を全曲録画したかったからだ。

その後、何年か経過してその高価なデッキが壊れ、PCM録音を再生できるデッキが無くなってしまったが、こういうこともあろうかと壊れる前にVHSにダビングしておいたのが残った。その後、ビデオテープ再生環境も無くなってしまったが、その前に今度はDVD-Rにダビングしておいたので、これは今も残っている。ダビングを繰り返したので映像も音声も放送時の状態とは比べ物にならないくらい酷いが、今では貴重な宝物だ。

今では、METやラノスカラ座、バイロイト祝祭劇場その他での公演のビデオをブルーレイやDVDで何組も持っているけど、同一の演出、指揮、歌手、オケで全4部作を通したものはこの1989年サヴァリッシュ版だけだ。

このサヴァリッシュ版による「指環」体験が、その後ワーグナーのオペラへの関心を惹起させ、さらにオペラ全体への興味を高めさせた。
いろんな演出・指揮等による数種類の「指環」を楽しんできたが、2015年10月までは一度もナマの舞台を観たことがなかった。4部作を順を追ってナマ舞台で公演するという機会は極めて少なかったように思う。

2015年10月から、新国立劇場で始まったシリーズでようやく初めて「指環」と対峙できるようになった。新国立では過去2回公演しているが、いずれも4部作を聴き通せる環境になかったので、リタイアを機に長年の希望が叶った次第だ。

「ラインの黄金」は2015年10月。
「ワルキューレ」は2016年10月。
「ジークフリート」は2017年6月。
そして、2017年10月の「神々の黄昏」で3年がかりの「指環」が完結する*
指揮者は全作ともワグナーならこの人!飯守泰次郎だ。
オケは東フィルが2回、東響、そして読響と変わった。

4部作を観終えて、圧倒されたのはやはりワーグナーの精緻で巨大な音楽だ。物語は不完全な脚本のせいか、壮大な哲学の深淵に当方が届かないせいか、何とおりもの解釈が成り立つ。だからこそ、演出によって全体の雰囲気が微妙に異なってくる。
いつも疑問に思うのは最後にブリュンヒルデが火の中に身を投じた後、その火はヴォータンのヴァルハラ城をも燃やし尽くす…はずだが、どちらにせよこうして既に「黄昏れていた神々」の世界がなくなった後に、他の世界(人間界、ヴェルズング族、ニーベルング族、ラインの乙女たち)には平和が訪れるのだろうか?ブリュンヒルデの自己犠牲はイエス・キリストのように他の世界の人々の愛による救済になったのだろうか?

これまでいろんな演出の「指環」を観てきたが、どれもはっきりしない。初体験であったサヴァリッシュ版(ニコラウス・レーンホフ演出)では何もかも終わってしまうような演出だったが、これではブリュンヒルデの死が虚しい。
今回の演出でも、すべては火と水に飲み込まれてしまうようでもある。ただ、身を投げてうずくまったブリュンヒルデは舞台と一体化するように大きな布を全身で被っていたが、それが彼女の死を意味すると思っていたところ、最後には彼女がその布を両手で持ち上げ、上半身を起こすのだ。これは、命は失ったが、代わりに世界は救済されたという暗示ではないだろうか。ともかく、無駄死にではないということが示された終幕であった。それを観て、長い時間の緊張状態が解けて、ほっと安堵したものだ。

それにしても、「指環」は奥が深い、とあらためて思い知らされる。音楽は、決して歌えるような音楽ではないのに素晴らしい。

ベートーベンの「第九」と同じく、ワーグナーが「指環」を書き遺してくれたことに感謝だ。

*今年は、「指環」の当たり年で、4月にはマレク・ヤノフスキ+N響の演奏会形式での「神々の黄昏」を、5月にはピエタリ・インキネン+日フィルの演奏会形式での「ラインの黄金」を、同月に新国立で「ジークフリート」のハイライト版を、6月には新国立での今回の「指環」シリーズの第3作目である「ジークフリート」を鑑賞した。いずれも素晴らしく、我が内なる「指環」熱をいやが上にも高揚させてくれた。

♪2017-162/♪新国立劇場-07

2017年10月10日火曜日

平成29年度(第72回)文化庁芸術祭協賛 10月上席

2017-10-10@国立演芸場

落語 三遊亭遊子⇒弥次郎
歌謡漫談 東京ボーイズ 
落語 三遊亭遊吉⇒猫の災難
奇術 マジックジェミー
落語 桂伸乃介⇒千早ふる
 ~仲入り~
講談 神田紫⇒春日局
落語 三遊亭春馬⇒松山鏡
曲独楽 やなぎ南玉
落語 三遊亭遊三⇒火炎太鼓

国立演芸場の定席に通い始めて1年7月になるが、今日の全体の出来はこれまでで最悪だった。
まずまずマシだったのはコマの曲芸のやなぎ南玉だ。もっと、このセンセイもこれまで失敗したことを見たことがなかったのに、今日はコマを落としてしまった。まあ、慌てず騒がず上手にカバーしていたけど。

マジックジェミーという女性の奇術師は、奇術自体はそこそこ慣れた腕前だが、お客への態度が悪い。上から目線で話にならん。次回彼女に遭遇することがあったらその時間は席を外そう。前に見た時はさほどの嫌味は感じなかったのだけどな。

神田紫も下手だ。年齢的には神田紅や神田陽子よりかなり上だと見えるが、声が小さい。迫力がない。

落語は全員ダメ。
桂伸乃介など、相当修行を積んでいるはずだが、無駄に人生を過ごしてきたらしい。
三遊亭春馬も面白くない。
落語芸術協会は真打ちを濫造しているのではないか。

トリの三遊亭遊三も大いにがっかりさせた。

全体として、お客の気分を白けさせる芸が多かったな。
客席も1/4くらいしか入っていなくて気の毒ではあったけど、芸の手抜きというのではなく、そもそもお客に見せる・聞かせるまで芸が出来上がっていないのだ。


♪2017-161/♪国立演芸場-016

2017年10月6日金曜日

みなとみらいアフタヌーンコンサート2017前期 ≪楽聖とエスプリ/チェロ名作集≫藤原真理 チェロ・リサイタル

2017-10-06 @みなとみらいホール



藤原真理:チェロ
倉戸テル:ピアノ

ベートーベン:ピアノとチェロのためのソナタ第4番ハ長調 作品102-1
フォーレ:3つの無言歌 作品17から 第3番
フォーレ:子守歌 作品16
フォーレ:組曲「シャイロック」作品57からノクターン
フォーレ:夢のあとに 
ベートーベン:ピアノとチェロのためのソナタ第3番イ長調 作品69
ドビュッシー:チェロ・ソナタ
サン=サーンス:白鳥
--------------
アンコール
フォーレ:シシリエンヌ 作品78
カタルーニャ民謡:鳥の歌
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 前奏曲

リサイタルの副題の「楽聖とエスプリ」というのはベートーベンとフランス人作曲家のことらしい。
ベートーベンのソナタが2本にドビュッシーのソナタ1本。これだけでもなかなか豪華だが、フォーレの小品が4本に、定番サン=サーンスの白鳥。加えて、アンコール3本と豪華版だった。

藤原真理は生では3回目だが、いつも音が柔らかくて心地よい。ガリガリとヤニを飛ばすような音はほとんど聴くことがないのは、たまたま、穏やかな曲調の音楽ばかり聴くからだろう。

ただ、今日、チェロソナタでいちばん有名なベートーベンの3番が始まった時に、まるでフランス音楽のような錯覚を覚えたが、これはフォーレの作品がしばらく続いたからだろうけど、ひょっとして、ベートーベンの音楽の中にはそういう要素もあるのかも、と思った。いかにも「ドイツ音楽」の真骨頂という思いでいつも聴いているけど、たまには、頭を切り替えて別の角度から聴いてみるのも一興かもと思った。

藤原真理。
初めて手にしたJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲は彼女の手になるもので、それ以来、僕にとっては、一番親しみやすいチェリストだ。人柄も気取らないおばさんという感じで、いつも派手なドレスではなく、近所のスーパーに買い物に来ました、と言った格好だ。まだ68歳。これからも、ガリガリ鳴らさないでいいから、美しい音を聴かせてほしいものだ。

♪2017-160/♪みなとみらいホール-37

2017年10月4日水曜日

10月歌舞伎公演「通し狂言 霊験亀山鉾」

2017-10-04 @国立劇場



平成29年度(第72回)文化庁芸術祭主催
四世鶴屋南北=作
奈河彰輔=監修
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言 霊験亀山鉾<れいげんかめやまほこ>四幕九場
― 亀山の仇討 ―

序 幕 第一場 甲州石和宿棒鼻の場 
    第二場 同 石和河原仇討の場
    第三場 播州明石網町機屋の場
二幕目 第一場 駿州弥勒町丹波屋の場
    第二場 同 安倍川返り討の場
    第三場 同 中島村入口の場
    第四場 同 焼場の場
三幕目 播州明石機屋の場
大 詰 勢州亀山祭敵討の場



片岡仁左衛門⇒藤田水右衛門/古手屋八郎兵衛実は隠亡の八郎兵衛
中村歌六⇒大岸頼母
中村又五郎⇒石井兵助/石井下部袖助
中村錦之助⇒石井源之丞
片岡孝太郎⇒源之丞女房お松
中村歌昇⇒若党轟金六
中村橋之助⇒大岸主税
中村梅花⇒石井家乳母おなみ
片岡松之助⇒藤田朴庵/縮商人才兵衛
上村吉弥⇒丹波屋おりき
坂東彌十郎⇒掛塚官兵衛/仏作助
中村雀右衛門⇒芸者おつま
片岡秀太郎⇒石井後室貞林尼   ほか

実話を基にした敵討ちの話…というのは珍しくもないと思うが、この話は本懐を遂げるまでに相当な人数が返り討ちにされるという、普通の敵討ちとは逆の筋書きだ。
また、発端から敵討ちが成就するまでに28年を要したというのも実話だが、それだけ長い年数の物語でもある訳で、こちらも珍しいのではないだろうか。

かくして、怪談話ではないけど、暗いエピソードが繰り返されるので、「歌舞伎」の華やかな部分はまるで無い。新派などで演じてもおかしくない内容だし、役者が見得を切る部分も少なく、大向うからもあまり声はかからない。これはなかなか掛け辛いいだろう。

しかし、舞台劇としては見どころも多く、終盤に入って、本雨(ほんあめ)が舞台に降り注ぐ中での殺し合い、井戸を使った活劇、燃えている棺桶から悪党が飛び出すなど、飽きさせない。

この敵役こそこの作品の主人公で、これを仁左衛門が二役(早替わりも楽しめる。)で演ずるのだ。
元々渋い仁左衛門としては、この情け無用の悪党ぶりが板に付いて色っぽくさえある。

登場人物も多く、それらの関係性を頭に入れるのは容易ではなくて、今回は筋をさらった程度で終わってしまった。

♪2017-159/♪国立劇場-15

2017年10月1日日曜日

ミューザ川崎ホリデーアフタヌーンコンサート2017後期 ≪カタリ・カタリ≫ 中鉢聡 テノール・リサイタル

2017-10-01 @ミューザ川崎シンフォニーホール


中鉢聡:テノール
藤原藍子:ピアノ

レオンカヴァッロ:朝の歌
トスティ:かわいい口元
トスティ:理想のひと
プッチーニ:星は光りぬ~「トスカ」より
プッチーニ:誰も寝てはならぬ~「トゥーランドット」より
中山晋平:出船の港
越谷達之介:初恋
小林秀雄:落葉松
武満徹:小さな空
クルティス:勿忘草
ララ:グラナダ
カルディッロ:カタリ・カタリ
------------
アンコール
デ・カプア:オー・ソレ・ミオ

今年5月にこのシリーズで錦織健のテノールを聴いたときの感動に比べると今日はかなり、こじんまりだ。
そもそも中鉢聡という声楽家を知らなかった。今回はじめて聴くみたいだ。
イタリア・オペラやカンツォーネが得意なようで、今日のリサイタルのタイトルは「カタリ・カタリ」。終盤に、アンコールを含め得意のナンバーを絶唱してくれた。トスティの2曲を除けばよく知っている曲ばかりで、どれも楽しめた(「誰も寝てはならぬ」で思わぬ故障が入ったが。)。

しかし、声量はあるのだけど、声に華やかさ、輝きが無い。地声の延長のように聴こえる。ここで悲しいかな錦織健とは圧倒的な差が付いてしまう。

ところで、ピアノ伴奏が藤原藍子さん。この人も始めてだったが。背が高くきれいな人だ。中鉢聡も所属する藤原歌劇団の生みの親、かの有名な藤原義江のお孫さんだそうだ。

♪2017-158/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-27