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2024年1月11日木曜日

尾城杏奈ピアノリサイタル

2024-01-11 @さくらプラザホール


尾城杏奈:ピアノ

ジャン・フィリップ・ラモー:
 新クラヴサン組曲集 第1番(第4組曲)ガヴォットと6つのドゥーブル
 新クラヴサン組曲集 第2番(第5組曲)エジプトの女
セザール・フランク:
 プレリュード、コラールとフーガロ短調
クロード・ドビュッシー:
 喜びの島イ長調
オリヴィエ・メシアン:
 (幼子イエスにそそぐ20のまなさし>から
  第1曲<父なる神のまなざし>
  第2曲<星のまなざし>
  第10曲<喜びの聖霊のまなざし>
  第15曲<幼子イエスの口づけ>
  第20曲く愛の教会のまなざし>
-----------
スクリャービン:ワルツ作品38
リスト:ラ・カンパネラ



尾城杏奈は21年に神フィル・新人演奏会で聴いた。その時もラヴェルのPf協。
この春芸大院卒業予定を機に地元でのリサイタル。
本篇は徹頭徹尾もの。この姿勢が立派。

初聴きのメシアン大作(40分)も案外聴きやすい音楽で楽しめた。

♪2024-004/♪さくらプラザホール-01

2020年2月3日月曜日

東京都交響楽団 第896回 定期演奏会Aシリーズ

2020-02-03 @東京文化会館


フランソワ=グザヴィエ・ロト:指揮
東京都交響楽団
栗友会合唱団

ラモー:オペラ=バレ『優雅なインドの国々』組曲
ルベル:バレエ音楽《四大元素》
ラヴェル:バレエ音楽《ダフニスとクロエ》(全曲)

過去3回聴いただけだが、ロトにハズレなし…と言ってもLOTOではなくフランソワ=グザヴィエ・ロトだが、毎回新鮮な切り口で楽しませてくれる。

前半2曲は18C前半の作品で、ルベルなんて名前も初めて。もちろん初聴き。

この2人の作品はどちらも舞曲調(オペラ=バレというジャンル自体、舞踏中心のバロックオペラらしいし、ルベルの作品はそもそもがバレエ音楽。)が多く、聴いていて実に心地よい音楽だった。

しかも、弦の編成が、ラモーは弦10型、ルベルは12型という小ぶりだったので弦がクリアに聴こえた。

後半が「ダフネスとクロエ」全曲。

ここから数曲を抜粋した組曲版のうち、第2組曲はかなりの回数聴いているが、第1組曲は記憶がない。今日の全曲版も初めて。
混成合唱が入るダフ・クロも初めて。

合唱は歌詞がなくヴォカリーズだった(この為、合唱部分を管弦楽用に編曲した版もあるらしい。合唱団なしでもそれなりに演奏できるからだ。しかし、今日、素晴らしい合唱を聴いたので、とても合唱なしではもう聴く気が起こらない。)。
栗友会は実にうまかった。

オケも16型に拡大。

全曲55分という長尺だが、実に素晴らしい作品で終わるのが惜しい…まだまだ続けてほしいと思いながら聴いていた。

演奏も良かった。

16型まで膨れ上がった都響の弦はほとんどの場合美しくないが、今日はラヴェルの見事なオーケストレーションに助けられて?美しく響いた。
管(特に木管)楽器も名人芸。ロトの采配が絶品。

♪2020-015/♪東京文化会館-01

2017年11月3日金曜日

第36回横浜市招待国際ピアノ演奏会

2017-11-03 @みなとみらいホール


永野光太郎(日本)
ヤクブ・チズマロヴィチ(スロバキア)
ナタナエル・グーアン(フランス)
アレクセイ・タルタコフスキ(アメリカ)


●永野光太郎(日本)
リスト:巡礼の年第3年より「エステ荘の噴水」
 巡礼の年第1年より「ウィリアム・テルの聖堂」
ショパン:マズルカ第37番 変イ長調 作品59-2
 夜想曲第17番 ロ長調 作品62-1
 スケルツォ第3番 嬰ハ短調 作品39
●ヤクブ・チズマロヴィチ(スロバキア)
 プロコフィエフ:束の間の幻影 Op.22
 ショパン:夜想曲第20番 嬰ハ短調「遺作」
 リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番
●永野光太郎&ヤクブ・チズマロヴィチ(連弾)
 フォーレ:組曲「ドリー」Op.56 より
 1.子守唄、2.ミ・ア・ウ、
 3.ドリーの庭、6.スペイン風の踊り
●ナタナエル・グーアン(フランス)
 リスト:グレートヒェン(ファウスト交響曲から作曲者による編曲)
 忘れられたワルツ第1番
 メフィスト・ワルツ第2番
●アレクセイ・タルタコフスキ(アメリカ)
 ラモー:やさしい訴え ソローニュのひなどり~ ドゥーブル Ⅰ、Ⅱ
 ショパン:バラード第4番 ヘ短調 Op.52
 ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章
●ナタナエル・グーアン&アレクセイ・タルタコフスキ(連弾)
 ドボルザーク:スラヴ舞曲より抜粋
  Op.46-1、Op.72-2、Op.72-7

35歳以下で国際コンクール2回以上入賞が応募条件だそうだ。
毎年世界から俊英が集まる。さりとてまだ本格デビューとまでは至らないプロの卵なのだろうか。昨年はケイト・リウ(前回ショパンコンクール3位)が参加する予定だったが体調不調で急遽来れなくなった。このことから集まるレベルが想像できるだろう。

過去の日本人参加者は、小山実稚恵、伊藤恵、若林顕、田部京子、海老彰子、永野秀樹、横山幸雄、田村響、菊地裕介、河村尚子などそうそうたるものだ。このクラスがぱっと世界に花開く寸前のやや固蕾状態の音楽を聴くことになる。
尤も、技量に申し分はなさそうだし、音楽性だった鍛え抜かれているから、蕾が花開いたところで、その差を聴き分けることもできないけど。

ま、大雑把な印象を言えば、元気がいい。テクニックがすごい(と聴こえる・見える)。それで、ピアノという楽器の真髄に迫ってくれるような気がする。
プログラムは、そういう演奏効果のあるようなものが選ばれているように思う。リストやショパンの作品などは有名で耳馴染んだものもが多かったが、あまり聴かない曲もあり、名曲発掘の良い機会でもあった。

♪2017-170/♪みなとみらいホール-40


2016年12月22日木曜日

みなとみらいアフタヌーンコンサート ≪天使のクリスマス≫パリ木の十字架合唱団 クリスマス・コンサート

2016-12-22 @みなとみらいホール


ヴァンサン・カロン:指揮
ユーゴ・ギュティエレス:芸術監督

パリ木の十字架合唱団

グレゴリオ聖歌:キリエ第4番
ペタロン:主を
クープラン:歓喜し、歓声をあげよう
リュリ:神の力
セヴラック:かくも偉大な秘跡
デュリュフレ:グレゴリア聖歌の主題による4つのモテットから「いつくしみと愛のあるところ」
ギュティエレス:アニュス・デイ~神の子羊~
カッチーニ:アヴェ・マリア
フォーレ:ラシーヌ賛歌 Op11
グノー:モテット”おお、救い主なるいけにえよ”
J.S.バッハ:ヨハネ受難曲 第40曲

グレゴリオ聖歌:幼子が生まれた
シャルタヴォワーヌ:ひとりの若い乙女
グティエレス編:クリスマスは来たれり
ダカン:クリスマス・カンタータ
グル―バー:きよしこの夜
トラディショナル:神の御子が生まれた
ラモー:夜の賛歌
トラディショナル:荒野の果てに
リュリ:三人の王の行進
トラディショナル:神の御子は今宵しも
サン=サーンス:クリスマス・オラトリオから「いけにえを捧げよ」
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アンコール
日本古謡:さくらさくら
ロッシーニ:猫の二重唱
ピエールポン:ミュージック・ユニバーサル

木の十字架少年合唱団は、随分たくさん歌ってくれたが、取り立てていうほどに巧いとも思えない。このレベルの少年合唱団なら日本にもいくらでもあるのではないか。

ほとんどニコリともせず、舞台上での隊列の組み直しなども指揮者の合図通りに機械的に従って動くので、まるで鎖につながれた囚人合唱団みたいだったな。

歌そのものはとても心地良かったが、ちとがんばり過ぎ。
どの曲も短いけど次から次と歌ってくれるので、2時間近い演奏会になった。全部暗譜だったと思う。これは大したものだ。

最近ちょっと流行りのカッチーニの(真実はウラディミール・ヴァヴィロフ作)「アヴェ・マリア」をナマで聴いたのは初めてだったかも。

♪2016-182/♪みなとみらいホール-49

2016年10月10日月曜日

読響第91回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

2016-10-10 @みなとみらいホール


シルヴァン・カンブルラン:指揮
マルティン・シュタットフェルト:ピアノ*
読売日本交響楽団

ラモー:「カストールとポリュックス」組曲から
    「序曲」・「ガヴォット」・「タンブラン」・「シャコンヌ」
モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番*
シューベルト:交響曲第8番「グレイト」
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アンコール
ショパン:練習曲 作品25-1「エオリアン・ハープ」*

ラモーの作品は初聴き。初演が1737年。評判が悪かったので54年に改訂したとある。ハイドンが初演を聴いたとしたら5歳位。モーツァルトが生まれたのは改訂版の完成より後だ。ま、そんな時代の音楽なので、サロン音楽みたいに軽やかに耳に入って来るけど、やはり最初の曲って、どうもオケのエンジンは暖機運転みたいだ。

ピアノのマルティン・シュタットフェルトは初めて。04年にゴールドベルク変奏曲でCDデビューしたことからか、「グレン・グールドの再来」と評される、と解説に書いてあったが、まあ、見た目も似ているし、低いピアノ椅子に座って弾く姿勢もそんな感じはした。
本物ならどんな弾き方をするか知らないけど、シュタットフェルトのピアノはごく普通の?モーツァルトに聴こえた。
因みに、グレン・グールドのバッハやベートーベンなどは好きだけど、彼が弾くモーツァルトのピアノソナタ第11番(トルコ行進曲付き)を初めて聴いた時につんのめって、遊んでるのじゃないか、と腹立たしく思ったので、それ以来、グレン・グールドの弾くモーツァルトはCDを買わないことにしている(ほとんど出ていないけど。)。

で、このピアノ協奏曲第15番は、CDは全27曲セットがあるので過去に聴いたことがあったけど、20番台の作品のように、今日はこれを聴いてみたいと思わせるような魅力は感じたことがないので、多分、ナマで聴いたのは初めてだったと思うけど、やはり、印象が希薄なままスルーっと抜けていった。

ラモー、モーツァルト、シューベルトというプラグラムそのものがなんだかピンとこないので、聴く態度が定まらないという感じだ。
超大曲でもないし、超絶技巧曲でもなさそうだし、ピアニストには悪いが、消化試合というか、映画で言えば、その昔のプログラムピクチャーのような気がして、聴く側に緊張感が生まれないのは困ったものだ。

で、一番楽しみにしていたのがシューベルトの第8番だ。
「楽しみ」というより、強い「関心」かな。
というのも、昨日、ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルで聴いたばかりだったから(同じ曲を翌日聴くことになるとはなんという巡り合わせだろう。)。
昨日の印象では、世界の一流オケの実力をナマで聴いた結果は日本の一流オケも十分世界に通用するのではないか、と思ったのだが、さて、読響はどうか。

かなり肉薄していたと思う。
どこが違うだろう、とずっと耳を澄ませていたのだけど、管と弦が強奏で重なる場所などで透明感に欠ける。あるいは、弦の高音域での透明感に欠ける。つまりは、ときどき管弦楽にざわつきが混じることがある。それも、いわば、敢えてアラ捜しをしながら聴いているので感ずる程度のものだ。
だから、今日の読響を聴きながら、やはり、うまいものだと感心した。
でも、ウィーン・フィルとの僅かな差(これはN響や都響でもいつも感じていることだけど)。これが容易なことでは埋められないのだろうと思う。
でも、この差を聴き分けたくてチケット代4倍も5倍も支払いたくはないな。

♪2016-138/♪みなとみらいホール-35