2022年12月25日日曜日
「第九」2022-❾ 読売日本交響楽団みなとみらい「第九」演奏会
2021年12月27日月曜日
かんぽ生命 presents N響「第九」Special Concert ❽
2021-12-27 @サントリーホール
尾高忠明:指揮
NHK交響楽団
合唱=東京オペラシンガーズ
オルガン:勝山雅世*
ソプラノ:森麻季
メゾ・ソプラノ:加納悦子
テノール:櫻田亮
バリトン:大西宇宙
ブクステフーデ:コラール前奏曲「輝く暁の星の麗しさよ」*
J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565*
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
東京オペラシンガーズは60名で都響の二期会より4人多い。
僕が今季「第九」を聴いた8オケの中では最大規模。
コロナ禍ではこれで精一杯?
合唱・独唱もP席。全員冒頭着座。
演奏はやはり一歩抜きん出たN響ならではの堂々の風格。
尾高の指揮はゆったり目。外連味なし、嫌味なし、遊びなし。
ま、これが大人の「第九」か。演奏時間も最長の71分強。
問題はあった。
オケも合唱も上出来だったが、独唱が気の毒な状態。
P席の前列に並び、その後ろは合唱が三重に。都響の場合と同じで、これではなかなか声が飛んでこない。
P席に合唱を置けない場合はともかく、独唱は舞台の奥・反響板の前で歌うべきだった(コロナ前は独唱が舞台前方で歌うことも珍しくなかったが、今はそれができない。)。
独唱各人の歌いっぷりに問題はないのに、オケや合唱に埋もれがちだったのが残念。
今季全8回の「第九」が終わったが、総合的にはN響がベストとも言い難し。後日、振り返ってみよう。
カーテンコールは独唱者より、指揮者より、今回で卒団する第2バイオリン首席の大林修子女史への労いの拍手で盛り上がった。
S席 1階 14列 21番 15,750円
2021年10月24日日曜日
名曲全集第170回 モーツァルト没後230年。祈りを込める「レクイエム」
2021-10-24 @ミューザ川崎シンフォニーホール
ジョナサン・ノット:指揮
東京交響楽団
新国立劇場合唱団*
ソプラノ:三宅理恵*
メゾソプラノ:小泉詠子*
テノール:櫻田亮*
バスバリトン:ニール・デイヴィス*
デュティユー:交響曲第1番
モーツァルト:レクイエム K. 626(リゲティ:ルクス・エテルナを含む)*
指揮のジョナサン・ノットが来日できなくなった定期演奏会で、事前に指揮ぶりを収録したビデオで東響に(リハではなくお客を入れた本番で)演奏させた事は驚愕だった。
もし彼がベルリン・フィルやウィーン・フィルを指揮するとしたら、このような事をするだろうか?
しないだろうし、オケも受け入れないだろう。
日本のオケやお客をバカにしているのではないか。
そこからノット不信が始まった。
今回、モーツァルト「レクイエム」にリゲティ「ルクス・エテルナ」を混在させた事は、ビデオ指揮とは異なり、音楽表現上の問題だから罪は軽い。否、無罪かもしれないが、彼のコロコロ変わる思いつきがオケ関係者を振り回していることは確かで、この点は微罪処分に相当する。
当初のプログラムにはリゲティは含まれなかった。
1回目の訂正でモツ・レクの後に演奏すると発表され、
2回目の訂正で終曲前に挿入することとされた。
リゲティ「ルクス・エテルナ」は世界的に高明なペーター・ダイクストラ指揮スウェーデン放送合唱団で聴いたことがあり、精緻な和声?に驚き感心したので、モツ・レクとは独立して聴きたかった。
どうせ、モーツァルトの完全作ではないのだから、他人の、現代作品を挿入して演奏するのも、格別気にする事もないのかもしれないが、少なくとも苦労して今日の形を完成したジュスマイヤーには失礼かも。
今回、演奏中、ジュスマイヤーの手にならない2曲(「涙にくれる、その日」とリゲティ「ルクス〜」)の前には仏壇に置いてある鐘?がチ〜ンと鳴らされたのは、ジュスマイヤーよ、化けて出るなよ!というお祓いのようだ。
良い点:弦編成が8-8-6-4-3。声楽は30人程。これはスッキリと聴けた。それに演奏自体悪くなかった。
当初は東響コと発表されたが、これも新国合唱団に代わって良かった…と思っていたが、瑞典放送合唱団の透明さと滑らかさには及ばず。
あゝ違うなあ〜と思いながら聴いていたよ。
ブーイングが起こってもおかしくない演奏会だったが、客席はスタンディング・オーベイションで歓迎した。
♪2021-118/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-35
2019年7月13日土曜日
神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会みなとみらいシリーズ第350回
鈴木優人:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン
澤江衣里:ソプラノ(天使ガブリエル&イヴ)
櫻田亮:テナー(天使ウリエル)
ドミニク・ヴェルナー:バリトン(天使ラファエル&アダム)
ハイドン:オラトリオ「天地創造」Hob.XXI-2
というわけで、気合の入ったプログラムだった。同じハイドンのオラトリオでも「四季」に比べると単調で面白さに欠けるとはいえ、親しみやすい音楽ばかりで、また、旧約聖書「創世記」でお馴染みの筋書きでもあり、テキストをにらめっこしながらあれこれ考える必要もないので、心地よく音楽に浸っていられる。
演奏も良い出来だったと思う。神奈川フィルは小ぶり編成で音楽の見通しが良かった。弦の弱音もかなり気を使いながら丁寧に弾いていた。
独唱陣はBCJの常連(所属?)で、指揮・合唱団共々和気藹々慣れたものだった。
優れた歌唱を聴いていると、よく訓練された人間の身体こそ最強の楽器だなと思う。特に表現力という面では如何なる楽器も人間の歌唱力には敵わないだろう。
ところで、モダン楽器ばかりで中途半端な古楽アプローチだったがこれはこれで今風の楽しみ方だ。むしろ、いっそ力負けするチェンバロをやめてピアノを使うというのは幾ら何でも大胆すぎるかな。というのもチェンバロは(指揮の鈴木優人が演奏も兼ねた。)重要な役割を果たすが、2千人ホールでは遠くまで音が届いていないだろう。特にオケが重なると比較的前の方の僕の席でも埋没していたもの。
♪2019-099/♪みなとみらいホール-31
しかし、僕の手持ちのCDは2枚組で計142分だ。幾ら何でも42分もの差があるのはおかしい。
今日の神奈川フィルはベーレンライター新版というのを使ったと書いてある。
17年の都響のプログラムを読み返すと110分でオックスフォード版を使っている。
その前というと16年にシンフォニア・ヴァルソヴィアとローザンヌ声楽アンサンブルで聴いたが、この時のプログラムが残っていない(ホンにどこへやったのだろう。捨てるはずがないのに。)ので、版も演奏時間も分からない。
ともかく、100分から142分までの違いは主として使った版の違いによるのだと思う。同じ楽譜を使ってこんな大きな差が生まれることはないだろう。
2019年4月19日金曜日
バッハ・コレギウム・ジャパン第132回定期演奏会
鈴木雅明:指揮
バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)
ソプラノ:キャロリン・サンプソン
ソプラノ:松井亜希
アルト:ダミアン・ギヨン
アルト:クリント・ファン・デア・リンデ
エヴァンゲリスト(福音史家)/テノール:櫻田亮
テノール:ザッカリー・ワイルダー
イエス/バス:クリスティアン・イムラー
バス:加耒徹
J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV244
2015年春以来のBCJの「マタイ」だった。
その間に聴いた聖トーマス教会合唱団+ゲヴァントハウス管弦楽団による至高の「マタイ」が一種の物差しになっているのは不幸な事かもしれない。
とはいえ、前回のBCJと比べてとても好感した。
テンポは早めでアッサリと小気味良い。
全曲中一番有名な「神よ憐れみたまえ」も泣かせたりしない。福音史家役が大活躍をするが、この肝心のテノールに人を得た。素晴らしくよく通る美声だった。
不満といえば、どうしてアルトにカウンターテナーを使うのか。やはり、女声で聴きたい。
「マタイ」に限らずこれまでにカウンターテナーで満足したことがないのは僕の経験不足だろうが、そもそも不自然ではないか。
児童合唱でなく女声合唱を使うのならソロも女声で良かろう。
また、席がイマイチだった。センターを取ったが、BCJを聴くには席が遠かった。
前方1/3で聴くべきだった。
チケットが取れず後方1/3で聴いた。
オケを聴く席として悪くはないが、この編成(管弦楽30人足らず。声楽25人くらい?)には遠かった。
前方1/3なら良い「音楽体験」ができたろうが、後方1/3では澄まして「音楽鑑賞」だった。やはり没入度が違う。
それにしても武満ホールはとても自然な響だ。縦長シューボックスが良い効果を齎しているようだ。
♪2019-050/♪東京オペラシティコンサートホール-02








