2016年12月6日火曜日

第70回全日本学生音楽コンクール全国大会in横浜 チェロ部門大学の部

2016-12-06 @みなとみらいホール


参加者:地方予選を勝ち抜いてきた大学生14人

チェロ部門大学の部入賞者
第1位 佐山裕樹(さやま・ゆうき)
第2位 安保有乃(あんぼ・ゆの)
第3位 金子遙亮(かねこ・ようすけ)
横浜市民賞 山梨浩子(やまなし・ひろこ)


このコンクールの横浜市民賞選定員になってから今年で5回(年)目だ。
選定員と言っても難しい資格は要求されない。
大体、どの部門でも4時間強はかかるので、その間(休憩はあるが)おとなしく音楽を聴き続け、自分なりに良い印象に残った演奏を選ぶだけだ。学生と言っても全国の予選を勝ち抜いてきた音楽家の卵たちなのでとてもレベルが高い。同じ曲を何度も聴かされることになりがちだが、夫々に表現が異なるからその違いを聴き分けるのも楽しい。
音楽が好きで暇がある、という条件をクリアし、応募して選ばれたら晴れて「選定員」になれるのだけど、これまでの応募歴で、希望の部門には選ばれなかったということはあるが(ピアノ、バイオリンは競争率が高いようだ。)、一つの部門も選ばれなかったということはない。

今年は、70回という記念の年なのでチェロ部門が加わった。
昨年までは東京大会が事実上の決勝戦だったが、晴れて全国大会に格上げされた訳だ。

チェロには思い入れがある。
自分でも少し習っていたし、アマオケで弾いたりもしていたからだ。

さて、大学の部の課題曲は任意の協奏曲(又は準ずる作品)で13〜18分のものだそうで、14人中4人がエルガーの協奏曲から複数楽章を、3人がショスタコの1番から複数楽章を、2人がチャイコのロココ風〜を、ほかにはプロコフィエフ第2番、ブロッホ「ヘブライ狂詩曲」、シューマンの協奏曲及びハーバートの協奏曲の夫々複数楽章を選んだ。

みんな巧いし、いつも一人を選ぶ(次点まで選んでも良い)のは難しい。結局僕の好みとは違う人が横浜市民賞を授与されることになった。
本来の音楽コンクールとしての本選(専門家が選出する)入賞者についても僕の予測は全員が外れてしまった。

これまでの経験では、市民賞も本選もたいてい大きく外れることはなかったが、今回僕は一体何を聴いていたのだろうか、と自信を失ったな。

チェロの音の良さは全員に共通していた。学生といえどもこのクラスになると相当高価な楽器を持っているのだろう。あるいはこの日のために借りたのかもしれないが。
小ホールの残響の良さとあいまって、チェロの音色や豊かな音量にはあらためて感心した。

♪2015-169/♪みなとみらいホール-45

2016年12月4日日曜日

東京交響楽団 川崎定期演奏会 第58回

2016-12-04 @ミューザ川崎シンフォニーホール


ジョナサン・ノット:指揮
東京交響楽団

ヨハネス・モーザー:チェロ*

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲
デュティユー:チェロ協奏曲「遙かなる遠い国へ」*
シューマン:交響曲 第2番 ハ長調 作品61
-------------------
アンコール
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番から「サラバンド」*

軽いショックだったな。
「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲は楽しめた。通常、第3幕の「愛の死」が一緒に演奏されることが多いが、残念ながら今回は前奏曲だけだった。それでも好きな曲なので、これをナマで聴くのは楽しい。

デュティユー(今日の演奏会のポスターもプログラムも「デュティ−ユ」と表記されているし、NET上でも両方の表記が見られるが、個人的には「デュティユー」で覚えたために今後共これで統一することにした。)は最近になって存在を知り、その音楽を聴くこようになった。今年3度めだ。しかし、いずれの作品も楽しくない。前衛音楽はダメだ。こういう作品を無理に楽しまなくちゃいけない、とか理解しなくちゃいけないとか、思わないことにしている。さじを投げている!

軽いショックというのはシューマンの2番だ。
4曲ある交響曲の中で、2番は1番取り上げられる頻度が少ないのでほとんどナマで聴いた記憶がないし、我が家でも(シューマンは大好きな部類に入るので、CDやビデオディスクでほぼ全作品を持っているし、交響曲全集は2種類持っているが)聴くのはもっぱら3、1、4番だ。2番はどんな音楽かを確認するために聴くぐらいで、楽しみとして聴いた覚えがない。

そういう意味では新鮮さがあり期待もしたのだけど、冒頭の金管のファンファーレみたいなメロディー(といっても歌うのはしんどい)を弦がアルペジオ風に支えるのだけど、これがバラバラ!
…に聴こえた。
6/4拍子という変則なリズムで、かつ、テンポが遅い為、流れに乗りにくいのが原因かもしれないけど、管を聴こうとすると弦が何を演奏しているのか分からないし、弦を聴き取ろうとすると管が邪魔で仕方がない。

東響はこの部分を見事に演奏したのか?それとも僕の耳が聴き取れなかったのか分からない。
帰宅後楽譜も見ながらCDで何度か聴いたがやはり音楽の流れが掴みにくい。まあ、率直な感想はこれを作曲したときのシューマンの精神状態は”飛んでいた”のではないか、とさえ思う。
…な訳で東響が下手だった訳ではないのだろうけど、この冒頭の違和感が最後まで尾を引いてしまった。

大好き!と言いたいシューマンの交響曲を、これまで十分味わっていなかったのか、という発見が悲しかった。

シューマンの名誉のために付け加えると第4楽章なんか、シューマンらしいし、明るくて元気でこの楽章はとてもいい。
全体に共感を覚えるようになるためには、ナマで何度か聴かなくちゃいけないだろうな。

♪2016-168/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-28

2016年12月3日土曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会 県民ホールシリーズ 第10回

2016-12-03 @県民ホール


川瀬賢太郎:常任指揮者
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

秦茂子:Sp
林美智子:Ms
升島唯博:Tn
宮本益光:Br
神奈川フィル合唱団

ベートーベン:交響曲第9番ニ短調 作品125 「合唱付き」


12月に入って早速の「第九」だ。
これが1回目で、今年も5回聴くことになっている。
そんなに何度も聴かなくともいいのだけど、神奈川フィル、日フィル、読響は定期演奏会に織り込まれており、他に横浜交響楽団は毎年の恒例行事で600人の大合唱団を聴きたいし、N響も欠かせない。今年は都響も是非聴いてみたい。ということで6回になったが、うっかりしてダブったために都響と読響がダブってしまい、読響は知人に行ってもらうことにしたので無駄にはならなくて良かった。

さて、川瀬賢太郎+神奈川フィルの「第九」。
後日に予定されている「第九」のへの期待が大きくて、今日の「第九」はまあ耳慣らしみたいなものでさほどの期待もせずに出かけたのだけど、ところがどっこい。これは拾いものだった。

テンポの軽快さ、楽章間ポーズの短さ、シャキッとまとめた新感覚のベートーベン。賢太郎の音楽づくりが神奈川フィルの隅々にまで浸透してきたような気がする名演だった。

昨年末のパーヴォ+N響を彷彿とさせる出来栄え。
良い「第九」シーズンの始まりだった。

♪2016-129/♪県民ホール-04

2016年12月2日金曜日

国立劇場開場50周年記念 通し狂言 仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら) 第三部 四幕八場

2016-12-02 @国立劇場


竹田出雲・三好松洛・並木千柳=作
通し狂言 仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら) 第三部 四幕八場
国立劇場美術係=美術

八段目   道行旅路の嫁入
九段目   山科閑居の場
十段目   天川屋義平内の場
十一段目 高家表門討入りの場
    同  広間の場
    同  奥庭泉水の場
    同  柴部屋本懐焼香の場
    花水橋引揚げの場

(主な配役)
【八段目】
本蔵妻戸無瀬⇒中村魁春
娘小浪⇒中村児太郎

【九段目】
加古川本蔵⇒松本幸四郎
妻戸無瀬⇒中村魁春
娘小浪⇒中村児太郎
一力女房お品⇒中村歌女之丞
由良之助妻お石⇒市川笑也
大星力弥⇒中村錦之助
大星由良之助⇒中村梅玉

【十段目】
天川屋義平⇒中村歌六
女房お園⇒市川高麗蔵
大鷲文吾⇒中村松江
竹森喜多八⇒坂東亀寿
千崎弥五郎⇒中村種之助
矢間重太郎⇒中村隼人
丁稚伊吾⇒澤村宗之助
医者太田了竹⇒松本錦吾
大星由良之助⇒中村梅玉

【十一段目】
大星由良之助⇒中村梅玉
大星力弥⇒中村米吉
寺岡平右衛門⇒中村錦之助
大鷲文吾⇒中村松江
竹森喜多八⇒坂東亀寿
千崎弥五郎⇒中村種之助
矢間重太郎⇒中村隼人
赤垣源蔵⇒市川男寅
茶道春斎⇒中村玉太郎
矢間喜兵衛⇒中村寿治郎
織部弥次兵衛⇒嵐橘三郎
織部安兵衛⇒澤村宗之助
高師泰⇒市川男女蔵
和久半太夫⇒片岡亀蔵
原郷右衛門⇒市川團蔵
小林平八郎⇒尾上松緑
桃井若狭之助⇒市川左團次
ほか


長大な芝居が遂に終わってしまった。
ま、今月中にもう一度観ることにしているけど、この先、<全段完全通し>は生きているうちには観られないだろうから良い経験ができた。

この芝居に関しては、第2部から(第1部も遡って)初めて台本を購入した。もちろん第3部も購入したので、今日は第3部の1回目でもあるので、台本と照らし合わせながら舞台を観たので非常に良く分かった。しかし、月内の次回鑑賞時は一切の解説本無しで舞台に集中しようと思う。

八段目道行は舞踊劇(竹本の伴奏による。セリフはない。)だが、加古川本蔵の妻(戸無瀬=魁春)と娘(小浪=児太郎)の東海道を京都山科にいる小浪の許嫁である力弥の屋敷までの嫁入りの旅で、不安な要素もないではないが全段中一番平和な話だ。
背景の景色が変化することで2人の道中が運んでゆくのが分かるようになっていて、他家の嫁入り行列なども紙人形で作ってあってユーモラスでもある。

九段目山科閑居の場では加古川本蔵の一家の物語が胸を熱くする。本蔵の幸四郎、由良之助の梅玉は芝居のタイプが全然違うけど、そんなことにはお構いなしが歌舞伎の面白さでもある。

由良之助の妻お石を演じた市川笑也という役者のことは全然知らなかった。多分、これまで一度も芝居を観たことがなかったのではないか。しかし、冷徹で筋目を通そうとする武士の妻お石を実に好演したと思う。厳しいばかりではなく、情の人でもあるところをさり気なく見せるところが良かった。今後楽しみな役者だ。
小浪は一部で米吉が演じて実に可愛らしかったので今回も力弥より小浪を演じたら良かったが、しかし、今回の児太郎の小浪も実に良かった。この人の芝居を始めていいと思ったよ。

講談・浪曲では「天野屋利兵衛は男でござる。」で知られる天川屋義平の十段目は筋に無理があるが、ここにも義理と人情の板挟みで苦しむ町人の物語が殺伐とした仇討ち物語に良い味付けではある。

いよいよ十一段目。
幕が開くと広い舞台に拵えられた高家の表門。その前に所狭しと46人の赤穂義士が居並ぶ様にまずは圧倒される。
こんなに大勢の役者が揃って同じ場面に立つという芝居がほかにあるだろうか。

このあとの討ち入りの様は、いわゆる歌舞伎風の踊りのような立ち回りではなく、時代劇映画の殺陣を観るようなかなりリアルな厳しいものなので驚いた。

ようやく師直の首を打ち取り、判官の位牌の前に供えた由良之助は、まずは師直に一矢を報いた矢間(やざま)重太郎(中村隼人)に手柄として最初の焼香を命ずる。次に足軽でありながらその忠義心から義士の連判状に名を連ねてもらった寺岡平右衛門(錦之助)に対し、勘平の遺した財布を手渡して妹婿の代わりに焼香させる。もう、ここでかなり目頭が熱くなる。

その後亡君の菩提寺まで引き揚げる途中の花水橋でそもそもこの事件の発端を作った若狭之助(左団次)に呼び止められ、あっぱれの本懐を讃えられ、義士の姓名を我が胸に刻みたいという申し出に応じて由良之助以下46人(これに勘平を加えて47士)が高らかに、誇らしげに名乗りを上げ、花道に消えてゆく。

芝居興行の世界では「忠臣蔵にはずれ無し」と言うそうだが、300年にわたって庶民に愛されてきたのもなるほ納得。いやはや面白い芝居をたっぷりと観せてもらった。

♪2016-166/♪国立劇場-09

2016年11月28日月曜日

東京都交響楽団 第814回 定期演奏会Aシリーズ

2016-11-28 @東京文化会館


大野和士:指揮
東京都交響楽団

ピエール=ロラン・エマール:ピアノ *
天羽明惠:ソプラノ **

ベルク:アルテンベルク歌曲集 op.4 **
ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 *
マーラー:交響曲第4番 ト長調 **
-------
アンコール
ブーレーズ:ノタシオン Ⅷ~Ⅻ *

ベルクの「アルテンベルク歌曲集」は初聴き。こういう作品の存在も知らなかった。
全5曲で10分強。
作曲者のベルクと作品名が似ているのでちょっと混乱したが、同時代の詩人アルテンベルクの詩集「絵葉書の詩」の中の5篇に音楽をつけたものだそうだ。

ベルクについてはシェーンベルクの弟子筋に当たる無調の作曲家ということくらいしか知らないが、まさにこの曲は無調音楽だ。
大規模な管弦楽を伴奏にしたソプラノの独唱だが、訳が分からない。つまらない。まあ、なんとなく夢遊病者みたいな感覚は再現しているのだけど、こういうのが音楽といえるのか疑問が払拭できない。しかし、旋律らしい旋律もない、和声や調性の手がかりのない音の連続を「歌う」のは相当困難なことだろうとは思った。

まことに個人的な趣味で言えば、天羽明恵が本領を発揮したのは最後のマーラーの第4番の最終楽章だ。これは良かった。きれいな透き通るソプラノが朗々と響いた。

ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」は既に何度も聴いている。舘野泉の演奏も聴いた。
しかし、何度聴いても大いに疑問があって気分が乗れなかった。
不幸にして片手しか使えなくなったピアニストはまことに気の毒だが、ピアノという楽器はいうまでもなく両手で弾いてこそ本領を発揮する。私的な楽しみのために(片手のための作品を)作曲し、演奏するのはそれで良いとしても、両手が使えるピアニストがわざわざ片手を封じて演奏するというのはどう受け止めたらいいのだろう。

この日の演奏も、こういう懸念が解消された訳ではないが、しかし、演奏は良かった。
ピエール=ロラン・エマールについては、NHKクラシック倶楽部で放映されたリサイタルを聴いたが、どんなレベルなのか分からない。プログラムの解説によると「当代最高のピアニストの一人」と書いてあるが、まあ、こういう紹介は常套文句だからどのくらいすごいのかは分からない。

が、ピアノも都響の管弦楽も緻密にしてダイナミック。
片手のみということが信じられない超絶テクニック(これまでも聴いた演奏も当然そうだったが)に気持ち良くあっけにとられているうちに行進曲風のリズミカルな3連符が続くがここが単一楽章の第2部なのだろうか。その後の長いカデンツァも鳥肌モノだ(本当は良い意味で「鳥肌」は誤用らしいが、この際適切な語彙が思いつかない。)。激しさだけではなく、ここでピアノはたっぷりロマンチックだ。甘い夢をさまようがごとく。

そんな訳で、「左手の〜」に引っかかりを残しながらも、今回はじめてこの音楽が美しいと感じた。

マーラーも良かった。
オケの定期にマーラーは欠かせないので、これまでも色々聴いたが、どういう訳か第4番は聴いたという記録がないし、記憶もはっきりしない。たぶんナマで聴くのは初めてだったのかも。
CDなどでは特徴的な第1楽章の出だしからすっと入りやすいが、第3楽章がやたら長すぎる(全楽章中最長で22分位)という思いがあった。しかし、ナマで聴くとこれはこれで楽しいものだ。

都響はいつも安定感抜群で、このオケこそ「管弦楽」(正しくは「管弦打楽」か。)を感じさせてくれる。
マーラーのような大規模な管弦楽作品となると俄然巧さが際立つようだ。

♪2016-165/♪東京文化会館-09

2016年11月27日日曜日

横浜音祭り2016クロージングコンサート ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団演奏会

2016-11-27 @みなとみらいホール


パーヴォ・ヤルヴィ:指揮
ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
樫本大進:バイオリン

シューマン:歌劇「ゲノフェーファ」序曲 op.81
ベートーベン:バイオリン協奏曲 ニ長調 op.61
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68
----------
アンコール
ブラームス:ハンガリー舞曲第3番 ヘ長調
    同    :ハンガリー舞曲第6番 ニ短調

横浜音祭り2016クロージング・コンサートと位置づけられたカンマーフィルの演奏会。
パーヴォとカンマーフィルは2006年にみなとみらいホールからベートーベンの交響曲全曲の演奏・録音を始めたそうだから、今日は原点に帰ったような演奏会だ。

弦5部の編成は(野鳥の会ほど正確な目ではないので少し違うかもしれないが)、
第1バイオリン10人/第2バイオリン8人/ビオラ6人/チェロ6人/コントラバス4人。これに各曲の所要の管・打楽器が加わるが、3曲ともほぼ同時代の作品とあってか、編成に大きな差はなく管・打の計は18名くらいか。つまり総勢は52名前後のようだ。

「ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団」というのが正式名称らしいが、確かに中編成以下とは言え、室内管弦楽団と断る程こじんまりでもなくブラームスまでの作品を演奏するにはちょうどいいくらいの規模ではないのだろうか。
配布されたプログラムの解説ではトランペットやティンパニはオリジナル楽器と書いてあったが、そんな風には見えないし聴こえなかったな。
また、ピリオド奏法(ビブラートなし)で演るのかと思ったけど、そうでもなく、やや控えめではあるがビブラートはかけていた。もっともこの時代の作品だからやたら咽び泣くようなビブラートはそもそもご法度だと思う。
適正規模で、しかし、メリハリの効いたモダンな演奏を正確無比にやってのける、というのが聴く前に抱いていた印象だった。

最初のシューマンの序曲「ゲノフェーファ」でどんな弦の響を聴かせてくれるかと興味と期待で最初の音を聴いたが、まあ、どこにでもあるような音だった。いわば音慣らしのようなものか。


いよいよ、ベートーベンのバイオリン協奏曲。
これは良かった。やはり、オケの規模が小さいだけに、各パートが明瞭でメロディの輪郭が鮮やかだ。樫本大進のバイオリンも当然、埋もれることなくさりとて浮き立つこともなく良い塩梅に聴こえた。

パーヴォ+N響でベートーベンを聴いたのは昨年末の「第九」だけだが、その時の印象から、ベートーベンを振るときはテンポを早めにするのかという予断を持っていたが、遅くもなく、速くもなく、よく聴く普通のテンポだった。奇を衒うことなく王道のベートーベンだったように思う。

ブラームスには少し驚かされた。休憩が終わって後半の開始時間に既にチューニングが終えたオケが静かに待っている舞台にパーヴォが登場し、客席に軽く一礼したかと思ったらひょいと指揮台に飛び乗り、乗ったが早いか、第一拍を振り下ろした。あっけにとられている間もなく例のティンパニーの8分音符の連打のテンポが結構速い。
ベートーベンではさほど感じなかったけど、ブラームスではけっこう外連味を感じさせる。
テンポの設定然り。強弱のメリハリもはっきりしている。
それらが、小規模編成で…と言っても音圧に不足はないのだ…カチッと輪郭を明らかにして迫ってくるのはある意味で心地よい。あゝ、ブラームスってこうなの?という疑問は覚えるのだけど(ベートーベン風だ!)、まあ、いいかなあ、と説得させられてしまう。

最近、相次いで、ウィーン・フィル、サンフランシスコ響、そしてカンマーフィルと聴いたが、サンフランシスコ響には及ばないもののウィーン・フィルより面白い(巧いという意味ではなく)かな、と言う印象で本番が終演した。

しかし、アンコールが問題だった。
やらなければよかった。
ブラームスのハンガリー舞曲第3番はまずまず、オマケとして楽しく聴いたが、第6番はひどいな。思い切りのテンポ・ルバート。極端なリタルダンドとア・テンポ、強すぎるダイナミックレンジ。これではあのコバケンも真っ青だ。パーヴォとしてはサービスのつもりだったのかもしれないが、慣れないサービス精神が音楽をひどいものにしてしまった。これは聴かないほうが良かった。

♪2016-164/♪みなとみらいホール-44

2016年11月26日土曜日

日本フィルハーモニー交響楽団 第685回東京定期演奏会

2016-11-26 @サントリーホール


アレクサンドル・ラザレフ:指揮[桂冠指揮者兼芸術顧問]
日本フィルハーモニー交響楽団
郷古廉:バイオリン

ショスタコーヴィチ:バイオリン協奏曲第1番
グラズノフ:交響曲第5番

睡眠不足で出かけたものだから半分は船を漕いでいたような気がする。完全に寝ている訳ではなくて、音楽が頭の中で鳴っているのだけど、音楽に集中している訳でもない。

そもそもショスタコのバイオリン協奏曲はここ数年で3度はコンサートで聴いている。CDでは何十回も聴いている。昨夜も睡眠中ベッドサイドで繰り返し鳴っていた。
サントリーホールへ行く電車の中でもイヤフォンから流れていたのがこれだ。
そんなに繰り返し聴くのは、良さが分からないからだ。
CDで聴いてつまらなくともナマを聴くとその良さに気がつくことが多い。が、この曲については当てはまらない。

同じくショスタコのチェロ協奏曲は彼の全作品(をつぶさに聴いた訳ではないけど)中、一番のお気に入りだし、第5番を始めとする交響曲の幾つかと弦楽四重奏曲の幾つかは二番手、三番手のお気に入りだ。
ショスタコは現代作家の中では好きな方だ。
しかし、繰り返し聴いているにも関わらずどうにも馴染めない作品群がある。その中の代表がバイオリン協奏曲第1番だ。

ま、とにかく、今の時点では楽しめないのだ。
今日も、眠いとはいえ、最初は刮目して聴いていたのだけど、だんだん、つまらなくなって、後半戦のためにはここで少し休むが良かろうということにして集中力を放棄したらウトウト気分良くなった。

後半のグラズノフは、これまでも色んな音楽を聴いてきたが、どれも聴きやすい分かりやすい音楽だった。交響曲を聴くのは初めてだったが、初めてでも何の抵抗もなく耳に馴染んでゆく。ロシアの、あるいは東欧の民謡風な音階、明確な旋律線、色彩豊かな管弦楽と楽しめる要素が詰まっていた。なにより深刻な部分がないのがいい。陽気で楽天的。あるいは牧歌的。

♪2016-163/♪サントリーホール-12