2018-12-28 @サントリーホール
秋山和慶:指揮(&チェンバロ*)
東京交響楽団
東響コーラス:合唱
辻彩奈:バイオリン*
中村恵理:ソプラノ
藤村実穂子:メゾ・ソプラノ
西村悟:テノール
妻屋秀和:バス
ビバルディ:協奏曲集「四季」~春・冬*
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
弦の編成は14型(第1バイオリン⇒14人、第2バイオリン⇒12人)だが低弦はチェロ10人(14型の場合の標準は8人)、コントラバス8人(同じく6人)と増強。これで全般に力強くなった。
合唱団はオケの後ろだが舞台両翼に広がりSTBA(下手からソプラノ〜テノール〜バス〜アルト)配置が時に立体効果⁉︎
何と言っても東響伝統の<秋山第九>。全曲、歌える処は全て歌わせゆったりと進む。オケも慣れたもので秋山翁の呼吸にはヒタと寄り添う。
低弦のレシタティーヴォはテンポも遅いがぎりぎりまで引っ張って歌う。レシタ〜というよりアリアのよう。
妻屋バス最初の独唱も朗々と延ばす。読響でも彼を聴いたがここは秋山節。
早めの演奏が多い昨今、懐かしさも覚える第九だ。全体で69分も今季最長。
自分の好みとは別に満足100点。
前座に置かれた<秋山第九>定番の「四季」〜春冬〜も上出来で、辻彩奈のバイオリンが明瞭で雄弁なのには驚いた。
「第九」終曲後もお約束のお楽しみ。客席も巻き込んでペンライト付き大合唱「蛍の光」は少女趣味だが心震えたり…。
来年から「四季」抱合せはなくなるが<秋山第九>は形を変えてミューザでやるみたい。これは朗報
♪2018-180/♪サントリーホール-17
2018年12月28日金曜日
2018年12月27日木曜日
N響スペシャル「第九」 ---「第九」❻
2018-12-27 @サントリーホール
マレク・ヤノフスキ:指揮
NHK交響楽団
東京オペラシンガーズ:合唱
勝山雅世:オルガン*
藤谷佳奈枝:ソプラノ
加納悦子:メゾ・ソプラノ
ロバート・ディーン・スミス:テノール
アルベルト・ドーメン:バリトン
ブクステフーデ:前奏曲 ニ長調*
J.S.バッハ:パストラーレ ヘ長調 BWV590 ― 第1楽章*
ギルマン:オルガン・ソナタ 第1番 ニ短調 作品42 ― 第3楽章*
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
ヤノフスキ+N響は過去3回聴いてすべて好感したので期待大。
だが、彼がプログラムの解説で第3楽章こそ最重要と書いているのは説明不足で余計なことだった。確かに第3楽章は極めて美しい緩徐楽章に違いないが、この記述だけだと偉大なる終楽章の位置付けはどうなるのか、などと不安が生ずる。
「第九」は第1楽章、第2楽章、終楽章がアレグロ、ヴィバーチェ、プレストなど超速テンポなので、そこに挟まれたアダージョが荒れ野に咲く花のように高潔な美しさを誇っているが、さりとて、他楽章がなければ第3楽章の美しさも際立つことはなかった。
さあ、これから「第九」を聴くぞ、と心待ちしている観客を混乱させるだけだから書かない方が良かった。
オケの規模は昨日の都響と同じ弦16型(全員で60人)の大規模編成。
合唱団は91人と比較的小規模だが、舞台後方席(P席)を全部潰して並んだ。今季「第九」は6回目だが、うち舞台後方席がない県民ホールでの神奈川フィルを除けば過去4回中4回とも合唱団は舞台のオケの後ろに並んだ。
オルガンの前の観客席を潰して合唱団を並べたのはN響が初めてだ。これは効果的で、オケもゆったり舞台を占拠できる。何より、P席は舞台よりずっと高い位置にあるので、客席からは見上げる事になる。すると、合唱は高いところからストレートに観客席に向かってくる…ような視覚効果があって、それが迫力を高める。
第1楽章冒頭、原始の雲を切り裂くようにバイオリンがきらめいたのは読響だ。N響の場合はバイオリンは曙光が射すように穏やかに登場して、これはまた新しいドラマが始まることを予感させた。
N響の弦の響きは重厚だ。
それでいて細部まで機敏。
メリハリがあってさすが格違いのアンサンブル。
2楽章は反復省略なしで今季聴いた6本の「第九」中演奏時間は最長(13分33秒)。因みに最速記録は都響の10分7秒(繰り返しの省略のためでもある。)。
<最重要>な割に第3楽章はキビキビして13分強で、逆に今季最速。因みに最長は都響の14分55秒。
終楽章もアップテンポで22分33秒。
全体として正味62分はコンパクトな方だ。
楽章毎の時間配分はザネッティ指揮の読響によく似ている。
いくつかのフレージングにヤノフスキが独自色を発揮した。
第3楽章の管と弦の掛け合い。
後述する終楽章のレシタティーヴォ。そのあとのバリトン独唱の出だしなど。
その最たるものが、終楽章低弦のレシタティーヴォ。
チェロとコントラバスの呼吸がヤノフスキと一致していない。今季既に5回目の第九なのにまだピシッと合わないのはヤノフスキの呼吸が独自すぎだからだ。また都響同様10人もの多人数で息を合わせるのも難しいだろう。
やや不満も残ったが合奏力は群を抜いているので、読響に90点をつけたからにはN響は95点!
でも、もう一度聴いてみたいのはどちらかと言われれば、ザネッティ+読響だなあ。
♪2018-179/♪サントリーホール-16
マレク・ヤノフスキ:指揮
NHK交響楽団
東京オペラシンガーズ:合唱
勝山雅世:オルガン*
藤谷佳奈枝:ソプラノ
加納悦子:メゾ・ソプラノ
ロバート・ディーン・スミス:テノール
アルベルト・ドーメン:バリトン
ブクステフーデ:前奏曲 ニ長調*
J.S.バッハ:パストラーレ ヘ長調 BWV590 ― 第1楽章*
ギルマン:オルガン・ソナタ 第1番 ニ短調 作品42 ― 第3楽章*
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
ヤノフスキ+N響は過去3回聴いてすべて好感したので期待大。
だが、彼がプログラムの解説で第3楽章こそ最重要と書いているのは説明不足で余計なことだった。確かに第3楽章は極めて美しい緩徐楽章に違いないが、この記述だけだと偉大なる終楽章の位置付けはどうなるのか、などと不安が生ずる。
「第九」は第1楽章、第2楽章、終楽章がアレグロ、ヴィバーチェ、プレストなど超速テンポなので、そこに挟まれたアダージョが荒れ野に咲く花のように高潔な美しさを誇っているが、さりとて、他楽章がなければ第3楽章の美しさも際立つことはなかった。
さあ、これから「第九」を聴くぞ、と心待ちしている観客を混乱させるだけだから書かない方が良かった。
オケの規模は昨日の都響と同じ弦16型(全員で60人)の大規模編成。
合唱団は91人と比較的小規模だが、舞台後方席(P席)を全部潰して並んだ。今季「第九」は6回目だが、うち舞台後方席がない県民ホールでの神奈川フィルを除けば過去4回中4回とも合唱団は舞台のオケの後ろに並んだ。
オルガンの前の観客席を潰して合唱団を並べたのはN響が初めてだ。これは効果的で、オケもゆったり舞台を占拠できる。何より、P席は舞台よりずっと高い位置にあるので、客席からは見上げる事になる。すると、合唱は高いところからストレートに観客席に向かってくる…ような視覚効果があって、それが迫力を高める。
第1楽章冒頭、原始の雲を切り裂くようにバイオリンがきらめいたのは読響だ。N響の場合はバイオリンは曙光が射すように穏やかに登場して、これはまた新しいドラマが始まることを予感させた。
N響の弦の響きは重厚だ。
それでいて細部まで機敏。
メリハリがあってさすが格違いのアンサンブル。
2楽章は反復省略なしで今季聴いた6本の「第九」中演奏時間は最長(13分33秒)。因みに最速記録は都響の10分7秒(繰り返しの省略のためでもある。)。
<最重要>な割に第3楽章はキビキビして13分強で、逆に今季最速。因みに最長は都響の14分55秒。
終楽章もアップテンポで22分33秒。
全体として正味62分はコンパクトな方だ。
楽章毎の時間配分はザネッティ指揮の読響によく似ている。
いくつかのフレージングにヤノフスキが独自色を発揮した。
第3楽章の管と弦の掛け合い。
後述する終楽章のレシタティーヴォ。そのあとのバリトン独唱の出だしなど。
その最たるものが、終楽章低弦のレシタティーヴォ。
チェロとコントラバスの呼吸がヤノフスキと一致していない。今季既に5回目の第九なのにまだピシッと合わないのはヤノフスキの呼吸が独自すぎだからだ。また都響同様10人もの多人数で息を合わせるのも難しいだろう。
やや不満も残ったが合奏力は群を抜いているので、読響に90点をつけたからにはN響は95点!
でも、もう一度聴いてみたいのはどちらかと言われれば、ザネッティ+読響だなあ。
♪2018-179/♪サントリーホール-16
2018年12月26日水曜日
都響スペシャル「第九」 ---「第九」❺
2018-12-26 @サントリーホール
小泉和裕:指揮
東京都交響楽団
二期会合唱団:合唱
安井陽子:ソプラノ
富岡明子:メゾソプラノ
福井敬:テノール
甲斐栄次郎:バリトン
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
今季「第九」は5回目だが、弦の編成が16型は初めて。
数にものを言わせる都響らしい。合唱の二期会も音圧高く、何もかも強力で爆音コンサートのよう。
尤も、その割には纏まり良く、いつも不満が残る第1バイオリンの高域もほとんど不快な音が混じることがなかった。
第2楽章はえらく短かった。テンポが早目であったこともあるが、どこか(提示部・展開部・再現部)で反復を省略したようだが、どの部分かは気がつかなかった。
終楽章の、歓喜の物語を誘う低弦のレシタティーヴォは鋭さが不足した。そもそもチェロ10本、コントラバス8本という編成は多過ぎないか。そのせいかどうか分からないが、エッジが効いておらず、ぼんやりとしてモタモタ感があった。
全曲は正味62分(第2楽章の短縮効果)と短いが、決して<疾走する「第九」>という訳ではない。小泉和弘の指揮はどんな曲を聴いても正攻法で、外連味がないのがいいと思っている。
第3楽章から第4楽章の入りは間髪入れず、というほどではないが、ほんの2呼吸空けた程度で突入したのは良かった。
ここは、ゆっくり休止をとるのが好きという人もいるが、ベートーベンが本来(古典的形式)なら緩徐楽章である第2楽章とスケルツォであるべき第3楽章を入れ替えて配置し、第2楽章を急速なスケルツォ、第3楽章をアダージョとしたからには、楽譜上の指示はないが、第3楽章が終わり次第、一呼吸で終楽章の激しい世界に雪崩れ込むのが効果的だと思う。
全体としては、最近都響にがっかりすることが多かったが、今日はまずまず楽しめた。
16型(弦楽器60人)にせずとも他のオケのように14型(同50人)で演奏した方がもう少し引き締まった響きになったのではないかとは思うが。
80点。
♪2018-178/♪サントリーホール-15
小泉和裕:指揮
東京都交響楽団
二期会合唱団:合唱
安井陽子:ソプラノ
富岡明子:メゾソプラノ
福井敬:テノール
甲斐栄次郎:バリトン
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
今季「第九」は5回目だが、弦の編成が16型は初めて。
数にものを言わせる都響らしい。合唱の二期会も音圧高く、何もかも強力で爆音コンサートのよう。
尤も、その割には纏まり良く、いつも不満が残る第1バイオリンの高域もほとんど不快な音が混じることがなかった。
第2楽章はえらく短かった。テンポが早目であったこともあるが、どこか(提示部・展開部・再現部)で反復を省略したようだが、どの部分かは気がつかなかった。
終楽章の、歓喜の物語を誘う低弦のレシタティーヴォは鋭さが不足した。そもそもチェロ10本、コントラバス8本という編成は多過ぎないか。そのせいかどうか分からないが、エッジが効いておらず、ぼんやりとしてモタモタ感があった。
全曲は正味62分(第2楽章の短縮効果)と短いが、決して<疾走する「第九」>という訳ではない。小泉和弘の指揮はどんな曲を聴いても正攻法で、外連味がないのがいいと思っている。
第3楽章から第4楽章の入りは間髪入れず、というほどではないが、ほんの2呼吸空けた程度で突入したのは良かった。
ここは、ゆっくり休止をとるのが好きという人もいるが、ベートーベンが本来(古典的形式)なら緩徐楽章である第2楽章とスケルツォであるべき第3楽章を入れ替えて配置し、第2楽章を急速なスケルツォ、第3楽章をアダージョとしたからには、楽譜上の指示はないが、第3楽章が終わり次第、一呼吸で終楽章の激しい世界に雪崩れ込むのが効果的だと思う。
全体としては、最近都響にがっかりすることが多かったが、今日はまずまず楽しめた。
16型(弦楽器60人)にせずとも他のオケのように14型(同50人)で演奏した方がもう少し引き締まった響きになったのではないかとは思うが。
80点。
♪2018-178/♪サントリーホール-15
2018年12月24日月曜日
読売日本交響楽団第108回みなとみらいホリデー名曲シリーズ ---「第九」❹
2018-12-24 @みなとみらいホール
マッシモ・ザネッティ:指揮
読売日本交響楽団
新国立劇場合唱団
アガ・ミコライ:ソプラノ
清水華澄:メゾ・ソプラノ
トム・ランドル:テノール
妻屋秀和:バス
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
まず以って、コンサートマスターがバイオリン界の「百済観音」日下紗矢子であることが嬉しい。
指揮は読響を初めて振るマッシモ・ザネッティ。
冒頭、原始の雲間を切り裂くように空虚5度が響いた。
この時点で、ただならぬ「第九」の展開が予想できた。
案の定、第2楽章が遅めのほかは他楽章はいずれもテンポが速い!
2015年末の上岡敏之指揮の読響「第九」を彷彿とさせる、疾走する「第九」だ。
楽章間の休止を除き正味61分、とこれまでの最速。
細部までザネッティの彫琢が施された独自な世界を日下が長い右腕をしならせてリードしエッジの効いた弦のアンサンブルを展開する。
尤も、中でも驚速22分の終楽章の采配には疑問も残った。
終楽章も冒頭からアップテンポだが、低弦のレシタティーヴォから主題提示までの「間」の取り方に自然な呼吸を感じなかったし、チェロ(+コントラバス)から順に引き渡される歓喜の主題がビオラまではえらく抑えられ主旋律より副旋律の方が目立った。
バイオリンに渡ってようやく痞(つか)えが下りる印象。
…と、終楽章の一部に不満も残ったが…。
全体として、テンション高い楽想に聴き手も心地良く引き摺り回された感じだ。特に弦楽がシャキシャキして美しくも力強い。日下がGood Jop。
独唱陣はオケの後方に位置したが、四声ともクリアで絡みも美しかった。新国立の合唱は
風圧を感じたが、ちと雑っぽさも。
やはり「第九」は読響か…90点。
♪2018-177/♪みなとみらいホール-42
読売日本交響楽団
新国立劇場合唱団
アガ・ミコライ:ソプラノ
清水華澄:メゾ・ソプラノ
トム・ランドル:テノール
妻屋秀和:バス
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
まず以って、コンサートマスターがバイオリン界の「百済観音」日下紗矢子であることが嬉しい。
指揮は読響を初めて振るマッシモ・ザネッティ。
冒頭、原始の雲間を切り裂くように空虚5度が響いた。
この時点で、ただならぬ「第九」の展開が予想できた。
案の定、第2楽章が遅めのほかは他楽章はいずれもテンポが速い!
2015年末の上岡敏之指揮の読響「第九」を彷彿とさせる、疾走する「第九」だ。
楽章間の休止を除き正味61分、とこれまでの最速。
細部までザネッティの彫琢が施された独自な世界を日下が長い右腕をしならせてリードしエッジの効いた弦のアンサンブルを展開する。
尤も、中でも驚速22分の終楽章の采配には疑問も残った。
終楽章も冒頭からアップテンポだが、低弦のレシタティーヴォから主題提示までの「間」の取り方に自然な呼吸を感じなかったし、チェロ(+コントラバス)から順に引き渡される歓喜の主題がビオラまではえらく抑えられ主旋律より副旋律の方が目立った。
バイオリンに渡ってようやく痞(つか)えが下りる印象。
…と、終楽章の一部に不満も残ったが…。
全体として、テンション高い楽想に聴き手も心地良く引き摺り回された感じだ。特に弦楽がシャキシャキして美しくも力強い。日下がGood Jop。
独唱陣はオケの後方に位置したが、四声ともクリアで絡みも美しかった。新国立の合唱は
風圧を感じたが、ちと雑っぽさも。
やはり「第九」は読響か…90点。♪2018-177/♪みなとみらいホール-42
投稿者
みつばち先生
ラベル:
★みなとみらいホール,
★読売日響,
アガ・ミコライ,
トム・ランドル,
ベートーベン,
マッシモ・ザネッティ,
妻屋秀和,
新国立劇場合唱団,
清水華澄
2018年12月22日土曜日
第26回フェリス女学院メサイア演奏会
2018-12-22 @フェリスホール
星野聡:指揮
フェリス室内管弦楽団
フェリス女学院大学音楽学部合唱団:合唱
長久真実子:チェンバロ
宇内千晴:オルガン
秦貴美子、小出真琴(ディプロマ生)、黒川青葉(大学院音楽研究科2年):ソプラノ
栗林朋子、佐藤ゆい(大学院音楽研究科2年):アルト:
蔵田雅之:バリトン
土屋広次郎:テノール
G.F.ヘンデル:オラトリオ《メサイア》Ferris version
(第1部全曲、第2部及び第3部は一部省略)
年末恒例の演奏会は「第九」だけではない。もう一つの楽しみがヘンデルの「メサイア」だ。
しかし、12月は毎年「第九」を中心にコンサートやオペラ、歌舞伎、文楽などが集中するので、ここ2年間は日程が合わずに行けなかった。今年も無理かと思っていたら、ちょうど予定のないエアポケットのようなタイミングにフェリス女学院が「メサイア」をやると知って申し込んだ。
オーケストラは学生たちによるフェリス室内管弦楽団24人。これに通奏低音(チェンバロ、オルガン)が2人加わった。
合唱は女学院の合唱団60人位に賛助出演の男声が20人。
独唱はプロが4声部4人に学生選抜が3人、部分的に参加した。
出来栄え如何?
お世辞にも巧いとは言えない。
プロを含めてあまり良い出来ではなかったが、心打たれるものがあった。
何と言ってもヘンデルの音楽の力だろう。
ありきたりの言い方になるが、「ハレルヤコーラス」の素晴らしさには胸が踊る。ものすごく元気付けられた。
ウツで悩む人にはこれを聴かせるのが一番療養効果があるのではないかと思う。
悪い憑き物が落ちて前向きになって人生は楽しいぞ、という気持ちにさせてくれる。そして、最後のアーメン・コーラスが、いやが上にも気持ちを盛り立てて大団円を締めくくった。
ところで、「メサイア」のロンドン初演(1743年)の際、「ハレルヤコーラス」があまりに見事なのに感動した国王ジョージ2世が思わず起立し、周りも総立ちしたという故事(作り話らしいが)に倣い、その後「ハレルヤコーラス」では観客が起立するという現象が彼の地を中心に広まり、日本でもこの場面での観客の起立が<中途半端>に慣習として残っている。
今回は、クリスチャンの学校での「メサイア」であるからには、この保守的な慣習は一層堅固に維持されているのではないかと心配をしたのだが、これは全くの杞憂だった。
誰も立たたなかった!
視界に入る限り誰一人立たなかった。
ロビーに「お立ちになりませぬよう」という張り紙もなかったのに、これは驚いた。
うっかり起立すれば頭が変!と思われたのかも知れない。
2016、17年の2年間は聴く機会がなかったが、ひょっとしてその間に、「メサイア」愛好協会が「起立しないようにしましょう」などとお触れを出したのだろうか(Just Joke!)。
いやはや、かくして、是非はともかく、確実に日本にも存在していた「ハレルヤコーラス」での起立は消滅してしまったのか?
https://youtu.be/bx8CC56NN3k
https://youtu.be/1NRm8awZgl4
↑古い動画だけどこれらでは非常に多くの観客が起立している。
一方、客席は立たないけど、ステージ上では本来出番のないソリストもここでは合唱団と一緒に立ち上がって歌うという慣習は生きていた。2階バルコニーに配置していた、これも本来は出番ではない合唱団の別働隊もここぞ!と言わんばかりにすくっと立ち上がって合唱に混じった。
客席の起立がだんだん廃れてきたのは良いことだ。
100人くらいの小ホールでの内輪の集まりなら一斉に起立するのもいいだろうが、数百人〜2千人規模のホールでは起立は徹底できない以上、全員起立せずに、その代わり敬虔な気持ちで圧倒的なコーラスに胸震わせながら拝聴するのがいいのではないか。
♪2018-175/♪フェリスホール-01
星野聡:指揮
フェリス室内管弦楽団
フェリス女学院大学音楽学部合唱団:合唱
長久真実子:チェンバロ
宇内千晴:オルガン
秦貴美子、小出真琴(ディプロマ生)、黒川青葉(大学院音楽研究科2年):ソプラノ
栗林朋子、佐藤ゆい(大学院音楽研究科2年):アルト:
蔵田雅之:バリトン
土屋広次郎:テノール
G.F.ヘンデル:オラトリオ《メサイア》Ferris version
(第1部全曲、第2部及び第3部は一部省略)
年末恒例の演奏会は「第九」だけではない。もう一つの楽しみがヘンデルの「メサイア」だ。
しかし、12月は毎年「第九」を中心にコンサートやオペラ、歌舞伎、文楽などが集中するので、ここ2年間は日程が合わずに行けなかった。今年も無理かと思っていたら、ちょうど予定のないエアポケットのようなタイミングにフェリス女学院が「メサイア」をやると知って申し込んだ。
オーケストラは学生たちによるフェリス室内管弦楽団24人。これに通奏低音(チェンバロ、オルガン)が2人加わった。
合唱は女学院の合唱団60人位に賛助出演の男声が20人。
独唱はプロが4声部4人に学生選抜が3人、部分的に参加した。
出来栄え如何?
お世辞にも巧いとは言えない。
プロを含めてあまり良い出来ではなかったが、心打たれるものがあった。
何と言ってもヘンデルの音楽の力だろう。
ありきたりの言い方になるが、「ハレルヤコーラス」の素晴らしさには胸が踊る。ものすごく元気付けられた。
ウツで悩む人にはこれを聴かせるのが一番療養効果があるのではないかと思う。
悪い憑き物が落ちて前向きになって人生は楽しいぞ、という気持ちにさせてくれる。そして、最後のアーメン・コーラスが、いやが上にも気持ちを盛り立てて大団円を締めくくった。
ところで、「メサイア」のロンドン初演(1743年)の際、「ハレルヤコーラス」があまりに見事なのに感動した国王ジョージ2世が思わず起立し、周りも総立ちしたという故事(作り話らしいが)に倣い、その後「ハレルヤコーラス」では観客が起立するという現象が彼の地を中心に広まり、日本でもこの場面での観客の起立が<中途半端>に慣習として残っている。
今回は、クリスチャンの学校での「メサイア」であるからには、この保守的な慣習は一層堅固に維持されているのではないかと心配をしたのだが、これは全くの杞憂だった。
誰も立たたなかった!
視界に入る限り誰一人立たなかった。
ロビーに「お立ちになりませぬよう」という張り紙もなかったのに、これは驚いた。
うっかり起立すれば頭が変!と思われたのかも知れない。
2016、17年の2年間は聴く機会がなかったが、ひょっとしてその間に、「メサイア」愛好協会が「起立しないようにしましょう」などとお触れを出したのだろうか(Just Joke!)。
いやはや、かくして、是非はともかく、確実に日本にも存在していた「ハレルヤコーラス」での起立は消滅してしまったのか?
https://youtu.be/bx8CC56NN3k
https://youtu.be/1NRm8awZgl4
↑古い動画だけどこれらでは非常に多くの観客が起立している。
一方、客席は立たないけど、ステージ上では本来出番のないソリストもここでは合唱団と一緒に立ち上がって歌うという慣習は生きていた。2階バルコニーに配置していた、これも本来は出番ではない合唱団の別働隊もここぞ!と言わんばかりにすくっと立ち上がって合唱に混じった。
客席の起立がだんだん廃れてきたのは良いことだ。
100人くらいの小ホールでの内輪の集まりなら一斉に起立するのもいいだろうが、数百人〜2千人規模のホールでは起立は徹底できない以上、全員起立せずに、その代わり敬虔な気持ちで圧倒的なコーラスに胸震わせながら拝聴するのがいいのではないか。
♪2018-175/♪フェリスホール-01
投稿者
みつばち先生
ラベル:
★フェリスホール,
フェリス室内管弦楽団,
フェリス女学院大学音楽学部合唱団,
栗林朋子,
秦貴美子,
星野聡,
蔵田雅之,
土屋広次郎
2018年12月21日金曜日
神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会 県民ホール名曲シリーズ 第2回 ---「第九」❸
2018-12-21 @県民ホール
広上淳一:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
神奈川フィル合唱団
髙橋絵理:ソプラア
平山莉奈:メゾソプラノ
宮里直樹:テノール
浅井隆仁:バリトン
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
客席も舞台も広い県民ホールで聴く「第九」は一層の祝祭性を帯びて気分高揚。
残響が少ない為、弦はシャリシャリ感が残るがこれこそナマならではのリアルな感触。
その弦が高い透明感を保って心地良い味わい。
広上節は全体にテンポ鷹揚。特に第4楽章は外連味利かせテンポの変化が頻繁で歌わせすぎではないか。声楽独唱はそれこそ「歌え」ば良いのだけど、オケはできるだけ無表情にテンポを保って欲しい…というのが、僕の好み。
終楽章の低弦のレシタティーヴォは特に朗々と歌わせたが、こここそは限りなくイン・テンポで聴きたい。
演奏時間は楽章間休止含め71分位。
声楽陣と打楽器3人は第2楽章の後登壇した。
ならば、第3楽章から第4楽章への乗り換えは一呼吸で入れたのに、広上センセイ、フツーに休止時間をとったので肩透かし。Apple Watchで計測していたが、22秒間もお休みあそばした。これではテンションが下がってしまう。
神奈川フィルの出来は上々だった。先日の日フィルと良い勝負だ。また、合唱団は中高年中心で110名くらいだが、迫力あった。東京音大合唱団(日フィルの「第九」)にも負けていなかったな。
そして、声楽ソロも(テノールは急遽の代演だったが)みんな良く通る声で聴き応えがあった。
今季3回目の「第九」だが、声楽ソリストが舞台の前方(指揮者を挟む形)に立ったのは今回初めて(他の2回はオケの後ろ。)。やはり、前方に立つと声がよく通り、4声部の絡みもはっきり聴き取れて気持ちがいい。
事ほど左様に、オケも声楽陣もとても良い出来だったが、指揮者の演出が好みではなかったので80点としよう。
♪2018-175/♪県民ホール-05
広上淳一:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
神奈川フィル合唱団
髙橋絵理:ソプラア
平山莉奈:メゾソプラノ
宮里直樹:テノール
浅井隆仁:バリトン
ベートーベン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」作品125
客席も舞台も広い県民ホールで聴く「第九」は一層の祝祭性を帯びて気分高揚。
残響が少ない為、弦はシャリシャリ感が残るがこれこそナマならではのリアルな感触。
その弦が高い透明感を保って心地良い味わい。
広上節は全体にテンポ鷹揚。特に第4楽章は外連味利かせテンポの変化が頻繁で歌わせすぎではないか。声楽独唱はそれこそ「歌え」ば良いのだけど、オケはできるだけ無表情にテンポを保って欲しい…というのが、僕の好み。
終楽章の低弦のレシタティーヴォは特に朗々と歌わせたが、こここそは限りなくイン・テンポで聴きたい。
演奏時間は楽章間休止含め71分位。
声楽陣と打楽器3人は第2楽章の後登壇した。
ならば、第3楽章から第4楽章への乗り換えは一呼吸で入れたのに、広上センセイ、フツーに休止時間をとったので肩透かし。Apple Watchで計測していたが、22秒間もお休みあそばした。これではテンションが下がってしまう。
神奈川フィルの出来は上々だった。先日の日フィルと良い勝負だ。また、合唱団は中高年中心で110名くらいだが、迫力あった。東京音大合唱団(日フィルの「第九」)にも負けていなかったな。
そして、声楽ソロも(テノールは急遽の代演だったが)みんな良く通る声で聴き応えがあった。
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| テノールは訂正済み |
今季3回目の「第九」だが、声楽ソリストが舞台の前方(指揮者を挟む形)に立ったのは今回初めて(他の2回はオケの後ろ。)。やはり、前方に立つと声がよく通り、4声部の絡みもはっきり聴き取れて気持ちがいい。
事ほど左様に、オケも声楽陣もとても良い出来だったが、指揮者の演出が好みではなかったので80点としよう。
♪2018-175/♪県民ホール-05
2018年12月19日水曜日
東京都交響楽団 第870回 定期演奏会Aシリーズ
2018-12-19 @東京文化会館
アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
ターニャ・テツラフ:チェロ*
鈴木学:ビオラ*
R.シュトラウス:交響詩《ドン・キホーテ》op.35*
ビゼー:『カルメン』組曲から(アラン・ギルバート・セレクション)
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 op.34
都響の第1バイオリン群にはこのところずーっと不満を感じている。高域がよろしくない。時にキンキン、ゴロゴロするのは、ピッチのズレではないのだろうか。でもプロのピッチが甘いとも考えにくい。N響でも感ずることがあるので、原因は別なのかもしれない。曲によって症状が出たり出なかったりする。もちろん、高域が含まれないような音楽だとなんの問題もないが、作曲家が第1バイオリンに広域を歌わせないはずがない。
曲とホールと聴き手の体調などが重なって、高域が耳につくようになるのかもしれない。ただ、海外の一流オケでは感じたことがないのも確かで、原因は不明。
都響に特に感ずることが多いのも確かだ。
しかし、今日はどういう訳か高域の不快音も気にならずまずまずの出来だった。
また、スペインに材を取ったポピュラーな3曲だったせいか、気楽に楽しむことができた。
尤も、「ドン・キホーテ」では独奏チェロの音質も音量も物足りなかった。文化会館という、残響の少ない硬質なホールなので、朗々と響かないのは仕方がないけど、もう少し存在感が欲しかった。
都響は、年内にもう1回「第九」演奏会をサントリーで聴く。また第1バイオリンを傾聴してみよう。
♪2018-174/♪東京文化会館-07
アラン・ギルバート:指揮
東京都交響楽団
ターニャ・テツラフ:チェロ*
鈴木学:ビオラ*
R.シュトラウス:交響詩《ドン・キホーテ》op.35*
ビゼー:『カルメン』組曲から(アラン・ギルバート・セレクション)
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 op.34
都響の第1バイオリン群にはこのところずーっと不満を感じている。高域がよろしくない。時にキンキン、ゴロゴロするのは、ピッチのズレではないのだろうか。でもプロのピッチが甘いとも考えにくい。N響でも感ずることがあるので、原因は別なのかもしれない。曲によって症状が出たり出なかったりする。もちろん、高域が含まれないような音楽だとなんの問題もないが、作曲家が第1バイオリンに広域を歌わせないはずがない。
曲とホールと聴き手の体調などが重なって、高域が耳につくようになるのかもしれない。ただ、海外の一流オケでは感じたことがないのも確かで、原因は不明。
都響に特に感ずることが多いのも確かだ。
しかし、今日はどういう訳か高域の不快音も気にならずまずまずの出来だった。
また、スペインに材を取ったポピュラーな3曲だったせいか、気楽に楽しむことができた。
尤も、「ドン・キホーテ」では独奏チェロの音質も音量も物足りなかった。文化会館という、残響の少ない硬質なホールなので、朗々と響かないのは仕方がないけど、もう少し存在感が欲しかった。
都響は、年内にもう1回「第九」演奏会をサントリーで聴く。また第1バイオリンを傾聴してみよう。
♪2018-174/♪東京文化会館-07
























