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2024年6月19日水曜日

第2015回 NHK交響楽団 定期公演 B-1

2024-06-19 @サントリーホール



鈴木優人:指揮
NHK交響楽団
イザベル・ファウスト:バイオリン*

ウェーベルン:パッサカリア 作品1
シェーンベルク:バイオリン協奏曲 op.36*
J.S.バッハ(ウェーベルン編):6声のリチェルカーレ
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調
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ニコラ・マティス(父):バイオリンのためのエア集第2巻〜「パッサッジョ・ロット」*






前半3曲は睡魔との戦い。いずれも少ないけど何度か聴いているが、リチェルカーレ**は、なんでこういう編曲をしたのか?管弦楽で聴く意味があるのかと白けてしまう。

Iファウストはこれまでロマン派の作品ばかり聴いてきた。
そして、好ましく思っていたが、シェーンベルクは付いてゆけないよ。

最後に、シューベルトのこぢんまりした交響曲5番でようやく元を取った感じ。

僕にとって今日がN響B定期会員としての最後の公演だった。
名演だったら後ろ髪を引かれたろう。未練が残らず良かったよ。

**リチェルカーレ(形式)とリチェルカータ(具体的作品)の違いがあるそうだが、音楽解説などを読んでも明確に使い分けてあるとは思えないので、耳慣れたリチェルカーレを使うことにする。

♪2024-087/♪サントリーホール-13

2021年2月13日土曜日

NHK交響楽団 02月公演

 2021-02-13 @東京芸術劇場大ホール

熊倉優:指揮
NHK交響楽団

バイオリン:イザベル・ファウスト*

スメタナ:歌劇「売られた花嫁」-3つの舞曲
シマノフスキ:バイオリン協奏曲第1番 作品35*
ドボルザーク:交響曲第6番ニ長調 作品60
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イザイ:無伴奏バイオリン・ソナタ第2番イ短調-第2楽章「憂鬱」*




イザベル・ファウストは海外の著名バイオリニストでは一番多く聴いているかも。室内楽がいい、けど今日もアンコールの繊細なイザイの無伴奏に感心した。

しかし、N響の出来はどうだったか?
ホールの音響も良くないけど、内輪の学芸会みたいな緊張感の不足を感ずる。

ドボルザーク交響曲第6番は珍しいのを聴けたという点で収穫だったが。


それにしても、そろそろ、登場しただけでオーラを感じさせる大物指揮者のタクトでピリッとした演奏を聴きたいよ。

代役、若手続きで(時に大成功もあるが)、コンサートの晴れがましさ、ラグジュアリー感が近頃薄れて聴く側(自分です😥)も緊張感を失っているのは反省かも。


♪2021-011/♪東京芸術劇場大ホール-01

2018年1月21日日曜日

読響第100回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

2018-01-21 @みなとみらいホール


シルヴァン・カンブルラン:指揮
読売日本交響楽団
イザベル・ファウスト:バイオリン*

ブラームス:バイオリン協奏曲ニ長調 作品77*
J.S.バッハ(マーラー編):管弦楽組曲から第2〜4曲
ベートーベン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
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クルターク:「サインズ、ゲームとメッセージ」から*

今日の読響横浜定期は100回目だ。だからといって、特別なことはなくプログラムでも特段触れていなかった。

無視されてしまった節目のコンサートだけど、プログラムが良かった。3作品ともドイツの3Bによるものだ。これが嬉しい。
また、ブラームスのバイオリン協奏曲のソリストはイザベル・ファウスト。
彼女の演奏はこれまでに都響とのメンコン、ジャン=ギアン・ケラス、アレクサンドル・メルニコフとのピアノ・トリオ演奏会を聴いていずれも好感を持っていたので、楽しみだった。

さて、ブラームスのコンチェルトはファウストのストラディヴァリウス”スリーピング・ビューティ”が良く鳴って細部の最弱音までしっかり聴こえた。まあ、席がかなり前の方だから当然とも言えるが、オーケストラ全体の調子は疑問だった。
オケの不調は3曲とも同じだった。てことは、僕の耳のせいではなかろう。アンサンブルの微妙なズレを感じてしまった。

曲作りとしてはカンブルランの彫琢が行き届いている感じがしたのだけど、その一方で弦と弦、あるいは弦と木管の間に不揃いな部分があったように思う。もっと後ろで聴けば感じなかったのかもしれないが、そうは言ってもこの席はもう何年も固定しているのだし、これまでにそういう不満は感じたことがなかったので、気になる。来季も同じ席で更新済みだし。

という不満が残ったドイツの3B大会だが、出来はともかく音楽は実に素晴らしい。今日のプログラムだと、一番はブラームスだ。実に美しい音楽だ。どの楽章もいいが、とりわけ第3楽章のハンガリー舞曲風のハイテンポの旋律は楽しい。ファウストもここではニコニコ笑いながら楽しんで弾いているのが聴いている者の気分を一層高めてくれた。
ところで、第1楽章のカデンツァは、普段よく聴くのはヨアヒムの作だそうな。ファウストはブゾーニの作ったものを好んで弾いているようで今日もそれだった。カデンツァの冒頭にティンパニーを伴うので区別が付くようだ。このバージョンは初聴きだったような気がする。

♪2018-008/♪みなとみらいホール-03

2017年2月26日日曜日

イザベル・ファウスト、ジャン=ギアン・ケラス&アレクサンドル・メルニコフ ピアノ・トリオ演奏会

2017-02-26 @県立音楽堂


イザベル・ファウスト:バイオリン
ジャン=ギアン・ケラス:チェロ
アレクサンドル・メルニコフ:ピアノ

シューマン:ピアノ三重奏曲 第3番 ト短調 作品110
エリオット・カーター:エピグラム(2012)
シューベルト:ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 作品99 D898
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アンコール
シューマン:ピアノ三重奏曲 第2番 第3楽章

このピアノ・トリオにはチームの名前がない。ピアノ・トリオでトリオ名があってそれが世の中に認知されているグループはむしろ少ないのではないか。僕が思い出せるのはボザール・トリオくらいで、手持ちのCDでほかのトリオをみてもたいてい3人の名前が並列してある。あるいは録音のために俄仕立ての名前が付いているのもあるけど、その名前での活動をしている風には思えない。

今回のトリオも同様で、3人の名前が並べてあるだけだ。
このうちナマを聴いたことがあるのはバイオリンのイザベル・ファウストだけで、ほかの2人も一流の演奏家なのだろうが、名前さえ知らなかった。

イザベル・ファウストを前回聴いたのは文化会館で都響とメンコンを演奏した時だ。その時は、彼女のストラディバリウスはよく響いたとはいえ、間近ではなかったし(オーケストラはそんな間近で聴きたくないけど。)、音圧を感ずるというほどではなかったので、今回は、音楽堂の3列目でかぶりついて聴くのが楽しみだった。

ピアノ・トリオはピアノが音色でも音量でも異質だから3者のバランスが難しそうだ。現に、ピアノの音に弦が埋もれてしまう演奏を聴いたこともある。しかし、今回はとてもいいバランスだった。バイオリンもチェロも、これはすぐそばで聴いているという事情もあったかもしれないが、音圧に不足はなく、ピアノとも溶け合うというのか、その異なる音の性格がピタッと呼吸を合わせて交わる時に生まれる響の妙が快感だ。

シューマンのトリオは亡くなる数年前の作品らしく、冒頭から不安神経症的だ。でも当然ながら全篇がシューマン印で、慣れるとこれが音楽的に面白い。

真ん中に挟まれたエリオット・カーター(1908〜2012。103歳で逝去!)の作品はまさに103歳で作曲したものだそうだ。超現代音楽で、ハナから聴く耳持たなかったから今ではさっぱり思い出せない。

こういう訳の分からない音楽の後にシューベルトのピアノ・トリオを聴くと清々しくも躍動感に溢れなんと美しいことか。
この曲はピアノ五重奏曲「ます」や弦楽四重奏曲「死と乙女」と並んでシューベルトの室内楽(言うまでもなく器楽ソナタは除く。)の3大傑作だな。

イザベル・ファウストほかのトリオの出来栄えは素晴らしかった。3人が一つの呼吸をしているように思った。また、一人ひとりの楽器の音色も素晴らしい。微細な弱音から最強音までが、特にすぐそばで聴いていると原音とどこからか響いてくる残響とが混じり合って妙なる響となる。楽器自体、それを操る才能、ホールのコンディションがすべてうまく混ざり合い、引き立てあって、なかなか得られない音楽体験をさせてもらった。

♪2017-030/♪神奈川県立音楽堂-02

2016年1月12日火曜日

東京都交響楽団第800回 定期演奏会Aシリーズ

2016-01-12 @東京文化会館


小泉和裕:指揮
イザベル・ファウスト:バイオリン*
東京都交響楽団

メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲 ホ短調 op.64*
R.シュトラウス:家庭交響曲 op.53
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アンコール*
クルターク:ドロローズ(無伴奏バイオリン曲)


久しぶりの文化会館大ホールだ。ホールはどんな響だったか忘れていたが、今回聴いてみると、やはり古いタイプの音作りなんだと分かった。

公的なコンサートホールとしては日本最初の神奈川県立音楽堂と同じ前川國男の設計だからだろうが音響効果も似ている。
因みに、首都圏の主要なコンサートホールを開館された順番で並べてみる(#)と、音楽堂から県民ホールまでは音響設計のコンセプトはおそらく同じではないか。
新宿文化センターについてはここで聴いた回数が少ないしそれも相当古いことなのでなんとも言えないが、少なくともサントリーホール以後のホールの音響設計は残響を長めに取るように変わってきたのではないかと思う。

ホールの響は残響時間だけで決まる訳ではないだろうから、その長短だけで音響の良し悪しを決める訳にはゆかない。
ヴィンヤードかシューボックスかといった客席の形にもよるだろうし、第一、どの席で聴くかによって大きく左右される(この左右のされ方の程度もホールによって異なる。)。

それで、どのホールの音が良い、悪いとかいう議論はさまざまな前提条件をおかなければなかなか比較はできないはずだが、素人の耳には、手っ取り早く残響の長短が「好み」に一番的確に影響するのではないか。

という次第で、いつでもどこでも残響コントロールは音響設計の核をなしているのではないかと思う。
それが、80年代の前後で好みが変わってきたのだろう。
古いホールは残響が短く響はデッドだ。
新しいホールは残響を活かした音作りをしている。
どっちが良いか、はまさに好みの問題だし、オーケストラの規模や曲の楽器編成などによって、どちらが向いているかが変わってくると思う。

少なくとも、残響の短い(音楽堂や県民ホール、そして東京文化会館などの)ホールでは、下手なオケはごまかしが効かない、ということは言える。しかし、そういう場所で、腕の良いオケが演奏する硬めの乾いた質感の響はこれまた味わいがある。


ところで、演奏。
メンデルスゾーンは、イザベル・ファウストというドイツの女流バイオリニスト。初めて聴いた。コンクール受賞歴から相当な実力者らしい。使用楽器もストラディバリウス(このクラスだと珍しくないけど、そんなにもたくさん作られたのか…。優れた現代楽器と大差はないという実験結果もあるようだが。)ということで、どんな音を出すのか、と思ったが、ホールのせいもあって、とても透明感のある繊細な音色が広い会場に届いた。

ただ、直前に聴いたバイオリン協奏曲の演奏が、刮目のインパクトを与えてくれたhr響と五嶋龍のチャイコフスキーで、これと比較すると、曲自体がチャイコの方が<協奏曲>として面白くできているのに対して、メンコンはあくまでも独奏バイオリンの名人芸を聴かせるという趣向で、管弦楽との絡みが物足らない。
これはファウストのせいではないけど。

アンコールは現代の無伴奏曲。
微弱音というか、ほとんど聴こえないような音?のフレーズがあって、こんな大ホールで演奏する曲ではないな。


家庭交響曲は、ナマで聴くのは初めてだった。放送でも長い観賞歴で数回だろうし、それも耳に入ったという程度でまともに聴いたことはなかった。案の定、最後まで馴染みのあるフレーズは出てこなかった。
都響も、冒頭部分がざわざわしてすっきりしなかったが、中盤から立てなおして怒涛のクライマックスを乗り越えた。
メンコンは標準的な2管編成であるのに対して、家庭交響曲ではホルンが8本、コントラバスも8本という大編成で変則4管編成だったのかな。

あらためてNETストリーミングで聴き直してみたが、どうにも親しみを感じられない音楽だ。どうしてこんな騒がしい曲を書いたのだろう。

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都響50周年・800回定期記念のおみやげ
神奈川県立音楽堂⇒ 1954年
東京文化会館⇒ 1961年
NHKホール⇒ 1973年
神奈川県民ホール⇒ 1975年
新宿文化センター⇒ 1979年
サントリーホール⇒ 1986年
東京芸術劇場⇒ 1990年
すみだトリフォニーホール⇒ 1997年
東京オペラシティコンサートホール⇒1997年
みなとみらいホール⇒ 1998年
ミューザ川崎シンフォニーホール⇒ 2004年



♪2016-005/♪東京文化会館-01