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2025年7月23日水曜日

東京都交響楽団 第1024回 定期演奏会Aシリーズ

2025-07-23 @東京文化会館



アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

ブラームス:交響曲第3番へ長調 Op.90
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 Op.98






ブラームスは演奏が難しいなあ、といつも思う。
これは見事、という記憶が…あまり無いような気がする。

1〜4番のいずれも、出だしがくっきりスッキリしていないので、もやもやした感じになり、緊張感が維持できない。

今回も、そんな感じだ。




♪2025-099/♪東京文化会館-07

2024年7月24日水曜日

東京都交響楽団 第1005回 定期演奏会Aシリーズ

2024-07-24 @東京文化会館



アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
池松宏:コントラバス(都響首席奏者)*
---------シェエラザード-----------
吉野直子:ハープ**
矢部達哉:バイオリン***

【定期演奏会1000回記念シリーズ⑩】
マグヌス・リンドベルイ:EXPO(2009)
エドゥアルド・トゥビン:コントラバス協奏曲 ETW22(1948)*
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」Op.35**/***
------------------------------
アメイジング・グレイス*/**






前半の現代曲2本は初聴き。興味なかったが、予想に反して耳触りが良かった。
コントラバス協奏曲のコンバス。電気拡声付きなのは、コンバス・ソロでは音が明瞭にならないからだそうな。
確かに。
実際に聴いていても、PA付きでさえ低音域は聴きづらい。
やはり、コンバスはVcとOctで演奏してこそ互いを引き立てるんだね。

前半と後半では弦の音がまるきり違うのに驚く。

シェエラザード出だしの弦の美しいこと。
文化会館は元から響の硬い(それがいい!)ホールだが、このところの猛暑でなお一層乾いていたのかもしれないが、文字どおり糸を弾くような原音強めがむしろ美しい。
この響は文化会館や音楽堂のような残響抑えめのホールでこそ味わうことができる。
今日は、文化会館の音の良さを再認識した。

演奏の方も、人身掌握術に長けたギルバートが、都響(正確には各ソロパート)を思い切り歌わせて、大変気持ちの良い音楽になった。

今日の新発見。
●コンバスも座って演奏することがある!
●矢部ちゃんの燕尾服の裏生地のなんと派手なこと!
石田組長もびっくりだろう。
マロさんの裏地も派手だったが、彼は似合うけど。

♪2024-105/♪東京文化会館-06

2023年12月26日火曜日

都響スペシャル「第九」❾

2023-12-26 @サントリーホール



アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
新国立劇場合唱団

ソプラノ:クリスティーナ・ニルソン
メゾソプラノ:リナート・シャハム
テノール:ミカエル・ヴェイニウス
バス:モリス・ロビンソン

ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125




「運命」でも弦16型でやる都響のことだから今日こそ16型だろうと思ったが、14型だった(昨年インバルは16型、一昨年大野和士は14型)。
Vn1とVn2の対抗配置も都響としては珍しい。それが功を奏したかどうかは分からないが、とてもスッキリした「第九」で、好感を持った。

終楽章で低弦が歓喜の歌を演奏する時、やたら弱音なので驚いた。悪くはないけど目立った。それをやるなら他にも抑えるべきところはあったのではないかと思ったよ。

一昨日の東フィルは席が前過ぎて弱ったが、今日は程良い距離で管弦の賑わいを楽しんだ。もちろん、サントリーなので、響に潤いは期待できないし、高域弦のも決して美しいとは言えない。
そこを織り込んだ上でも良かった。
決め手はテンポ感か、そこからくる全曲の構成感の良さだったかな。

不満は、全員海外勢の独唱陣だ。
P席最前列に座ったが、Sp以外の3人はデカいお尻が椅子に嵌り込まないのか、実に姿勢が悪く動いてばかり。特にBsの態度悪い。Tnと喋ったり、合唱部分も歌っていた。
そのBs以外の3人は楽譜を手にしていた。フツー「第九」の独唱で楽譜を持つなんてほぼ記憶がない。
ところが、今年聴いた9回の「第九」中、この行儀の悪い3人組+1人の四重唱が一番バランス良くきれいだったな。マチの姿勢は音楽に関係ないか!

♪2023-227/♪サントリーホール-29

2023年7月19日水曜日

東京都交響楽団 第979回 定期演奏会Aシリーズ

2023-07-19 @東京文化会館



アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
シュテファン・ドール:ホルン*

ウェーベルン:夏風の中で―大管弦楽のための牧歌
モーツァルト:ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 K.495*
R.シュトラウス:アルプス交響曲 op.64


ウェーベルン:「大管弦楽のための〜」という割にはおとなしい音楽で、うとうとしている間に終わってしまった(13分)。

本日の白眉はモーツァルト:Hr協4番だ。独奏はシュテファン・ドール。彼の演奏でモツHr協全曲を聴いたことがあるので、彼の4番を聴くのは2回目。というより、他の人の演奏で4番は聴いていない。
モツのHr協奏曲というとほとんど3番ばかりで、N響6月のBでも福川名人が3番を吹いた(つい先日クラ館で放映)。しかしその演奏はあまり芳しくなかった。放映録画を確認してもスッキリしない。

そういう経験をしたばかりで聴いた今日の演奏にはびっくりした。
音圧高く、音色も豊かだ。オケに埋もれるなんて心配は全く無用。朗々と響き渡る。
それほど福川氏と技量の差があるとも思えないしバックのオケはN響と都響ではだいぶ違う。
しかし、今日の都響は弦10型に絞って(N響は12型だった)、キリリとしてよくサポートしていた。
ま、Hrを鳴らす技術に特別のものがあるのかもしれないが、半分はホールの違いだろう。文化会館はサントリーと違って無駄に音を逃さない。


メインが、最近やたら多い「アルプス~」。これにもシュテファンドールが参加して大サービス。

弦は「運命」でも16型でやる都響だもの当然に16型。金管はHr8-Tp4-Tb4-Tub2計18本にバンダがHr12-Tp4-Tb4計20本と舞台より多い超特大。まるで音大の合同オケみたいだ。
その超特大バンダがどこで吹くか?興味があったが、舞台裏から聴こえてきたね。これじゃ20本揃える意味がないだろう。どうしてバルコニーでやらなかったのだろう?

オルガンもパイプオルガンじゃないから迫力はないし、全体として賑やかではあったが、P.ヤルヴィ+N響や特に沼尻+神奈川フィルが聴かせた緻密さと巨大さには及ばす。

♪2023-126/♪東京文化会館-08

2022年7月25日月曜日

東京都交響楽団 第956回 定期演奏会Bシリーズ

2022-07-25 @サントリーホール


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調K.543
モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550
モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551《ジュピター》


モーツァルト後期3大交響曲。
7月に入って35-38番と続き、今日は39-40-41番で上がりだ。

「運命」でも弦16型でやる都響の事だから、モーツァルトも大編成かと思いきや、今日は12型(12-12-8-6-4)と、常識的な編成。

この季節はどこのホールも比較的よく鳴っている。
サントリーホールも珍しくよく響いた。

管楽器が控えめなので、弦楽合奏のようにも聴こえたが、今日の都響は弦が美しい。
3曲通じてアレグロ楽章はテンポ速めで軽妙。
中間楽章は中低域弦が少ないのにしっかりと厚味のある響きを聴かせて心地良し。

41番の冒頭の節回しにAギルバートの独自色が出ていたが、個人的には違和感あり。

さて、全体として好ましい演奏だったけど、アレグロの小気味良いテンポが弦全体として揃っていなかったのではないか。Vn1がリードするリズムに比べてその他の弦の刻みが同期していないような…。

全員が完璧に合わせることは、やろうとすればできるのだろうが、そこに指揮者の興味がなく、ぼんやりとした響きを優先したのか?

41番を聴くとモーツァルト弦楽四重奏曲第14番K387を思い出す。
終楽章にジュピターの動機を使って、Vn2以下の3人が超速ユニゾンで駆け上がるところが魅力的で、昔、ジュリアード弦楽四重奏団で初めて聴いた時に、機械的なくらいピタッと合った演奏にゾクゾクした経験があり、ジュピターを聴く度に思い出す。そう言う演奏もできたと思うのだけど。そういう演奏を聴きたかった。

♪2022-108/♪サントリーホール-13

2021年7月1日木曜日

東京都交響楽団 第931回 定期演奏会Bシリーズ

 2021-07-01 @サントリーホール



アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
小曽根真:ピアノ*

ペッテション:交響曲第7番 (1967)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18*


都響としても1年半近く来日できなかったアラン・ギルバート久々の登場に加え、人気者小曽根真がラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番をどうPlayするかという興味などで開演前から熱気を孕んだ客席だったが、終演後は案の定の大喝采。


臍曲がりの僕は、そんなに感激する程のことはないのに…と一人冷めていた。


初聴きのペッテション交響曲第7番(1967)は単一楽章で演奏時間44分、って厄介だなと思いながら聴いていたが、現代曲ながら調性あり。煩いところもあるが、解説に第3楽章に相当する弦楽合奏部分が本曲中の白眉と書いてあったが確かに。そこ以外はどうだったかな。


オケは最終部分の高域(倍音Vn)に難。これはいつものことだが。


小曽根はラフマ2番をカデンツァはもとより、ラフマが楽譜を記した部分もだいぶアドリブを効かせた。元々がJazzぽい音楽だし、巧妙に原譜を生かしながらのアレンジなので違和感なく楽しめた。


オケも16型から14型に縮小して良いバランスだった。

(それでも指揮者通路が確保できないってなぜ?普通、出入りは下手の袖から登場するが、今日は、オケが目一杯舞台に陣取り、おまけに下手にはピアノが待機していたので通路が確保できなかったようだ。上手から登場し、一旦階段で客席床まで降りて客席を歩き、中央の指揮台近くに設けられた階段で舞台に上がるという、前代未聞の登退場だった。小曽根も同じ。)


さて、小曽根に期待されることは楽譜厳守の古典音楽をJazzぽく演ることなのか?

楽譜どおりの演奏もできるだろうにそういう演奏は彼には期待されないのだろうか?

いつまでもこの路線でいいのか?

勿論古典音楽のJazzyな破壊という革命的な一分野を開拓できれば良いが、世間は受け入れるかな。


♪2021-064/♪サントリーホール-08

2019年12月16日月曜日

東京都交響楽団 第894回 定期演奏会Bシリーズ

2019-12-16 @サントリーホール



アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

マーラー:交響曲第6番イ短調《悲劇的》



マーラー6番悲劇的。実演84分。熱演にもかかわらず今回はなかなか入り込めなかった。力任せと感じてしまう。
6番に関しては2017年2月、みなとみらいホールでパーヴォ・ヤルヴィ+N響の緻密で説得力ある演奏を聴いた事がその後の評価基準になってしまったのが僕にとってはむしろ《悲劇的》かも。

♪2019-209/♪サントリーホール-08

2019年12月9日月曜日

東京都交響楽団 第893回 定期演奏会Aシリーズ

2019-12-09 @東京文化会館


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

矢部達哉:バイオリン*

リスト (アダムズ編曲):悲しみのゴンドラ
バルトーク:バイオリン協奏曲第1番 Sz.36*
アデス:クープランからの3つの習作(2006)(日本初演)
ハイドン:交響曲第90番 ハ長調 Hob.I:90

嫌いな現代曲3本にハイドンって組合せの意図が結局分からなかったが、終わってみれば楽しい演奏会だった。
現代曲もおとなしい作品ばかりで許容範囲。

ハイドンの交響曲90番は家で何度か(緊張感無く)聴いているがナマでは初めてかも。
都響にしては珍しく小編成。

それでザワザワする事もなく、透明感を保った良い響きで「古典作品」の楽しさを味わった。

が、解説を読まなかったので終楽章の仕掛けは知らず、ハイドンとギルバートの悪戯に嵌まってしまったが、拍手する迄は乗せられなかったぞ。😚

その後もビックリ演出が続いて会場は大笑いのうちに終演した。

♪2019-201/♪東京文化会館-10

2019年7月29日月曜日

フェスタサマーミューザ2019 東京都交響楽団 ≪名匠のガイドで聴くイタリアン・プログラム≫

2019-07-29 @ミューザ川崎シンフォニーホール


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

ヴォルフ:イタリア風セレナーデ(管弦楽版)
レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲
レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」
レスピーギ:交響詩「ローマの松」

ヴォルフ作品は初聴きだった。が、もうさっぱり記憶に残っていない。

中締めのレスピーギ「リュートのための古風な舞曲とアリア」を楽しみにしていたが、弦楽合奏に透明感と厚みが感じられない。なんか違うなあ…と隔靴掻痒の感。

後半は、レスピーギの「ローマ三部作」から「噴水」と「松」。
「松」は欠かせないとして、せっかくの夏祭りなのだから「噴水」をやめて「祭」にすれば良かったのに。

結局、メインの「ローマの松」が弦16型(弦だけで60人)大編成にオルガンも付き、客席上層階の左右に2組配した金管群(バンダ)の効果もあり、花火を打ち上げたように賑やかに終わった。

♪2019-110/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-07

2019年7月24日水曜日

東京都交響楽団 第882回 定期演奏会Cシリーズ

2019-07-24 @東京芸術劇場大ホール


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

モーツァルト:交響曲第38番ニ長調 K.504《プラハ》
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調 WAB104《ロマンティック》
(ノヴァーク:1878/80年版)

9月のA定期がB定期と同一プロだったのでA定期をC定期に振り替えたが、今度は明日のB定期と同じになった。ま、いいや。てなことで、ロマンティックを明日もサントリーで聴くことになっている。都響は振替でも席が選べるのが素晴らしい。今日の席は普段聴かない2階席前方中央。

芸術劇場は響きがイマイチでできたら避けたいところだが、前回の読響に続いて今日の都響もちょっとマシになってきたのはどうして?

都響の本来の我が定席はABとも1F真ん中だが、今日のようにちょっと距離を置いて聴くと粗が目立たないようだ。
それにプラハは弦12型(弦の総勢40人)という小規模だったので各パートの見通しが良く纏まりよく聴けた。

ブルックナーは当然のように弦16型だ。
それだけにざわざわするところもあって上出来とは思えなかったが、終楽章の最初の方で60本の弦が低域で一斉にぐいっと脂を飛ばすような音を奏でるところ、これはちょっと聴きものだった。
サントリーホールではどんな音を聴かせるだろう?

♪2019-107/♪東京芸術劇場大ホール-4

2018年12月19日水曜日

東京都交響楽団 第870回 定期演奏会Aシリーズ

2018-12-19 @東京文化会館


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

ターニャ・テツラフ:チェロ*
鈴木学:ビオラ*

R.シュトラウス:交響詩《ドン・キホーテ》op.35*
ビゼー:『カルメン』組曲から(アラン・ギルバート・セレクション)
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 op.34

都響の第1バイオリン群にはこのところずーっと不満を感じている。高域がよろしくない。時にキンキン、ゴロゴロするのは、ピッチのズレではないのだろうか。でもプロのピッチが甘いとも考えにくい。N響でも感ずることがあるので、原因は別なのかもしれない。曲によって症状が出たり出なかったりする。もちろん、高域が含まれないような音楽だとなんの問題もないが、作曲家が第1バイオリンに広域を歌わせないはずがない。

曲とホールと聴き手の体調などが重なって、高域が耳につくようになるのかもしれない。ただ、海外の一流オケでは感じたことがないのも確かで、原因は不明。

都響に特に感ずることが多いのも確かだ。

しかし、今日はどういう訳か高域の不快音も気にならずまずまずの出来だった。

また、スペインに材を取ったポピュラーな3曲だったせいか、気楽に楽しむことができた。

尤も、「ドン・キホーテ」では独奏チェロの音質も音量も物足りなかった。文化会館という、残響の少ない硬質なホールなので、朗々と響かないのは仕方がないけど、もう少し存在感が欲しかった。

都響は、年内にもう1回「第九」演奏会をサントリーで聴く。また第1バイオリンを傾聴してみよう。

♪2018-174/♪東京文化会館-07

2018年12月10日月曜日

東京都交響楽団 第868回 定期演奏会Bシリーズ

2018-12-10 @サントリーホール


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

メンデルスゾーン:序曲《フィンガルの洞窟》op.26
シューマン:交響曲第1番 変ロ長調 op.38《春》
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《春の祭典》

アラン・ギルバートという指揮者はこれで3回目(今月もう1回聴く。)だが、ほとんど癖を感じたことがない。とても正統的な指揮者ではないかと思っている。オケと息が合っているかといえば、それもあまり感じないが、バラバラな感じは全然しない。

そんな次第で、「春」をテーマに選曲された3曲のうち、前半の2曲は、可もなく不可もなく、程よい出来上がりといったところ。

休憩を挟んでメインの「春の祭典」は弦は16型に拡張して特大規模。管打も多様なものが投入される。

演奏家は大勢なのに、あんな人間の生理に反するシンコペーションが連続する超複雑なリズムをよく合わせられるものだと感心する。

喧しいくらいの音楽で、迫力はあるのだが、弦の旋律線が弱く、本来はもっと聴き取りやすい美しいところもあるはずなのに、爆音に掻き消されたみたいだった。
都響の演奏は、数に物言わせた力技が多い。それが残念。

♪2018-167/♪サントリーホール-13

2017年4月17日月曜日

東京都交響楽団 第828回 定期演奏会Aシリーズ

2017-04-17 @東京文化会館


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
リーラ・ジョセフォウィッツ:バイオリン*

ラヴェル:バレエ音楽《マ・メール・ロワ》
ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2〜バイオリンと管弦楽のための劇的交響曲(2014)(日本初演)*

メインは現代作家J・アダムズの「シェヘラザード.2〜バイオリンと管弦楽のための劇的交響曲」の日本初演。ザワザワした無窮動やミニマル風のオケをバックに独奏Vnが激しく忙しい。
これといった旋律も無く50分は長すぎ。

だが、アンサンブルは上出来。

今季から席を1階前方1/3ほどの舞台近くに変えたが正解だった。
高い音圧の中にも各パートはしっかり聴こえる。都響の巧さがゾクゾクと伝わる。

♪2017-060/♪東京文化会館-08

2016年1月26日火曜日

東京都交響楽団第801回 定期演奏会Bシリーズ

2016-01-26 @サントリーホール


アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団

武満徹:トゥイル・バイ・トワイライト -モートン・フェルドマンの追憶に- (1988)
シベリウス:交響詩《エン・サガ(伝説)》 op.9
ワーグナー(ギルバート編):指環の旅~楽劇『ニーベルングの指環』から

武満徹という作曲家は現代日本が産んだ世界的作曲家という評を目にする事が多いし、いろんなオケがかなりの頻度で作品を取り上げているが、僕は苦手だ。そもそも現代音楽が苦手だ。でも、定期演奏会というのはお仕着せなので聴かなくちゃいけないし、嫌々でも聴くと案外面白さを発見できる時もある。お仕着せの良いところだ。

例えば、リゲティなんてどこがいいのか、という反撥は芯に残っているけど、この都響B定期で以前に聴いた「ルクス・エテルナ」なんかは精緻な音作りに刮目(刮耳?)したものだ。

今日の武満作品も、黄昏時に見せる綾織(Twill)の色の変化を音で表したらしいけど、そう思って聴くと音の重なりが、クラシックのように純ではないけど、味わいがあって面白かった。

シベリウスの「エン・サガ」は初めて聴いた。
まるで日本人の作品かと思うほどに、郷愁を掻き立てられる。
素材にしたフィンランドの民謡と日本民謡に旋律(旋法?)に類似するところが多いからだろう。既視感ならぬ既聴感たっぷりだ。四七抜き音階など世界のあちこちに自然発生的に存在しているらしいから。尤もこの作品が四七抜きかどうかは分からないけど。

ともかく民謡調、その分土着っぽい。洗練に欠ける。が、面白い。
オーケストレーションも華やかで楽しめた。


期待のメインプログラムはワーグナーの「ニーベルングの指環」の聴きどころを選りすぐって交響詩のように管弦楽だけで(途中に休止を置かず一気呵成に)演奏するものだ。「指環」ファンには堪えられない。

元はエーリヒ・ラインスドルフという指揮者が編纂したものを今日の指揮者のアラン・ギルバートが再編集したものだそうだ。
ちょっと残念なのは、「指環」の序夜「ラインの黄金」からは1曲も採用されていなかったことだ。「ライン~」にもワクワクさせる音楽がいっぱいあるのに残念。ラインスドルフ版にも「ライン~」は含まれていなかったのだろうか。

この管弦楽だけで一つの作品として演奏する「指環」はほかにも版があって、僕はヘンク・デ・フリーヘル(現代の打楽器奏者であり、編・作曲家)が編纂した「ニーベルングの指環」-オーケストラル・アドベンチャー-というのを東響で聴いたし、これがとても良かったのでその直後にCDも購入して時々聴いている。
こちらは「ライン~」からも4曲入選していて、その分アラン・ギルバート版より演奏時間が10分強長い(66分)が、「指環」のエッセンス版としてはかくあるべきだ。

しかし、ナマで聴くならこれは甲乙つけがたい。
ギルバート版はより派手な音楽を選択しているので全篇攻撃的で面白かった。

大規模編成の都響がどのパートもガンガンと鳴りまくって爽快。
最後、「神々の黄昏」から「ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲」のその最後の全楽器?が長~く伸ばす和音がやや乱れた。ここが瑕疵なく消え入ったら終曲の高揚感はさらに大きなものがあったろう。


♪2016-009/♪サントリーホール-01