2019年10月11日金曜日

新日本フィル:#26ルビー<アフタヌーン コンサート・シリーズ>

2019-10-11 @すみだトリフォニーホール


上岡敏之:指揮
新日本フィルハーモニー交響楽団

シューベルト:交響曲第2番変ロ長調 D125
シューベルト:交響曲第3番ニ長調 D200
バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz. 116

今季の新日本フィルはシューベルト交響曲を全曲やるみたいで、9月4番、今回2・3番、来月1番、2月5番、7月8番。これに他の定期を合わせて全曲完成だ。
先月の4番も聴く機会が少ないく、圧倒的に5番以降が多い。
昔のことは記憶もいい加減だが、今日の2・3番は初聴きだったかも。

弦編成は10型という珍しい小規模。
2曲ともシューベルト17〜8歳頃の作品で、その頃ハイドンもモツも亡くなっており、ベートーベンを聴いていたはずだが、作風はハイドンに少し情緒をまぶしサロン音楽のような軽めの仕上がりだ。

これらの対比でバルトークが一層面白かった。
弦楽器の編成が14型(第1バイオリンが14人)に拡がって音の厚みが違う。

管弦楽のための協奏曲というだけあって、特に管楽器の出番が多い。技術的にも演奏が難しいようだ。
そこを、このオケのメンバーは難なくこなして面白い。
弦と管との混ざり合う響きも良い具合で、いつも上岡マジックに乗せられたようで、感心してしまう。

オマケにこのホール、響きが良いのが難点かも!


♪2019-154/♪すみだトリフォニーホール-03

2019年10月7日月曜日

東京都交響楽団 第888回 定期演奏会Aシリーズ

2019-10-07 @東京文化会館


マルク・ミンコフスキ:指揮
東京都交響楽団

シューマン:交響曲第4番ニ短調 op.120(1841年初稿版) 
チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調 op.74《悲愴》

シューマンは程よく纏まって好感。
チャイコフスキーは緩急強弱のメリハリ付けて暴力的な位の怒濤の悲愴でガサついて煩いがともかく醜女の深情けに押し倒された感じ。
ホルンのミュート?朝顔が割れているのかと思ったよ。

ところで第3楽章が終わると拍手したくなる。
今夏、仙台フィルの第3楽章単独演奏を聴いて以来そういう衝動に駆られる(その日の演奏会では、アンコールに「悲愴」の第3楽章だけを演奏したので、その楽章の終わり=曲の終わりということで、その日集まった観客はおそらく初めて第3楽章の終わりに拍手をする経験をした。これが案外快感であった。)。
第3楽章以外の残る3楽章はいずれも元気なく終わるのでどうも拍手に馴染みにくいが第3楽章の勇壮な終わり方はここでこそ、大向こうを聞きたい・聞かせたいという唯一のポイントだから。

♪2019-153/♪東京文化会館-08

10月歌舞伎公演「通し狂言 天竺徳兵衛韓噺」

2019-10-07 @国立劇場


天竺徳兵衛/座頭徳市/斯波左衛門⇒中村芝翫
梅津掃部⇒中村又五郎
梅津奥方葛城⇒市川高麗蔵
山名時五郎/奴鹿蔵⇒中村歌昇
下部磯平⇒大谷廣太郎
銀杏の前⇒中村米吉
佐々木桂之介⇒中村橋之助
侍女袖垣⇒中村梅花
石割源吾/笹野才造⇒中村松江
吉岡宗観/細川政元⇒坂東彌十郎
宗観妻夕浪⇒中村東蔵
          ほか

四世鶴屋南北=作
国立劇場文芸研究会=補綴
通し狂言「天竺徳兵衛韓噺」(てんじくとくべえいこくばなし)
 三幕六場
 国立劇場美術係=美術

序幕  北野天満宮鳥居前の場
   同         別当所広間の場
二幕目 吉岡宗観邸の場
   同         裏手水門の場
大詰  梅津掃部館の場
   同         奥座敷庭先の場

国立劇場での通し狂言としては20年ぶりだそうだが、17年前に猿之助の「天竺徳兵衛新噺」(明治座)を観ていたので、変だなと思ったが、よく読めば「韓噺〜いこくばなし」と「新噺〜いまようばなし」との違いがある。

今回のは「いまよう」ではないのだから、古くからある噺で本家なのだろう。

大蝦蟇が出てきたり妖術を使ったりと外連味たっぷりの娯楽作とはいえ、猿之助と芝翫ではだいぶキャラが違う。

たまたま両方の舞台に異なる役で出ている米吉も二つの演目は噺が違うとプログラムに書いているが、その違いはもはや思い出せず、猿之助版の方が遥かに面白かったことは思い出しながら芝翫版を観たのでイマイチ気合が入らなかった。



♪2019-152/♪国立劇場-13

2019年10月6日日曜日

東京二期会オペラ「蝶々夫人」

2019-10-06 @東京文化会館


指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:宮本亜門
装置:ボリス・クドルチカ
衣裳:髙田賢三
照明:マルク・ハインツ
映像:バルテック・マシス 
合唱指揮:河原哲也
演出助手:澤田康子/島田彌六
舞台監督:村田健輔
公演監督:大島幾雄

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団

蝶々夫人⇒大村博美
スズキ⇒花房英里子
ケート⇒田崎美香
ピンカートン⇒小原啓楼
シャープレス⇒久保和範
ゴロー⇒高田正人
ヤマドリ⇒大川博
ボンゾ⇒三戸大久
神官⇒白岩洵

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」
全3幕〈イタリア語上演/字幕付〉

予定上演時間:約2時間45分
第Ⅰ幕 55分
 --休憩25分--
第Ⅱ幕、第Ⅲ幕 85分

宮本亜門新演出の二期会公演。
大村博美への期待と新演出の不安は外れなかった。

今年4回目の「蝶々夫人」でいずれも其々に楽しんだが、大村・蝶々こそ今年の「蝶々」のシメにふさわしかった。

一方で、宮本亜門の新演出*は観客の気を散らせた。
終始、物語の傍観者であるが、物語に絡みようのない無言の青年の存在はドラマ没入の邪魔でしかなかった。

また、えらく簡素な舞台で、作り物はスカスカの小屋ひとつ。
場面切り替えはカーテンに映像投射のみ。
その結果、声の反射板になるべき装置がないので、歌唱は迫力に欠けた。これでは客席後方や上層階には十分届かなかったのではないか。
僕は1階前方中央という好位置だったが、それでも物足りなかった。そんな悪条件の下でもひとり大村博美の群を抜く声量がハンデを跳ね返していたのは凄い。

また、彼女の演技力にも唸った。2幕の最後、オケがゆったりと伴奏する中、夫ピンカートンの帰国3年後に、蝶々さんの想いが叶ってピンカートン一行(気の毒なことにアメリカの本妻を随行して。)が家を訪ねてくる前夜。
セリフも歌もなく、万感の思いを胸に、ひたすら夜明けを待つ場面。大村の目は真っ赤に充血し、大粒の涙が頬を伝う。もう、なり切っている!確かに18歳の蝶々さんがそこに居た。それを見て心揺さぶられない者はいないだろう。

人種差別、女性蔑視などの問題を含んだ「蝶々夫人」だが、初演後115年を経た今なお観客の胸を打つのは美しい音楽のせいだけではなく、蝶々さんの純粋な生き方(ある意味、サムライの凛々しさがある。)は古今東西を問わず普遍的な美しさがあるからだろう。


*蝶々さんとピンカートンの間にできた子供は蝶々さんの死後ピンカートンに引き取られ、アメリカで育つ…までは原作どおり。新演出は、アメリカに帰国後30年の現在、ピンカートンは死を迎え、今32歳となった青年(蝶々さんの遺児)が残された父の手紙によって初めて両親のラブストーリーを知る、という内容に膨らませてあり、冒頭にこの事情を示す寸劇が演じられ、本編から終幕までずっと青年は舞台のどこかから両親の出会いから蝶々さんの自決までの3年間の出来事を覗き見ているという仕掛け。

♪2019-151/♪東京文化会館-07

2019年10月5日土曜日

N響第1921回 定期公演 Aプログラム

2019-10-05 @NHKホール


井上道義:指揮
NHK交響楽団

植松透、 久保昌一:ティンパニ*

フィリップ・グラス: 2人のティンパニストと管弦楽のための協奏的幻想曲*
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調 作品103「1905年」

普段は舞台奥に1人で鎮座するティンパニ奏者だが、今日は2人が指揮者を挟んで舞台の前方で各7台ずつのティムパニを演奏した。その様は俵屋宗達の「風神雷神図」ならぬ「雷神雷神図」の如し。

グラスの音楽はいわゆるミニマル音楽。これって抵抗あるけど今日のはティンパニストのパフォーマンスとそれを引き立てるN響の底力を感じて楽しめた。

後半の大曲は指揮の井上道義が<聴かなきゃ損だよ…>みたいなSNS宣伝をしていたが、ホンニこれは聴かなきゃ損の上出来だった。
先週の井上指揮日フィルも目の覚める様な怪演だったが、今日のN響コンビは一段と良かった。

弦の編成は18型(チェロの人数が分からなかったが、コンバスは10本。)に3管編成という滅多にない超特大だが、井上師は隅々まで細かく手を入れたのだろう、見事なアンサンブルを聴かせた。

ショスタコーヴィチの交響曲は、お仕着せ定期で平均3月弱に1回は聴いている勘定だが11番は初めて。
ロシア革命を描いている様だが、それにしては全体が随分と穏やかな調子で5番とはえらい違い。特に終楽章のEホルンには哀調が漂って美しい。

終演後井上は得意満面。この辺が幾つになっても子供っぽい彼のキャラだ。客席も舞台も暖かい気持ちに包まれてお得感いっぱいのコンサートだった。

2019-150/♪NHKホール-06

2019年10月4日金曜日

令和元年度(第74回)文化庁芸術祭協賛 国立演芸場開場四十周年記念10月上席

2019-10-04@国立演芸場


落語            春風亭昇吾⇒本膳
漫才            カントリーズ
落語            三遊亭遊馬⇒酢豆腐
曲独楽         やなぎ南玉
落語            桂伸乃介⇒千早ふる
  ―仲入り―
講談            神田紫⇒山内一豊の妻
落語            桂南なん⇒壺算
音曲            桂小すみ
落語            三遊亭円遊⇒三軒長屋

前半最悪。
漫才のカントリーズなど舞台に立つのが10年早い。

初聴きの音曲桂小すみが良かった。三味線もうまいが喉がいい。健康的で色っぽい。

トリの円遊は流石に味がある。早口なので聴き取りにくいのが残念だが、長年かけて築き上げた枯れた芸を感ずる。

♪2019-149/♪国立演芸場-13

2019年10月3日木曜日

新国立劇場オペラ「エウゲニ・オネーギン」

2019-10-03 @新国立劇場


指揮:アンドリー・ユルケヴィチ
演出:ドミトリー・ベルトマン
美術:イゴール・ネツィニー
衣裳:タチアーナ・トゥルビエワ
照明:デニス・エニュコフ
振付:エドワルド・スミルノフ
演出助手:ガリーナ・ティマコーワ

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

合唱:新国立劇場合唱団

タチヤーナ⇒エフゲニア・ムラーヴェワ
オネーギン⇒ワシリー・ラデューク
レンスキー⇒パーヴェル・コルガーティン
オリガ⇒鳥木弥生
グレーミン公爵⇒アレクセイ・ティホミーロフ
ラーリナ⇒森山京子
フィリッピエヴナ⇒竹本節子
ザレツキー⇒成田博之
トリケ⇒升島唯博
ほか

チャイコフスキー:歌劇「エウゲニ・オネーギン」
全3幕〈ロシア語上演/字幕付〉

予定上演時間:約3時間5分
第Ⅰ幕〜第Ⅱ幕1場
 95分
 --休憩30分--
第Ⅱ幕2場〜第Ⅲ幕
 60分

歌唱もオケも均整のとれた美術もよし。特に海外勢(全員ロシア出身で重要な役だから当然かも)には好感。
タチヤーナ役のムラーヴェワは写真よりずっと美形。その為か田舎娘には見えないが。
オネーギンが真っ当な青年として描かれていた。
これは正しいと思う。演出によってはひどく悪意のある人間に描かれることもある。
オリガの存在が軽かったのでオネーギンが執拗にダンスをするのもレンスキーの自滅にも説得力やや不足。
決闘場面の演出は某氏が登場する必要はあるのか疑問など演出面では注文を付けたい場面あり。

そもそも、主要登場人物はオリガ14歳、タチヤーナ16歳、レンスキー18歳、オネーギン22歳頃の未熟な若者達。
彼らの、のぼせ恋愛、失恋、虚無、嫉妬の物語に付いてゆけず、演者の役との年齢乖離になお感情移入できない。
それで、醒めた目で観ていたが、作品としてはきれいに整ってこれはこれでありかと思った。

♪2019-148/♪新国立劇場-10