ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)
●義仲館の段
豊竹始太夫、竹本南都太夫、豊竹希太夫、豊竹亘太夫、竹沢團吾
●大津宿屋の段
豊竹靖太夫、野沢錦糸、鶴澤燕二郎
●笹引の段
豊竹咲甫太夫、鶴澤清友
●松右衛門内の段
豊竹芳穂太夫、野澤喜一朗、豊竹呂太夫、鶴澤清介
●逆櫓の段
豊竹睦太夫、鶴澤清志郎
◎人形
吉田簑二郎、吉田清五郎、吉田玉彦、吉田玉佳、吉田一輔、吉田玉也、吉田分昇、吉田玉勢、吉田玉志、吉田玉輝ほか
「ひらかな盛衰記」に<ひらがなせいすいき>とルビが振ってある。これまで、ずっと<ひらかなせいすいき>と読むものとばかり思っていた。もっと正確にいうと、元になった「源平盛衰記」も<げんぺいじょうすいき>と読むのが正しく、これをうんと易しくしたという意味で「ひらかな」が付いたけど、「盛衰記」の方は<せいすいき>に変化したのはどうしてだろう。
本筋と関係のない話だけど、気になった。
今日の構成は、全段通しという訳ではないようだが、話はよく通って分かりやすかった。特に「松右衛門内の段」と「逆櫓の段」は歌舞伎でも観ているので話の内容はしっかり覚えていたが、そこに至るまでの前3段もおよその筋は知っていたので、嗚呼、なるほどかくして「逆櫓」に至るのかと納得。
特に「笹引の段」には大いに心動かされた。
太夫は好みの咲甫太夫。
旅先で命を落としてしまった山吹御前の亡骸を腰元お筆が竹を1本伐採してその葉に巻きつけ、引きずってゆくのだが、重いから容易ではない。その芸がとてもリアルだし、浄瑠璃と相まって哀切極まりない。
そこに捕り手が襲いかかるが、剣の達人でもあるお筆は捕り手の顔を梨割りに切り裂くのがおかしくもある。
お筆が船頭権四郎を尋ねてくる「松右衛門内の段」も悲痛な話だが、何と言ってもクライマックスは「逆櫓の段」。
娘婿である松右衛門(実は樋口次郎兼光)を裏切って敵方(畠山重忠)に訴人してまでも<彼の血の通った子ではないからと>自分の孫(実は木曽義仲の遺児)だけは助けてほしいと訴える権四郎の深慮遠謀に松右衛門も主家の末裔の命を守ってくれようとする心根を知り潔く縄につくのだ。敵方の将畠山重忠が、松右衛門の義理の関係とは言え父と子に最後の対面を許すのは、それが実は最後の主従の対面であることを知っての武士の情けである。
かくして、義理と人情が交錯して各人の熱い思いが湧き上がる中に「涙に咽ぶ腰折れ松、余所の千年は知らねども、我が身に辛き有為無常、老いは留まり若きは行く、世は逆様の逆櫓の松と、朽ちぬその名を福島に枝葉を今に残しける」と名調子で大団円を迎える。
♪2017-197/♪国立劇場-18