2015年11月6日金曜日

11月歌舞伎公演「通し狂言 神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」

2015-11-06 @国立劇場


平成27年度(第70回)文化庁芸術祭協賛
福内鬼外=作
通し狂言 神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)
  四幕       
  国立劇場美術係=美術
        
 序  幕  東海道焼餅坂の場
 二幕目  由良兵庫之助新邸の場
 三幕目  生麦村道念庵室の場
 大  詰  頓兵衛住家の場

 中村吉右衛門⇒由良兵庫之助信忠
 中村歌六⇒江田判官景連/渡守頓兵衛
 中村又五郎⇒南瀬六郎宗澄
 中村歌昇
 中村種之助
 中村米吉
 嵐橘三郎
 大谷桂三
 中村錦之助⇒竹澤監物秀時/新田義興の霊
 中村芝雀⇒新田の御台所筑波御前/頓兵衛娘お舟
 中村東蔵⇒兵庫之助妻湊
         ほか


こういう演目が歌舞伎にあるとは全く知らなかったが、作者は福内鬼外(ふくうちきがい)というふざけたようなペンネームを名乗った本邦のダ・ヴィンチとも言えるか?平賀源内だそうだ。

まことに才能溢れているというか、器用というか、驚くほど多方面に業績を残しているとは聞いていたが、人形浄瑠璃の作家でもあったとは驚き。

他にも8作が伝わっているというが、実際に今も上演されるのは「神霊矢口渡」だけらしい。

本作も最初は人形浄瑠璃で、そのほぼ四半世紀後に歌舞伎に移された。今回の国立劇場の通し狂言版では(解説に両者の異同については触れてなかったが)、多分、人形浄瑠璃の構成をほとんどそのままに再構成したのではないか。

歌舞伎での初演時は今回の幕でいえば二幕目(由良兵庫之助新邸の場)が中心で、大詰め(頓兵衛住家の場)は上演されなかったが、今日ではもっぱら頓兵衛住家の場が上演されるのみで、今回の二幕目の上演はなんと100年ぶりだというし、序幕は109年ぶり、三幕目は119年ぶりだという。

さすがに国立劇場ではある。
内容はともかく、温故知新も大切な仕事だ。


当然に初めて鑑賞する演目だ。
主役である?由良兵庫之助(吉右衛門)が登場するのは二幕目だけで、その後は名前すら出てこない。この幕で完全に自己完結している。

三幕目は閑話休題といったところで、大詰めの「頓兵衛住家の場」で一挙にドラマチックな展開と終幕になる。
ここでは主役は極悪非道の頓兵衛(歌六)とその娘お舟(芝雀)だ。由良之助の影も形もない。

この二幕目と四幕目を同時に演じ、観るというのは役者にもお客にもかなりエネルギーが必要だ。それでどちらかを中心に据え片方は除け者にされた。どちらがいいか、は演じた役者の持ち味にもよるだろうし、時代によって物語の好みが変わっていったとも言えるのではないか。

とはいえ、新田家の再興という筋を底辺に、一応、全幕話は繋がっているので、観ていて混乱もないし、それぞれの場がそれぞれに面白い。


初代吉右衛門以来100年ぶりに当代吉右衛門が演じた由良之助は悲愴な計画を胸に秘め、忠臣を殺し、我が子の首を刎ね、妻(東蔵)に詰られながらの高笑いがやがて慟哭に変わる芝居の迫力は胸に迫るものがあった。

もう一組の主役、歌六と芝雀の親子の悲劇も実に興味深い物語だ。両人とも入魂の芝居だったと思うが、特に芝雀が、恋してしまった父の敵方でもある若武者を無事に逃そうとして瀕死の身体で太鼓を打とうとして(打てば追手仲間に対する<若武者を捕まえた>という合図になり、深追いを食い止められるから。)、なかなか打てない緊迫感には手に汗握ってしまった。

悲劇だけではなく、喜劇的要素も随所に織り込まれ、笑いもあり、どの幕も楽しめる盛り沢山な芝居だった。

200年余の伝統に注文付けてもしかたがないけど、由良之助が大詰めにも顔を出すような脚色をすればまとまりが良かったのにと思うが、歌舞伎の筋立てって、筋が通らないのが多いものな。


♪2015-109/♪国立劇場-05