2019-04-19@東京オペラシティコンサートホール
鈴木雅明:指揮
バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)
ソプラノ:キャロリン・サンプソン
ソプラノ:松井亜希
アルト:ダミアン・ギヨン
アルト:クリント・ファン・デア・リンデ
エヴァンゲリスト(福音史家)/テノール:櫻田亮
テノール:ザッカリー・ワイルダー
イエス/バス:クリスティアン・イムラー
バス:加耒徹
J.S.バッハ:マタイ受難曲 BWV244
2015年春以来のBCJの「マタイ」だった。
その間に聴いた聖トーマス教会合唱団+ゲヴァントハウス管弦楽団による至高の「マタイ」が一種の物差しになっているのは不幸な事かもしれない。
とはいえ、前回のBCJと比べてとても好感した。
テンポは早めでアッサリと小気味良い。
全曲中一番有名な「神よ憐れみたまえ」も泣かせたりしない。福音史家役が大活躍をするが、この肝心のテノールに人を得た。素晴らしくよく通る美声だった。
不満といえば、どうしてアルトにカウンターテナーを使うのか。やはり、女声で聴きたい。
「マタイ」に限らずこれまでにカウンターテナーで満足したことがないのは僕の経験不足だろうが、そもそも不自然ではないか。
児童合唱でなく女声合唱を使うのならソロも女声で良かろう。
また、席がイマイチだった。センターを取ったが、BCJを聴くには席が遠かった。
前方1/3で聴くべきだった。
チケットが取れず後方1/3で聴いた。
オケを聴く席として悪くはないが、この編成(管弦楽30人足らず。声楽25人くらい?)には遠かった。
前方1/3なら良い「音楽体験」ができたろうが、後方1/3では澄まして「音楽鑑賞」だった。やはり没入度が違う。
それにしても武満ホールはとても自然な響だ。縦長シューボックスが良い効果を齎しているようだ。
♪2019-050/♪東京オペラシティコンサートホール-02
2019年4月19日金曜日
2019年4月17日水曜日
新国立劇場オペラ『フィレンツェの悲劇』/『ジャンニ・スキッキ』
2019-04-17 @新国立劇場
指揮:沼尻竜典
演出:粟國淳
美術:横田あつみ
衣裳:増田恵美
照明:大島祐夫
舞台監督:斉藤美穂
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
<フィレンツェの悲劇>
グイード・バルディ⇒ヴゼヴォロド・グリヴノフ
シモーネ⇒セルゲイ・レイフェルクス
ビアンカ⇒齊藤純子
<ジャンニ・スキッキ>
ジャンニ・スキッキ⇒カルロス・アルバレス
ラウレッタ⇒砂川涼子
ツィータ⇒寺谷千枝子
リヌッチョ⇒村上敏明
ゲラルド⇒青地英幸
ネッラ⇒針生美智子
ゲラルディーノ⇒吉原圭子
ベット・ディ・シーニャ⇒志村文彦
シモーネ⇒大塚博章
マルコ⇒吉川健一
チェスカ⇒中島郁子
スピネッロッチョ先生⇒鹿野由之
アマンティオ・ディ・ニコーラオ⇒大久保光哉
ピネッリーノ⇒高橋正尚
グッチョ⇒水野秀樹
アレクサンダー・ツェムリンスキー:
「フィレンツェの悲劇」全1幕<ドイツ語上演/字幕付>
ジャコモ・プッチーニ:
「ジャンニ・スキッキ」/全1幕<イタリア語上演/字幕付>
予定上演時間:約2時間25分
フィレンツェの悲劇60分
--休憩25分--
ジャンニ・スキッキ60分
いずれも上演時間が1時間程度の短いオペラの2本立てだ。ダブル・ビルdouble billというそうだ。
大野和士新音楽監督の意向で今後1年おきにダブル・ビル公演を行うとか。
そういえば、プッチーニの<三部作>も本来は3本立て公演を意図されたもので、この中に「ジャンニ・スキッキ」も含まれている(残りは「外套」、「修道女アンジェリカ」)。これはトリプル・ビルということか。
二期会が昨年この本来形で公演をしたらしいが、1日で3作は歌手たちも大変だが、お客も疲れる。
今回の新国立劇場の公演は、2本に絞り、性格(悲劇と喜劇)も出演者数(3人と15人)も異なるが、いずれもフィレンツェを舞台にしたほぼ同年代(1916年と1918年)の作品ということで、その好対照を楽しむことができるよう意図されている。
「フィレンツェの悲劇」は初めて観た。
ツェムリンスキーの音楽はナマではこれまでに2作品(交響詩《人魚姫》、抒情交響曲〜ラビンドラナート・タゴールの詩による7つの歌)を聴いているが、いずれもあまり面白くはなかった。この2作とも大野和士指揮都響で聴いているのは偶然ではなかろう。
という次第で、あまり期待をかけていなかった「フィレンツェの悲劇」だが、これがなかなか面白い。音楽はプッチーニと同時代とは思えないモダンな感じで必ずしも馴染めないが、物語が面白い。家に帰った男は、妻が浮気相手を連れ込んでいるのを知り、決闘によって彼を殺し、次はお前だ、と妻の首を絞めるが…。ラストの思いがけない展開が面白い。間男にとっては「悲劇」であったが夫婦にとっては「悲劇」とはいえないから、このタイトルの意味するところはよく分からないが。
「ジャンニ・スキッキ」はもうお馴染み。例の「私のお父さん」という大ヒットアリアがある。15人も登場して雑駁な印象を受ける物語だ。好みのソプラノ、砂川涼子がラウレッタを演じ「私のお父さん」を歌った。これはとても良かった。
が、プッチーニの中ではさほど重要な作品とも思えない。
彼が<三部作>の1本として作曲したように、映画で言えばプログラム・ピクチャー程度のものではないか。
ま、気軽に楽しめる作品ではあるが。
♪2019-049/♪新国立劇場-04
指揮:沼尻竜典
演出:粟國淳
美術:横田あつみ
衣裳:増田恵美
照明:大島祐夫
舞台監督:斉藤美穂
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
<フィレンツェの悲劇>
グイード・バルディ⇒ヴゼヴォロド・グリヴノフ
シモーネ⇒セルゲイ・レイフェルクス
ビアンカ⇒齊藤純子
<ジャンニ・スキッキ>
ジャンニ・スキッキ⇒カルロス・アルバレス
ラウレッタ⇒砂川涼子
ツィータ⇒寺谷千枝子
リヌッチョ⇒村上敏明
ゲラルド⇒青地英幸
ネッラ⇒針生美智子
ゲラルディーノ⇒吉原圭子
ベット・ディ・シーニャ⇒志村文彦
シモーネ⇒大塚博章
マルコ⇒吉川健一
チェスカ⇒中島郁子
スピネッロッチョ先生⇒鹿野由之
アマンティオ・ディ・ニコーラオ⇒大久保光哉
ピネッリーノ⇒高橋正尚
グッチョ⇒水野秀樹
アレクサンダー・ツェムリンスキー:
「フィレンツェの悲劇」全1幕<ドイツ語上演/字幕付>
ジャコモ・プッチーニ:
「ジャンニ・スキッキ」/全1幕<イタリア語上演/字幕付>
予定上演時間:約2時間25分
フィレンツェの悲劇60分
--休憩25分--
ジャンニ・スキッキ60分
いずれも上演時間が1時間程度の短いオペラの2本立てだ。ダブル・ビルdouble billというそうだ。
大野和士新音楽監督の意向で今後1年おきにダブル・ビル公演を行うとか。
そういえば、プッチーニの<三部作>も本来は3本立て公演を意図されたもので、この中に「ジャンニ・スキッキ」も含まれている(残りは「外套」、「修道女アンジェリカ」)。これはトリプル・ビルということか。
二期会が昨年この本来形で公演をしたらしいが、1日で3作は歌手たちも大変だが、お客も疲れる。
今回の新国立劇場の公演は、2本に絞り、性格(悲劇と喜劇)も出演者数(3人と15人)も異なるが、いずれもフィレンツェを舞台にしたほぼ同年代(1916年と1918年)の作品ということで、その好対照を楽しむことができるよう意図されている。
「フィレンツェの悲劇」は初めて観た。
ツェムリンスキーの音楽はナマではこれまでに2作品(交響詩《人魚姫》、抒情交響曲〜ラビンドラナート・タゴールの詩による7つの歌)を聴いているが、いずれもあまり面白くはなかった。この2作とも大野和士指揮都響で聴いているのは偶然ではなかろう。
という次第で、あまり期待をかけていなかった「フィレンツェの悲劇」だが、これがなかなか面白い。音楽はプッチーニと同時代とは思えないモダンな感じで必ずしも馴染めないが、物語が面白い。家に帰った男は、妻が浮気相手を連れ込んでいるのを知り、決闘によって彼を殺し、次はお前だ、と妻の首を絞めるが…。ラストの思いがけない展開が面白い。間男にとっては「悲劇」であったが夫婦にとっては「悲劇」とはいえないから、このタイトルの意味するところはよく分からないが。
「ジャンニ・スキッキ」はもうお馴染み。例の「私のお父さん」という大ヒットアリアがある。15人も登場して雑駁な印象を受ける物語だ。好みのソプラノ、砂川涼子がラウレッタを演じ「私のお父さん」を歌った。これはとても良かった。
が、プッチーニの中ではさほど重要な作品とも思えない。
彼が<三部作>の1本として作曲したように、映画で言えばプログラム・ピクチャー程度のものではないか。
ま、気軽に楽しめる作品ではあるが。
♪2019-049/♪新国立劇場-04
2019年4月16日火曜日
東京フィル第125回東京オペラシティ定期シリーズ
2019-04-16@東京オペラシティコンサートホール
アンドレア・バッティストーニ:指揮
東京フィルハーモニー交響楽団
小山実稚恵:ピアノ*
番外:フランス国家
W.ウォルトン:戴冠式行進曲『王冠』
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番ニ長調 K537『戴冠式』*
チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調 作品36
----------------
アンコール
E.エルガー:行進曲「威風堂々」第1番
東京フィルはわざわざチケットを買って聴きにゆく機会は少なかったが、オペラではピットに入っているオケのおそらく半分以上は東フィルではないかと思うので、演奏はそこそこ聴いていたものの、定期会員になったのは今季からが初めて。
都内で3定期公演しているようだが、中で一番音響の良いオペラシティ コンサートホール(タケミツメモリアル)の会員になった。
今日はそのオープニング。3定期の中でも一番最初だったので東フィルとしても今季のオープニング・コンサートだった。
冒頭、バッティストーニが(僕のヒアリング能力では)聴き取れない英語で、パリがどうとか言って始めた演奏が、フランス国歌だった。なぜ、予定外のフランス国歌を演奏したのか、分からなかったが、終演後東フィル職員に尋ねたら、この日ニュースとして飛び込んできたノートルダム大聖堂が火事で尖塔を失うなどの不幸な出来事に想いを寄せてのことだったそうだ。ほとんど練習もできなかったろうし、楽譜を用意するのも容易ではなかったろうけど。
こういう国際センスのによる対応は、極東で平和に暮らしている日本人にはなかなか発想できない感覚ではないかと思った。
そもそも、今回「戴冠式」関連の2曲が取り上げられたのも、平成から令和への代替わりへの祝意の現れだそうだ。今回の代替わりは、これに対応するには事前に準備可能だったが、他のオケでは4月ないし5月の定期で格別祝意を込めたプログラムは準備していない。
こういうところも感性の違いかな。
ウォルトンの作品は、以前に交響曲第1番を聴いたが、戴冠式行進曲『王冠』は初めて…のはずだけど、なんか耳馴染みがあったのは、吹奏楽版を聴いたことがあるのかもしれない。
勇ましくて親しみやすい祝典ムードに溢れた音楽だった。
次の「戴冠式」はどうかな。小山実稚恵のコンディションはベストではなかったように思ったが。果たして、彼女はこの曲を今回初めて演奏したのだそうだ。
チャイコの4番は、勇壮でかつ物悲しい管楽器のファンファーレがたまらなくいい。東フィルの演奏は、実に素晴らしい出だしだったが、トランペットが入るところで、少し乱れたのが残念。
とはいえ、全曲を通じて度々繰り返されるトランペットの咆哮が気分を高揚させてくれる。弦楽器がピチカートに終始する風変わりな第3楽章が消えるように終わって、アタッカのようにほんの一呼吸で始まる終楽章はハナから劇的だ。特に終盤は全曲冒頭のファンファーレが嵐のように畳み掛けて実に爽快だ。
席は必ずしも希望の席ではない。好みよりだいぶ前方だ。それだけに、こういう音楽では強烈な音圧に塗れて、音楽鑑賞というより音楽体験だ。幸せな体験ではあるが。
もっとも、どんな音楽にも、この席が合うとも思えないのがこの先の不安材料だ。
♪2019-048/♪東京オペラシティコンサートホール-01
アンドレア・バッティストーニ:指揮
東京フィルハーモニー交響楽団
小山実稚恵:ピアノ*
番外:フランス国家
W.ウォルトン:戴冠式行進曲『王冠』
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番ニ長調 K537『戴冠式』*
チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調 作品36
----------------
アンコール
E.エルガー:行進曲「威風堂々」第1番
東京フィルはわざわざチケットを買って聴きにゆく機会は少なかったが、オペラではピットに入っているオケのおそらく半分以上は東フィルではないかと思うので、演奏はそこそこ聴いていたものの、定期会員になったのは今季からが初めて。
都内で3定期公演しているようだが、中で一番音響の良いオペラシティ コンサートホール(タケミツメモリアル)の会員になった。
今日はそのオープニング。3定期の中でも一番最初だったので東フィルとしても今季のオープニング・コンサートだった。
冒頭、バッティストーニが(僕のヒアリング能力では)聴き取れない英語で、パリがどうとか言って始めた演奏が、フランス国歌だった。なぜ、予定外のフランス国歌を演奏したのか、分からなかったが、終演後東フィル職員に尋ねたら、この日ニュースとして飛び込んできたノートルダム大聖堂が火事で尖塔を失うなどの不幸な出来事に想いを寄せてのことだったそうだ。ほとんど練習もできなかったろうし、楽譜を用意するのも容易ではなかったろうけど。
こういう国際センスのによる対応は、極東で平和に暮らしている日本人にはなかなか発想できない感覚ではないかと思った。
そもそも、今回「戴冠式」関連の2曲が取り上げられたのも、平成から令和への代替わりへの祝意の現れだそうだ。今回の代替わりは、これに対応するには事前に準備可能だったが、他のオケでは4月ないし5月の定期で格別祝意を込めたプログラムは準備していない。
こういうところも感性の違いかな。
ウォルトンの作品は、以前に交響曲第1番を聴いたが、戴冠式行進曲『王冠』は初めて…のはずだけど、なんか耳馴染みがあったのは、吹奏楽版を聴いたことがあるのかもしれない。
勇ましくて親しみやすい祝典ムードに溢れた音楽だった。
次の「戴冠式」はどうかな。小山実稚恵のコンディションはベストではなかったように思ったが。果たして、彼女はこの曲を今回初めて演奏したのだそうだ。
チャイコの4番は、勇壮でかつ物悲しい管楽器のファンファーレがたまらなくいい。東フィルの演奏は、実に素晴らしい出だしだったが、トランペットが入るところで、少し乱れたのが残念。
とはいえ、全曲を通じて度々繰り返されるトランペットの咆哮が気分を高揚させてくれる。弦楽器がピチカートに終始する風変わりな第3楽章が消えるように終わって、アタッカのようにほんの一呼吸で始まる終楽章はハナから劇的だ。特に終盤は全曲冒頭のファンファーレが嵐のように畳み掛けて実に爽快だ。
席は必ずしも希望の席ではない。好みよりだいぶ前方だ。それだけに、こういう音楽では強烈な音圧に塗れて、音楽鑑賞というより音楽体験だ。幸せな体験ではあるが。
もっとも、どんな音楽にも、この席が合うとも思えないのがこの先の不安材料だ。
♪2019-048/♪東京オペラシティコンサートホール-01
2019年4月13日土曜日
N響第1909回 定期公演 Aプログラム
2019-04-13 @NHKホール
ヤクブ・フルシャ:指揮
NHK交響楽団
ヴェロニク・ジャンス:ソプラノ*
R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」
ベルリオーズ:叙情的情景「クレオパトラの死」*
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
寄席が終わった後、半蔵門からNHKホールまで歩いて行っても開演までには時間がありすぎるし、NHKホール周辺には休む場所もないので半蔵門近辺で時間を潰し、明治神宮前でも軽食を摂って開演時間を待った。18時半近くになって、そろそろいい頃合いと店を出てNHKホールに向かったが、ホール前はガラガラだ。え!早すぎたか、と一瞬思ったが、チケットを捥ぎってもらって異変に気がついた。というより、異変は僕の頭の中だった。なんてことだ。コンサートはもう始まっていたのだ。
そう、A定期の初日は18時に始まるというのに、この日、僕はどういう訳か、19時開演だとばかり思い込んでいた。
どうしてそうなったのかは分からないけど、近頃は、こういう、思い込みによる堂々とした失敗が増えてきたよ。知らず知らずに脳も衰えてきているのだ。
そんな訳で、楽しみにしていた「ツァラトゥストラはこう語った」はもう始まっていた。本日1番の大作(少なくとも長尺)がなぜか、第1曲めに置かれていたので、聴き逃してしまった。まだ始まってそれほど時間は経過していなかったけど、オーディトリアムには入れてもらえないので、ロビーのモニターのそばでステージの様子を見るともなく、聴くともなく、終曲を待った。
仲間が10人程度はいたなあ。
終わるや否や中に入れてもらって席に着いた。
前半2曲めは全くの初聴きだった。
22分も要する長大な歌曲とも言える。
フランス語の対訳がプログラムに出ていたが、薄暗い会場で読み辛くページをめくる音もきになるから、すぐ諦めたが、そのうち眠くなってきた。
楽しめるような準備ができていないし、多分、今後聴くこともないだろう。
最後はヤナーチェクの「シンフォニエッタ」で、これは多少の聴き覚えがあった。冒頭の金管13本とティンパニーによるファンファーレが特異な旋律で一度聴いたら忘れられないが、その余はほぼ忘れてしまっていた。いや、今も思い出せない。
金管13本がステージの後ろの方に起立して並んでいたのは覚えているが、バンダでもう一組13本の金管群が登場したはずだけど(解説のオケ編成に書いてある。)、それがどこで演奏したのか、思い出せない。そのうちNHK-TVのクラシック音楽館で放映されるはずなので、そこで確かめられるが、自分の記憶力のいい加減さに悲しくなる一夜ではあった。
♪2019-047/♪NHKホール-02
ヤクブ・フルシャ:指揮
NHK交響楽団
ヴェロニク・ジャンス:ソプラノ*
R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」
ベルリオーズ:叙情的情景「クレオパトラの死」*
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
寄席が終わった後、半蔵門からNHKホールまで歩いて行っても開演までには時間がありすぎるし、NHKホール周辺には休む場所もないので半蔵門近辺で時間を潰し、明治神宮前でも軽食を摂って開演時間を待った。18時半近くになって、そろそろいい頃合いと店を出てNHKホールに向かったが、ホール前はガラガラだ。え!早すぎたか、と一瞬思ったが、チケットを捥ぎってもらって異変に気がついた。というより、異変は僕の頭の中だった。なんてことだ。コンサートはもう始まっていたのだ。
そう、A定期の初日は18時に始まるというのに、この日、僕はどういう訳か、19時開演だとばかり思い込んでいた。
どうしてそうなったのかは分からないけど、近頃は、こういう、思い込みによる堂々とした失敗が増えてきたよ。知らず知らずに脳も衰えてきているのだ。
そんな訳で、楽しみにしていた「ツァラトゥストラはこう語った」はもう始まっていた。本日1番の大作(少なくとも長尺)がなぜか、第1曲めに置かれていたので、聴き逃してしまった。まだ始まってそれほど時間は経過していなかったけど、オーディトリアムには入れてもらえないので、ロビーのモニターのそばでステージの様子を見るともなく、聴くともなく、終曲を待った。
仲間が10人程度はいたなあ。
終わるや否や中に入れてもらって席に着いた。
前半2曲めは全くの初聴きだった。
22分も要する長大な歌曲とも言える。
フランス語の対訳がプログラムに出ていたが、薄暗い会場で読み辛くページをめくる音もきになるから、すぐ諦めたが、そのうち眠くなってきた。
楽しめるような準備ができていないし、多分、今後聴くこともないだろう。
最後はヤナーチェクの「シンフォニエッタ」で、これは多少の聴き覚えがあった。冒頭の金管13本とティンパニーによるファンファーレが特異な旋律で一度聴いたら忘れられないが、その余はほぼ忘れてしまっていた。いや、今も思い出せない。
金管13本がステージの後ろの方に起立して並んでいたのは覚えているが、バンダでもう一組13本の金管群が登場したはずだけど(解説のオケ編成に書いてある。)、それがどこで演奏したのか、思い出せない。そのうちNHK-TVのクラシック音楽館で放映されるはずなので、そこで確かめられるが、自分の記憶力のいい加減さに悲しくなる一夜ではあった。
♪2019-047/♪NHKホール-02
国立劇場開場四十周年記念 国立演芸場04月中席 桂歌丸追善公演
2019-04-13@国立演芸場
落語 桂鷹治⇒ちりとてちん
落語 桂枝太郎⇒チュウ臣蔵
落語 桂歌蔵⇒熊の皮
ものまね 江戸家まねき猫
落語 桂歌春⇒加賀の千代
―仲入り―
座談 歌丸師匠を偲んで
落語 桂歌助⇒宮戸川〜奴さん姐さん〜
漫才 コントD51
落語 桂米助⇒ラーメン屋
桂歌丸は、噺家としては昨年の4月19日の国立演芸場中席が最後の高座で、僕は初日の11日に聴いた。もうかなり声量・滑舌は衰えていたので、8日後に訃報を聞いても、やっぱりダメだったか、という感じだった。
それから1年後の4月中席というので、一門や親しい噺家が順番に出演して「歌丸追善」公演となったが、待合に写真が飾られたり短時間の座談会が開かれたほかは普段と寄席と変わることもなかった。
噺家は死んでも笑い話のタネにされるが、話す方も一種の照れがあるのだろうな。
今回は、相当遅れて行ったので前半3人は聴いていない。
まねき猫は相変わらずうまい。声帯模写の実力というより、全体の客あしらいが天性の巧さを持っているように思う。
歌春は独自だ。ちっとも上手くならないようにも思えるが、その独自を磨けば彼ならではの地歩を占めるのかもしれない。
そのあとの出し物はいずれもつまらなかった。
米助なんぞあれでトリが務まるのかと大いに疑問だ。
♪2019-046/♪国立演芸場-07
落語 桂鷹治⇒ちりとてちん
落語 桂枝太郎⇒チュウ臣蔵
落語 桂歌蔵⇒熊の皮
ものまね 江戸家まねき猫
落語 桂歌春⇒加賀の千代
―仲入り―
座談 歌丸師匠を偲んで
落語 桂歌助⇒宮戸川〜奴さん姐さん〜
漫才 コントD51
落語 桂米助⇒ラーメン屋
桂歌丸は、噺家としては昨年の4月19日の国立演芸場中席が最後の高座で、僕は初日の11日に聴いた。もうかなり声量・滑舌は衰えていたので、8日後に訃報を聞いても、やっぱりダメだったか、という感じだった。
それから1年後の4月中席というので、一門や親しい噺家が順番に出演して「歌丸追善」公演となったが、待合に写真が飾られたり短時間の座談会が開かれたほかは普段と寄席と変わることもなかった。
噺家は死んでも笑い話のタネにされるが、話す方も一種の照れがあるのだろうな。
まねき猫は相変わらずうまい。声帯模写の実力というより、全体の客あしらいが天性の巧さを持っているように思う。
歌春は独自だ。ちっとも上手くならないようにも思えるが、その独自を磨けば彼ならではの地歩を占めるのかもしれない。
そのあとの出し物はいずれもつまらなかった。
米助なんぞあれでトリが務まるのかと大いに疑問だ。
2019年4月9日火曜日
国立文楽劇場開場35周年記念4月文楽公演 通し狂言「仮名手本忠臣蔵」第Ⅰ部
2019-04-09 @国立文楽劇場
国立文楽劇場開場35周年記念4月文楽公演
通し狂言「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら)
第Ⅰ部大序から四段目まで 4時間18分(正味3時間43分)
大序
鶴が岡兜改めの段
碩太夫・亘太夫・小住太夫・咲寿太夫/
清允・燕二郎・錦吾・清公
恋歌の段
津国太夫・南都太夫・文字栄太夫/
團吾
二段目
桃井館力弥使者の段
芳穂太夫/清丈
本蔵松切の段
三輪太夫/清友
三段目
下馬先進物の段
小住太夫/寛太郎
腰元おかる文使いの段
希太夫/清馗
殿中刃傷の段
呂勢太夫/清治
裏門の段
睦太夫/勝平
四段目
花籠の段
文字久太夫改め豊竹藤太夫/團七
塩谷判官切腹の段
切:咲太夫/燕三
城明渡しの段
碩太夫/清允
◎人形
勘十郎・和生・玉輝・文司・玉佳・簑助・玉男ほか
国立文楽劇場では「仮名手本忠臣蔵」を今年、春夏秋3季に分けて全段通し上演する。
2年半前の国立劇場での全段通しは2部構成1日公演だったが、今回は時間をかける分、国立文楽劇場としては初演となるの場面(桃井館力弥使者の段)の上演など、全段通しにふさわしく細部も忠実に公演するのは、本場大阪の矜持を感じて嬉しい。
Ⅰ部は全11段中大序から四段目・城明け渡しまで。
やはりこの最後の段は特別に厳粛だ。人の死がかくも丁寧・荘重に描かれる芝居は他に例がないのではないか?
主人の無念の切腹を受け、明け渡した城を後にする由良助は万感を胸に秘め、その想いは延々三味線だけで表されるが、最後に太夫が一声大きく「『はつた』と睨んで」と城を振り返る由良助の思いを叫んで幕となる。
心憎い幕切れである。
全体として、この話は、口にできぬ人の思いを阿吽の呼吸や腹で探り、受け止め、あるいは命に変えて伝えんとする、激しい情の交錯が見所だ。そのように受け止める時に、時代を超えて今にも通づる人の情けの美しさが胸を打つのだろう。
この後の段も楽しみだが果たして大阪まで遠征できるか。
余談:たこ焼き屋の隣の劇場はとてもナショナル・シアターとも思えぬ気取りの無さ。この味わいが嬉しいや。
♪2019-045/♪国立文楽劇場-1
国立文楽劇場開場35周年記念4月文楽公演
通し狂言「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら)
第Ⅰ部大序から四段目まで 4時間18分(正味3時間43分)
大序
鶴が岡兜改めの段
碩太夫・亘太夫・小住太夫・咲寿太夫/
清允・燕二郎・錦吾・清公
恋歌の段
津国太夫・南都太夫・文字栄太夫/
團吾
二段目
桃井館力弥使者の段
芳穂太夫/清丈
本蔵松切の段
三輪太夫/清友
三段目
下馬先進物の段
小住太夫/寛太郎
腰元おかる文使いの段
希太夫/清馗
殿中刃傷の段
呂勢太夫/清治
裏門の段
睦太夫/勝平
四段目
花籠の段
文字久太夫改め豊竹藤太夫/團七
塩谷判官切腹の段
切:咲太夫/燕三
城明渡しの段
碩太夫/清允
◎人形
勘十郎・和生・玉輝・文司・玉佳・簑助・玉男ほか
国立文楽劇場では「仮名手本忠臣蔵」を今年、春夏秋3季に分けて全段通し上演する。
2年半前の国立劇場での全段通しは2部構成1日公演だったが、今回は時間をかける分、国立文楽劇場としては初演となるの場面(桃井館力弥使者の段)の上演など、全段通しにふさわしく細部も忠実に公演するのは、本場大阪の矜持を感じて嬉しい。
Ⅰ部は全11段中大序から四段目・城明け渡しまで。
やはりこの最後の段は特別に厳粛だ。人の死がかくも丁寧・荘重に描かれる芝居は他に例がないのではないか?
主人の無念の切腹を受け、明け渡した城を後にする由良助は万感を胸に秘め、その想いは延々三味線だけで表されるが、最後に太夫が一声大きく「『はつた』と睨んで」と城を振り返る由良助の思いを叫んで幕となる。
心憎い幕切れである。全体として、この話は、口にできぬ人の思いを阿吽の呼吸や腹で探り、受け止め、あるいは命に変えて伝えんとする、激しい情の交錯が見所だ。そのように受け止める時に、時代を超えて今にも通づる人の情けの美しさが胸を打つのだろう。
この後の段も楽しみだが果たして大阪まで遠征できるか。
余談:たこ焼き屋の隣の劇場はとてもナショナル・シアターとも思えぬ気取りの無さ。この味わいが嬉しいや。
2019年4月7日日曜日
東京・春・音楽祭-2019-歌劇「さまよえるオランダ人」
2019-04-07 @東京文化会館
ダーヴィト・アフカム:指揮
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
ブリン・ターフェル:オランダ人(バス・バリトン)
イェンス=エリック・オースボー:ダーラント(バス)
リカルダ・メルベート:ゼンタ(ソプラノ)
ペーター・ザイフェルト:エリック(テノール)
アウラ・ツワロフスカ:マリー(メゾ・ソプラノ)
コスミン・イフリム:舵手(テノール)
ほか
ワーグナー:オペラ「さまよえるオランダ人」
演奏会形式
全3幕〈ドイツ語上演/字幕・映像付き〉
予定上演時間:約2時間45分
第Ⅰ幕50分
--休憩30分--
第Ⅱ幕・第Ⅲ幕85分
帰宅後も頭の中はオランダ人の動機が鳴り止まない。
ブリン・ターフェル(オランダ人)やピーター・ザイフェルト(エリック)もワーグナー物の映像でよく観ているが生では聴いたことがなかった。
舞台に接したのはリカルダ・メルベート(ゼンタ)だけで、彼女は新国立劇場で「ジークフリート」(ブリュンヒルデ)、「ばらの騎士」(元帥夫人)、「フィデリオ」(レオノーレ)を観ている。いわばおなじみ様で好感度の高いソプラノだ。彼女の歌をまたもや聴けるのが、「オランダ人」の一番の楽しみだった。
が、幕が上がってみると、やはりみんな世界一流のワーグナー歌手である。彼女だけでなくターフェル、ザイフェルト、そして急遽の代役で登場したオースボーも全員素晴らしいので、当たり前とはいえ、期待以上で驚いた。
加えて席にも恵まれた。なにしろ、5列目のセンターだ。
新国立劇場では最前列で聴いたこともあるが、今回は、演奏会形式なのでピットがない分舞台が近い。10mと離れていなかっただろう。歌手の微かな息音まで明瞭に聴き取れる一方、人間トランペットか人間トロンボーンかと思うくらいの特大声量は耳を劈(つんざ)くようでもある。
N響も合唱も期待以上の出来だ。
オケの演奏は一桁列では聴きたくないなあと、この点に関しては選んだ席に不安があったが杞憂だった。奥行きを持たせた舞台のせいもあったかもしれないが、さすがのN響は弦もきれいな響きを聴かせた。
クライマックスの終幕が、音楽的にもとりわけ迫力があった。オケ、合唱、声楽独唱陣がいやが上にも不安や焦燥を掻き立て、ついには救済の安息へ。いやはやこんなに凄い舞台になるとは予想外。
これまで映像ディスクでの鑑賞はしていたが、イマイチ入魂できずにいた「オランダ人」。
筋はともかく若いワーグナーの分かりやすい音楽がとても親しめたのも収穫なり。
♪2019-44/♪東京文化会館-04
ダーヴィト・アフカム:指揮
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
ブリン・ターフェル:オランダ人(バス・バリトン)
イェンス=エリック・オースボー:ダーラント(バス)
リカルダ・メルベート:ゼンタ(ソプラノ)
ペーター・ザイフェルト:エリック(テノール)
アウラ・ツワロフスカ:マリー(メゾ・ソプラノ)
コスミン・イフリム:舵手(テノール)
ほか
ワーグナー:オペラ「さまよえるオランダ人」
演奏会形式
全3幕〈ドイツ語上演/字幕・映像付き〉
予定上演時間:約2時間45分
第Ⅰ幕50分
--休憩30分--
第Ⅱ幕・第Ⅲ幕85分
帰宅後も頭の中はオランダ人の動機が鳴り止まない。
ブリン・ターフェル(オランダ人)やピーター・ザイフェルト(エリック)もワーグナー物の映像でよく観ているが生では聴いたことがなかった。
舞台に接したのはリカルダ・メルベート(ゼンタ)だけで、彼女は新国立劇場で「ジークフリート」(ブリュンヒルデ)、「ばらの騎士」(元帥夫人)、「フィデリオ」(レオノーレ)を観ている。いわばおなじみ様で好感度の高いソプラノだ。彼女の歌をまたもや聴けるのが、「オランダ人」の一番の楽しみだった。
が、幕が上がってみると、やはりみんな世界一流のワーグナー歌手である。彼女だけでなくターフェル、ザイフェルト、そして急遽の代役で登場したオースボーも全員素晴らしいので、当たり前とはいえ、期待以上で驚いた。
加えて席にも恵まれた。なにしろ、5列目のセンターだ。
新国立劇場では最前列で聴いたこともあるが、今回は、演奏会形式なのでピットがない分舞台が近い。10mと離れていなかっただろう。歌手の微かな息音まで明瞭に聴き取れる一方、人間トランペットか人間トロンボーンかと思うくらいの特大声量は耳を劈(つんざ)くようでもある。
N響も合唱も期待以上の出来だ。
オケの演奏は一桁列では聴きたくないなあと、この点に関しては選んだ席に不安があったが杞憂だった。奥行きを持たせた舞台のせいもあったかもしれないが、さすがのN響は弦もきれいな響きを聴かせた。
クライマックスの終幕が、音楽的にもとりわけ迫力があった。オケ、合唱、声楽独唱陣がいやが上にも不安や焦燥を掻き立て、ついには救済の安息へ。いやはやこんなに凄い舞台になるとは予想外。
これまで映像ディスクでの鑑賞はしていたが、イマイチ入魂できずにいた「オランダ人」。
筋はともかく若いワーグナーの分かりやすい音楽がとても親しめたのも収穫なり。
♪2019-44/♪東京文化会館-04



























