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2021年12月25日土曜日

東京都交響楽団 都響スペシャル「第九」❻

2021-09-27 @東京文化会館



大野和士:指揮

東京都交響楽団
合唱:二期会合唱団

ソプラノ:小林厚子
メゾソプラノ:富岡明子
テノール:与儀巧
バリトン:清水勇磨


ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125


いつも大編成が多い都響が、「第九」を弦10型とか12型なんぞでやる訳ないと思っていたが、案の定今季6回目の「第九」で初めての14型だった(その都響も19年までは16型だった。やはりコロナ仕様か。)。


二期会合唱団も56名と今季の合唱団では最大規模。


数に物言わせた最大熱量の「第九」を聴くのを楽しみにしていた。


大野+都響の「第九」は17年に続いて2度目。

その時もゆったりとした演奏だった。


今回もオーソドックスな音楽で、とりわけ指揮者の好みが端的に現れる終楽章低弦のレシタティーヴォではホンに朗唱にふさわしい丁寧な歌わせ方で、この調べを愛しんでるかのようだった。


3楽章から4楽章への入りは一呼吸で雪崩打った。


そういう緩急の面白さもあって、音楽としては十分満足できたが、残念なのは文化会館!


せっかく聴くなら各オケのホームを優先したいと文化会館を選んだ。


ちょっとデッドな響きだが、これはこれで一つの味わい。

普段は満足しているが、今回、合唱団が舞台奥に3重に並んだ為か、舞台奥の反響版がだいぶ後方に下げられた?ように思う。合わせて天井の反響版の角度も変わっていたかもしれない。


その合唱団の前に管と独唱が並ぶ格好に。


おそらくそのせいだろう。反響版のすぐ前に位置すればこんなことはないが、今回は合唱団に吸収されてしまうのか、管楽器の明るさや音圧が乏しく、独唱もどこか遠くから聴こえた。


せっかくの力の入った演奏だったが、熱が伝わるまでに途中で冷えてしまった感じだ。26日のサントリー公演も選べたのだが、おそらくサントリーならP席を合唱に使えるから独唱も管楽器も分厚い反響版を背に演奏できたはず。


♪2021-163/♪東京文化会館-07

2017年7月30日日曜日

東京二期会 グラインドボーン音楽祭との提携公演 オペラ「ばらの騎士」

2017-07-30 @東京文化会館


セバスティアン・ヴァイグレ:指揮
リチャード・ジョーンズ:演出
ポール・スタインバーグ:装置
サラ・フェイ:演出補・振付
ニッキー・ギリブランド:衣裳
ミミ・ジョーダン・シェリン:照明

読売日本交響楽団


元帥夫人⇒森谷真理
オックス男爵⇒大塚博章
オクタヴィアン⇒澤村翔子
ファーニナル⇒清水勇磨
ゾフィー⇒山口清子
マリアンネ⇒岩下晶子
ヴァルツァッキ⇒升島唯博
アンニーナ⇒増田弥生
警部⇒清水那由太
元帥夫人家執事⇒土師雅人
ファーニナル家執事⇒新津耕平
公証人⇒松井永太郎
料理屋の主人⇒加茂下稔
テノール歌手⇒前川健生
3人の孤児⇒田崎美香/舟橋千尋/金澤桃子
帽子屋⇒斉藤園子
動物売り⇒加藤太朗

R.シュトラウス:オペラ「ばらの騎士」全3幕ドイツ語公演日本語字幕付き


「ばらの騎士」。予てから観たいと思って既に12月の新国立のチケットはとってある。それで、二期会には失礼だが、新国立での鑑賞の予行演習みたいな気分で出かけた。
「ばらの騎士」も初めてなら文化会館で(演奏会形式ではない本物の)オペラを観るのも初めてだった。

今日の興行は、グラインドボーン音楽祭(彼の地での劇場はキャパが1,300人らしい。)との提携公演だそうだ。
つまり、彼の地での公演と同じ演出、同じ舞台美術で、歌手やオケがメイド・イン・ジャパンという訳だ。その為に、客席数で言えば2倍近い文化会館の舞台にグラインドボーンで使った舞台セットをそのまま持ってきたのでは小さくなってしまう。現に、額縁の中に額縁を重ねることになり、せっかくの文化会館の大きな舞台空間を十分活かせず隔靴掻痒の感無きにしも非ず。

が、それも、まあ、違和感を感じたのは冒頭と第3幕で、その他は問題なく、に第2幕は奥行きをたっぷり使って狭さを微塵も感じさせなかった。

オペラは演出次第でずいぶん様子が異なる。
「ばらの騎士」のナマは初めてだったが、放送録画を数種類持っていてビデオによる鑑賞は何度も、何種類も経験済みだが、今日の演出には驚く部分があった。

何といっても、第1幕冒頭のシーンだ。舞台は元帥夫人の部屋で、昨夜から若いツバメであるオクタヴィアンと過ごした朝、舞台奥に作られたのは、特大水盤で水浴びする裸体の女性。古典派画家アングルの「泉」を思わせる。天井からは本当に水が流れている。あまり照明が当たっていないし、しばらくその裸体は動かなかったのでてっきり水浴びする銅像かと思ったが、やがて、その全裸が動き出した。もう本当に素っ裸なのだ。ここでは当然、手持ちのモノキュラーが活躍する。驚いた。乳首まではっきり見える。が、同時に、肌色の着包みであることも見えてしまったが。
それにしても大胆な演出で、惹き付けられた。

良い演出ばかりではなく疑問点もいっぱい。
第1幕の終盤、元帥夫人が時の流れには勝てないとしみじみ嘆く、第1幕最大の聴きどころ。ここでは普通、恋人の若い燕オクタヴィアンをキスもせずに帰してしまった元帥夫人が部屋に一人残って独白するはずなのに、部屋の隅には老人が一人椅子に座っていた。彼が一体何者なのか?こんな演出はかつて観たことがないので気になってしまった。件の老人は第3幕にも登場するが一言のセリフ(歌)もないので、なおさら、何者か分からない。分かった観客がいたろうか。

釈然としなかったので、終演後、二期会関係者を捕まえて質してみたら、その老人は元帥夫人の書記だという。18世紀ウィーンの貴族の屋敷には、夫人の独り言さえ記録する書記が居たのだろうか?そもそも、婚約者に「ばらの騎士」が銀のバラを贈る、という風習も作者が捏造したものなので、この書記の存在もあてにはならない。
ま、真偽はともかく、物語の進行において、まったく意味をなさない演出だ。

ほかにも、第2幕の上手と下手に置かれた椅子が他の調度と時代が全く異なるとか、第3幕では唐突に衣裳以外が現代になるのも不自然、というか、その理由が理解できない。第3幕の居酒屋が舞台を広く使わず、三角形の部屋(ドアも3か所、天井も三角形)で窮屈そうなのは、元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーの三角関係を示唆しているのだろうが、せっかくの三重唱をスケールを小さくした印象が否めない。その三重唱が始まる第3幕中盤のゾフィーの洋服が可愛げない。それにメガネを掛けていたのではそれまでの可愛らしさが消えてしまったのも残念。

と、演出・装置などでは不満も残ったが、二期会歌手陣はいずれも素晴らしい。そして、読響の演奏も力強くて良かった。

♪2017-131/♪東京文化会館-12

2016年6月18日土曜日

NISSAY OPERA 2016オペラ『セビリアの理髪師』

2016-06-18 @日生劇場


園田隆一郎:指揮
粟國淳:演出
新日本フィルハーモニー交響楽団
        
アルマヴィーヴァ伯爵⇒中井亮一
ロジーナ⇒      富岡明子
バルトロ⇒      増原英也
フィガロ⇒      青山貴 
ドン・バジリオ⇒   伊藤貴之
ベルタ⇒       山口佳子
フィオレッロ⇒    清水勇磨

ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」


その昔、日生劇場には、オペラやバレエでも数回出かけたが、主に劇団四季のミュージカルやストレートプレイにせっせと通っていたところ、四季が「キャッツ」以後仮設専用劇場を建て、やがて自前の劇場を持つようになってからはそれまでホームグランドとしていた日生劇場での公演をやらなくなり、僕の足も日生劇場からは自然と遠のいてしまった。
職場の親睦会の行事で演歌歌手のコンサートなどには出かけたが、それにしても10年は経つのでずいぶん長くご無沙汰していたものだ。

ロビーやホワイエの白い大理石に赤絨毯。ホール内は海中を模した独特の意匠で、その空間に身を置いた瞬間にかつてここで観たいろんな芝居やミュージカルを思い出して非常に懐かしかった。

オペラの録画ディスクは著名なところは全て揃っていると思うが、いずれヒマができたらじっくり鑑賞しようと思いつつ、未だわずかしか目を通せていない。
ナマのオペラもリタイア後は年に数本観るようになったが、現役時代は数年に1本といったところだった。
その中でも「セビリア*の理髪師」には縁があって、一昨年のみなとみらいホール小ホールオペラを含め今回で3回めだと思う。

モーツァルトの「フィガロの結婚」の前日譚で、「フィガロ~」では悪役になるアルマヴィーヴァ伯爵はここではまだ?善人で恋する若者だ。フィガロの人格は2作で変わっていないようだ。
「セビリア~」での悪役はヒロイン・ロジーナの叔父で彼女の財産目当ての結婚を企んでいる医師バルトロだが、この名前は「フィガロ~」でも登場するが、そこでは伯爵家のお抱え医師になっている。
原作者(ピエール・ド・ボーマルシェ)は同じでも、台本を書いた人が異なるし、作曲者も違うので、人物の設定は原作とは変えてあるのかもしれない。

「セビリア~」は「フィガロ~」ほど登場人物は多くないし、物語も単純で、上演時間も短く(本篇のみ2時間半くらい)、音楽はいくつかの有名なアリアが耳に馴染んでいるし、そのほかのアリアも親しみやすい音楽だ。字幕上演とあいまって、物語は進行とともにほぼ必要な範囲で?消化できるのが嬉しい。

指揮の園田氏は記憶・記録にある限り、日フィルの定期で一度聴いたが、その時もオペラ・アリア集だった。歌劇畑の指揮者なのかな。

ほとんど馴染みのない歌手たち(バルトロを演じた増原英也氏は3回目だったが、ほかの人は初めてだろう。2012年より前の昔のコンサートは記録をしていないので分からない。)なので、楽壇における立ち位置は分からないけど、みんな上手だった。
声がよく通る。ビンビン響くのには驚きだ。音響が良すぎてクラシック・コンサートには向かないという説もあるが、1300席強というこじんまりした空間も観る・聴くにちょうどいい環境だ。

随分久しぶりに、本格的な舞台オペラ(演奏会形式ではなく、小ホール形式でもない)を、これまた随分久しぶりの日生劇場で、ゴージャスに楽しむことができた。オペラは、どうもクセになりそうだ。


♪2016-087/♪日生劇場-1




*「セヴィリア」の理髪師と表記されることもあるが、自己流の表記法で「セビリア」の理髪師に統一することにしている。
ヴァイオリン⇒バイオリン
ベートーヴェン⇒ベートーベン
ドヴォルジャーク⇒ドボルザーク
など。なるべく簡単に。