2017年9月4日月曜日

人形浄瑠璃文楽平成29年9月公演 第一部「生写朝顔話」

2017-09-04 @国立劇場


●生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)
 宇治川蛍狩りの段
 明石浦船別れの段
 浜松小屋の段
 嶋田宿笑い薬の段
 宿屋の段
 大井川の段

豊竹咲太夫
竹本津駒太夫
豊竹呂勢太夫
鶴澤寛治
鶴澤清治
吉田簑助
吉田和生
吉田玉男
桐竹勘壽
桐竹勘十郎
 ほか

オリジナルは全五段構成らしいが、今日演じられたのは全六段だ。尤もこの場合の「段」は「幕」とか「場」の意味も兼ねているらしい。なので、六段合わせてもオリジナルには不足の場があるようだが詳しいことは分からない。
今回はヒロインである「深雪(盲いて後に「朝顔」)」を中心に構成したと解説してあったが、初見にもかかわらず、そのお陰で実に分かりやすく、また、どの段も趣向は異なるがそれぞれに面白い。文楽を初めて観る人でも十分楽しめるだろう。

武家の娘、深雪は16~7歳。美しいだけでなく詩歌管弦の嗜みもある。
宇治川の船遊びで酔客に狼藉されかかった折、近くで蛍狩りをしていた若い武士阿曾次郎に助けられるが、そこで互いは惚れあってしまう。
中でも深雪のぞっこんぶりが武家の娘としては不自然なくらいはしたなくさえあるのだけど、このような強力なキャラクター設定こそが、その後の激変のドラマを引っ張るエネルギーになっていることにやがて納得できる。
納得できるということは既に観客が彼女に感情移入できているということであり、その健気さ、いじらしさに哀れを誘われ、時に胸に迫るものがある。

やむをえず、離ればなれに出立した阿曾次郎と深雪は、偶然互いに異なる船旅同士で再び出会うが、喜びもつかの間、嵐が2人を隔ててしまう。
それでも、深雪は阿曾次郎に会いたさ一途に大胆にも家出して1人で阿曾次郎を追うが、か細い若い娘のひとり旅の苦労と悲痛が深雪の視力を奪うことになる。

瞽女となった深雪は嶋田の宿で朝顔と名乗り、泊まり客の求めに応じて三味線や琴を聴かせて生業としていた。そこに偶然宿をとった阿曾次郎は、部屋の衝立に宇治川で別れる際に深雪に与えた扇に記した朝顔の歌が貼り付けてあるのを見てもしやと思い、宿の亭主・徳右衛門に質して「朝顔」と言う名の瞽女を座敷に呼び琴を所望した。
阿曾次郎は既に駒澤家の家督を継いで駒澤次郎左衛門と改名をしており、朝顔にはその名で紹介される。朝顔に探し求めていた次郎左衛門(阿曾次郎)の顔は見えない。

阿曾次郎は、やつれたとはいえ朝顔のその顔、声、音曲にこと寄せる一途な恋心から、朝顔こそ深雪に相違なしと思うが、同僚の岩代(しかも、お家転覆を狙う悪党)の手前もあって、深く尋ねることができずまたもその場で別れざるを得なかった。

一方、深雪の方も、かの人こそ阿曾次郎様ではないかとの胸騒ぎから、再び、宿を訪れるが、時既に遅し。阿曾次郎一行は出立した後だった。

深雪は、髪振り乱し、裾の乱れもなんのその大井川の渡しまで、やっとの思いでたどり着いたが、嵐のために阿曾次郎を追うための次の船が出ない。

こうして、なんどか、再会、名乗り合う機会がありながらもことごとく果たせない運命に、遂に深雪は死を決するが、ここにきてようやくかつての部下や事情を知った徳右衛門らによって助けられ、ようように、文字どおり明るい展望が開けるのだった。

若い娘の一途な恋物語である。すれ違いの悲恋物語である。
あり得ないような激しい恋の物語だが、最初に書いたように、その健気さには心打たれてしまう。

ところで、この話には、「嶋田宿笑い薬の段」という変わった名前のエピソードが挟まれる。
所謂「チャリ場」で、滑稽なシーンだ。
阿曾次郎を亡き者にしようと企んでいる岩代は仲間の藪医者、萩の祐仙と図って、お茶と称して痺れ薬を飲ませようとするが、徳右衛門の機転で祐仙自らが笑い薬を飲んでしまい、笑い転げて計画は破綻する。

この場面で祐仙の人形を遣うのが桐竹勘十郎だ。
祐仙が茶を点てる作法は多少は省略してあるようだが、ほとんどホンモノのお点前どおり。自分では阿曾次郎に飲ませる痺れ薬のつもりだが、本当は笑い薬を点てているとはつゆ知らず、生真面目に茶を点てる仕草のおかしいこと。この場をいかついマスクの桐竹勘十郎が演ずるから余計におかしい。

そして、毒味だと言って自らは痺れ薬用の解毒剤をこっそり飲んでから痺れ薬(実は笑い薬)を飲んだものだから、もう、笑いが止まらず、苦しくて、七転八倒のありさま。観客も大いに笑う。
この段の語りは太夫最高格の咲太夫だった。
もちろんうまい。
しかし、こういうおかしな場面ではむしろ、咲甫太夫とか千歳太夫で聴きたかったな。

どの場面もホンに面白い。
浜松小屋の段では、畏れ多くも人間国宝3人(鶴澤清治・吉田簑助・吉田和生)の共演を楽しむことができる。

実に充実した文楽鑑賞であった。

♪2017-143/♪国立劇場-13