2018年2月19日月曜日

人形浄瑠璃文楽平成30年2月公演 第3部「女殺油地獄」

2018-02-19 @国立劇場



近松門左衛門=作
女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)
 ●徳庵堤の段
  豊竹靖太夫⇒与兵衛
  豊竹希太夫⇒お吉(きち)/小菊
  竹本小住太夫⇒七左衛門/森右衛門/大尽蠟九
  豊竹亘太夫⇒小栗八弥/弥五郎
  竹本碩太夫⇒お清/花車 
 ●河内屋内の段
口 豊竹咲寿太夫
  竹沢團吾
奥 竹本津駒太夫
  鶴澤清友
 ●豊島屋油店の段(てしまやあぶらみせのだん)
  豊竹呂太夫
  鶴澤清介
 ●同 逮夜の段
  豊竹呂勢太夫
  竹澤宗助
  
 ◎人形
  吉田和生*⇒豊島屋女房お吉
  吉田簑之⇒豊島屋姉娘お清
  桐竹勘昇⇒茶屋の亭主
  吉田玉男⇒河内屋与兵衛
  吉田簑太郎⇒小栗八弥
  吉田玉輝⇒山本森右衛門
  吉田玉志⇒豊島屋七左衛門
  吉田玉也⇒河内屋徳兵衛
  吉田勘彌⇒徳兵衛女房お沢
  吉田幸助⇒河内屋太兵衛
  吉田簑助*⇒与兵衛の妹おかち
  吉田玉誉⇒綿屋小兵衛
          ほか(*は人間国宝)

2月公演の第3部は、一番楽しみの「女殺油地獄」だ。
僕が初めてこの作品を観たのは歌舞伎版で40年近く昔の事、国立劇場だった。多分、当時の片岡孝夫、現・15代仁左衛門の与兵衛だったように微かに記憶しているが、何にも記録していないので勘違いかもしれない。とにかく、その時に受けたインパクトは大きくて「豊島屋油店の場(段)」というタイトルはとっくに忘れていたがあの油まみれで舞台を滑りながらの刃傷沙汰は忘れられない。

その後、歌舞伎でも見る機会がなかったが、ようやく文楽の形で再見が叶うことになったが、一体、人形であの殺しの場面をどう表現するのかというところが興味深い。

久しぶりに(と言っても文楽としては初見だが)この演目を観ると4つの段はそれぞれによくできている。面白い。それは、3段目に大きな山場があることが分かっているから、今の出来事、人間関係がどう絡み合って愁嘆場を迎えることになるのかという関心が人形や語りに集中させてくれるからだろう。
そして、主役の与兵衛のキャラクターがいい。番頭上がりで主人亡き後婿養子に入った継父の河内屋徳兵衛が元の主人の実子である与兵衛には厳しく処すことができず、いわば甘やかし放題の結果、放蕩息子になってしまっているのだが、近松のほかの世話物(例:心中物)などでも登場する男たちはだらしのない情けない男ばかりだが、彼らにはどこか憎めないところがある。しかし、この「女殺油地獄」の河内屋与兵衛はもう徹底的な悪党で寸毫も同情の余地はない。さりとて大きなことができるほどの器量もないただの出来損ないの小悪党だ。継父や実母や豊島屋の女房お吉などの思いやりはまるで素通りして親も打擲するわ、最後に借金返済のために人殺しをして平然としている。
このようなキャラクター設定が、他の近松作品や文楽作品にも登場するのかどうか浅学のため知らないが、おそらくユニークな人物だろう。そう言えば、歌舞伎「霊験亀山鉾」(鶴屋南北作)の藤田水右衛門が近いか。でもこちらは侍だ。与兵衛は本来なら義理や人情で思いやりを交わしながら暮らしを営む市井の人物なのだからやはり、とんだ精神的畸形といえる。

この性悪が悪さの限りを尽くすことで、観ている観客も一切何らの同情心も湧かず、突き放してみることができるところがある意味痛快でもある。

さて、件(くだん)の「豊島屋油店の段」での殺人だが、豊島屋の亭主の留守に女房お吉に金の無心。断られて持参していた脇差しをお吉に突き立て、斬り掛かり、断末魔のお吉が苦し紛れに店の油を与兵衛に投げつける。床は油とお吉の血だらけとなる…が、もちろん文楽の舞台は想像するだけだが。その床で与兵衛もツツーっと滑り、逃げるお吉もツツーっと滑り、なかなか身体が互いに思うに任せず。やがては動かなくなったお吉を「『南無阿弥陀仏』と引き寄せて右手(めて)より左手(ゆんで)の太腹へ、刺いては刳り抜いては切…息絶えたり」。
戸棚から金を盗んでその逃走中、脇差しを栴檀木橋から川へ捨てた…と太夫の語り。

まったくの余談だけど、かつての大阪勤務時代にこの粋な名前の橋は何度も渡った。北浜から中之島の図書館へ行くには土佐堀川に架かるこの橋を渡らなくてはならない。江戸時代初期に架けられた当時は橋の袂に栴檀の大木があったことから名づけられたそうだ。当然その頃は木橋だ。景勝地区にあって、橋もきれいだった。今ではもっと整備されて中之島公園と一体になっているのだろう。

今から400年ほど前の5月端午の節句の夜、河内屋与兵衛は血糊がべっとり付いた脇差しをこの橋から土佐堀川に捨てたのだ…と思うと、ロマンチックでなくなるな。
なお、実際にこのような事件があったらしい…とされている。

観応え、聴き応え十分な作品であった。

♪2018-022/♪国立劇場-04