2018-02-01 @新国立劇場
秋元松代:作
いのうえひでのり:演出
堤真一⇒亀屋忠兵衛
宮沢りえ⇒遊女梅川
池田成志⇒傘屋与兵衛
小池栄子⇒傘屋お亀
市川猿弥⇒丹波屋八右衛門
立石涼子⇒亀屋後家妙閑
小野武彦⇒土屋平三郎
銀粉蝶⇒傘屋お今
近松心中物語
近松の「冥途の飛脚」を中心に他の近松作品からも登場人物などを借用して改作したものらしい。
「冥途の飛脚」は近松の没後半世紀を経て他人の手によって「傾城恋飛脚」(その歌舞伎版「恋飛脚大和往来」もあり。)としても上演されてこんにちに至る。
「傾城恋飛脚」は「冥途の飛脚」が話の組立てが単純で、心中一直線であるために、これをもっと膨らませたもので、今回の「近松心中物語」も同趣旨に出たものだろう。
ただ、「冥途の飛脚」も「傾城恋飛脚」(新口村の段)も文楽で観ていて、多少筋書きは頭に入っていたが、この2本でさえごっちゃになるのに今回の大いに膨らませた筋で、ますますこんがらがってしまった。
が、新作と思えば(いや、事実新作なのだけど)なかなか面白かった。やはり、梅川(宮沢りえ)と忠兵衛(堤真一)だけだと、話に起伏が不足する。与兵衛(池田成志)とその女房お亀(小池栄子)の妙な夫婦が梅川・忠兵衛の本筋に並行して、時に絡んで描かれることで、物語の振幅が大きくなった。
終盤は2組の若い男女のいずれもが死の道行き。
4人共知恵が足らない。バカな生き方。とりわけ、2人の男が情けない。そのつまらない男に縋って自らも命を縮める女2人がバカとはいえ哀れ。しかし、ギリギリまで追い詰められ、この道しか無いと選んだ死の道行きは壮絶で美しいとも言える。愛の極致とも思える…からこそ、死を選んだ自分を納得させるのだろうな。
宮沢りえは前に野田マップ「キャラクター」を観て、不思議な存在感を感じたが、今回も同様。梅川の役はハマっていた。原作では梅川・忠兵衛は生きて捕縛されるが、この作品では心中する(だから「近松心中物語」?)。雪が降りしきる真っ白な舞台で着物の帯を解き真っ赤な長襦袢姿の梅川が忠兵衛に真っ赤な腰紐で首を絞められて絶命するシーンは絵としても美しい。この儚げな薄幸の遊女が宮沢りえにはよく似合う。
一方、喜劇部分を担うのが、与兵衛とお亀だが、この2人は死に様まで滑稽だ。特に小池栄子がいい。演技力がどうこうは分からないが、馬力がある。求心力がある。お亀は梅川とは好対照の人物像だが、役者としても宮沢りえに引けを取らない良いバランスをキープしていたように思う。
♪2018-014/♪新国立劇場-02
2018年2月1日木曜日
二月大歌舞伎 昼の部
2018-02-01 @歌舞伎座
一、春駒祝高麗(はるこまいわいのこうらい)
工藤祐経⇒梅玉
曽我五郎⇒芝翫
大磯の虎⇒梅枝
喜瀬川亀鶴⇒梅丸
化粧坂少将⇒米吉
曽我十郎⇒錦之助
小林朝比奈⇒又五郎
二、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
檜垣/奥殿
一條大蔵長成⇒染五郎改め幸四郎
常盤御前⇒時蔵
お京⇒孝太郎
吉岡鬼次郎⇒松緑
茶亭与市⇒橘三郎
女小姓⇒宗之助
八剣勘解由⇒歌六
鳴瀬⇒秀太郎
三、歌舞伎十八番の内 暫(しばらく)
鎌倉権五郎⇒海老蔵
鹿島入道震斎⇒鴈治郎
那須九郎妹照葉⇒孝太郎
成田五郎⇒右團次
小金丸行綱⇒彦三郎
加茂三郎⇒坂東亀蔵
桂の前⇒尾上右近
大江正広⇒廣松
埴生五郎⇒弘太郎
荏原八郎⇒九團次
足柄左衛門⇒男女蔵
東金太郎⇒市蔵
局常盤木⇒齊入
宝木蔵人⇒家橘
加茂次郎⇒友右衛門
清原武衡⇒左團次
北條秀司作・演出
四、井伊大老(いいたいろう)
井伊大老⇒吉右衛門
お静の方⇒雀右衛門
昌子の方⇒高麗蔵
宇津木六之丞⇒吉之丞
老女雲の井⇒歌女之丞
仙英禅師⇒歌六
長野主膳⇒梅玉
高麗屋3代同時襲名披露公演の第2弾、と言っても3人が揃うのは夜の部で、これは3等席以下の切符が取れない。2等席といっても1万5千円だ。これなら日生劇場のS席に回したい。
昼は新・幸四郎が一条大蔵卿に出ただけで新・白鸚も新・染五郎も夜の部だけだ。それに夜の部には高麗屋の3人以外に菊五郎、仁左衛門、玉三郎、猿之助、藤十郎などのスターが登場するので、昼のぶとは比べ物にならない豪華さだ。
昼夜の配役の偏りは大いに不満。
それで料金は同じなんだものなあ。
結局、昼の部だけではなく夜の部も観せようという商魂か。
いや、それだけではなく「仮名手本〜七段目」ではお軽勘平を偶数日と奇数日で、玉三郎+仁左衛門と菊之助+海老蔵というダブルキャストにして、よければ二度とも観てくださいという魂胆であるのが腹立たしい。
その高麗屋の貴重な出番「一條大蔵譚」では新・幸四郎の阿呆ぶりはもっとハジけたかった。この芝居は何回か観ているが、誰が演っても無理があって、面白いと感じたことはない。大義のために阿呆なふりをしているが、ここ一番では正気に戻ってかっこよく見せ問題が片付くとまた阿呆に戻るのだが(もう、戻る必要はないのではないか、という気がしてならないのだけど。)、こういう変化はなんかお客を喜ばせるにはとても安易でどうも気分が乗れない。
ま、ここぞというところで、一條大蔵卿が孔雀の羽を広げるように豪華な衣裳を見せて見得を切るというところが、歌舞伎の華々しいところで、これはこれでいいのだろうけど。
「暫」は前に七之助の「女暫」を観たが、本家?は今日が始めて。海老蔵がさすがの貫禄。長い刀を振り回して大勢の首を跳ねるところは「女暫」で経験していたが、面白い。
「井伊大老」はえらく地味な科白劇だが、2幕途中から登場する吉右衞門と雀右衛門のシットリ芸がいい。
♪2018-013/♪歌舞伎座-01
一、春駒祝高麗(はるこまいわいのこうらい)
工藤祐経⇒梅玉
曽我五郎⇒芝翫
大磯の虎⇒梅枝
喜瀬川亀鶴⇒梅丸
化粧坂少将⇒米吉
曽我十郎⇒錦之助
小林朝比奈⇒又五郎
二、一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
檜垣/奥殿
一條大蔵長成⇒染五郎改め幸四郎
常盤御前⇒時蔵
お京⇒孝太郎
吉岡鬼次郎⇒松緑
茶亭与市⇒橘三郎
女小姓⇒宗之助
八剣勘解由⇒歌六
鳴瀬⇒秀太郎
三、歌舞伎十八番の内 暫(しばらく)
鎌倉権五郎⇒海老蔵
鹿島入道震斎⇒鴈治郎
那須九郎妹照葉⇒孝太郎
成田五郎⇒右團次
小金丸行綱⇒彦三郎
加茂三郎⇒坂東亀蔵桂の前⇒尾上右近
大江正広⇒廣松
埴生五郎⇒弘太郎
荏原八郎⇒九團次
足柄左衛門⇒男女蔵
東金太郎⇒市蔵
局常盤木⇒齊入
宝木蔵人⇒家橘
加茂次郎⇒友右衛門
清原武衡⇒左團次
北條秀司作・演出
四、井伊大老(いいたいろう)
井伊大老⇒吉右衛門
お静の方⇒雀右衛門
昌子の方⇒高麗蔵
宇津木六之丞⇒吉之丞
老女雲の井⇒歌女之丞
仙英禅師⇒歌六
長野主膳⇒梅玉
高麗屋3代同時襲名披露公演の第2弾、と言っても3人が揃うのは夜の部で、これは3等席以下の切符が取れない。2等席といっても1万5千円だ。これなら日生劇場のS席に回したい。
昼は新・幸四郎が一条大蔵卿に出ただけで新・白鸚も新・染五郎も夜の部だけだ。それに夜の部には高麗屋の3人以外に菊五郎、仁左衛門、玉三郎、猿之助、藤十郎などのスターが登場するので、昼のぶとは比べ物にならない豪華さだ。
昼夜の配役の偏りは大いに不満。
それで料金は同じなんだものなあ。
結局、昼の部だけではなく夜の部も観せようという商魂か。
いや、それだけではなく「仮名手本〜七段目」ではお軽勘平を偶数日と奇数日で、玉三郎+仁左衛門と菊之助+海老蔵というダブルキャストにして、よければ二度とも観てくださいという魂胆であるのが腹立たしい。
ま、ここぞというところで、一條大蔵卿が孔雀の羽を広げるように豪華な衣裳を見せて見得を切るというところが、歌舞伎の華々しいところで、これはこれでいいのだろうけど。
「暫」は前に七之助の「女暫」を観たが、本家?は今日が始めて。海老蔵がさすがの貫禄。長い刀を振り回して大勢の首を跳ねるところは「女暫」で経験していたが、面白い。
「井伊大老」はえらく地味な科白劇だが、2幕途中から登場する吉右衞門と雀右衛門のシットリ芸がいい。
♪2018-013/♪歌舞伎座-01
2018年1月31日水曜日
みなとみらいクラシック・マチネ~ピアノと管楽器のための五重奏曲〜
2018-01-31 @みなとみらいホール
川井綾子:ピアノ*
古山真里江:オーボエ
齋藤雄介:クラリネット
鈴木一成:ファゴット
豊田実加:ホルン
ベートーベン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13*
ベートーベン:ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調 作品16
--------------
アンコール
モーツァルト:ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調 K452から第3楽章
ベートーベンの「ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調」は初聴きだった。
面白いのは、ベートーベンはこれをモーツァルトが同じ歳の頃に作曲した作品(「ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調」)と同じ編成・調性・構成でなぞるように作ったということだ。
アンコールでモーツァルトの同作品3楽章を聴けたのは良かった。
両者とも27歳頃の作品で若々しく陽性。それに両作品ともよく似た感じだ。最初からこれはベートーベンの作品だ、と分かっていて聴くとところどころそれらしい部分を発見できるけど、ことわり無しに聴いたら、どっちがどっちか分からなかったかも。
♪2018-012/♪みなとみらいホール-05
川井綾子:ピアノ*
古山真里江:オーボエ
齋藤雄介:クラリネット
鈴木一成:ファゴット
豊田実加:ホルン
ベートーベン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13*
ベートーベン:ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調 作品16
--------------
アンコール
モーツァルト:ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調 K452から第3楽章
ベートーベンの「ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調」は初聴きだった。
面白いのは、ベートーベンはこれをモーツァルトが同じ歳の頃に作曲した作品(「ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調」)と同じ編成・調性・構成でなぞるように作ったということだ。
アンコールでモーツァルトの同作品3楽章を聴けたのは良かった。
両者とも27歳頃の作品で若々しく陽性。それに両作品ともよく似た感じだ。最初からこれはベートーベンの作品だ、と分かっていて聴くとところどころそれらしい部分を発見できるけど、ことわり無しに聴いたら、どっちがどっちか分からなかったかも。
♪2018-012/♪みなとみらいホール-05
2018年1月27日土曜日
N響第1878回 定期公演 Aプログラム
2018-01-27 @みなとみらいホール
ピーター・ウンジャン:指揮
NHK交響楽団
弦楽四重奏*:セント・ローレンス弦楽四重奏団
女性合唱**:新国立劇場合唱団
ベートーベン:「エグモント」序曲
ジョン・アダムズ:アブソリュート・ジェスト(2011)*[日本初演]
ホルスト:組曲「惑星」作品32**
管の第一声はショボかったが続く弦のTuttiが厚い「エグモント序曲」。
ジョン・アダムズの日本初演作品はSQを独奏群にした協奏曲風。ベートーベン交響曲の断片を集めて面白い。
白眉は「惑星」。華やかな管弦楽技法に彩られた英国民謡風の美しい旋律と重厚な迫力。ま、この音楽はどこのオケが演ってもそれなりに楽しめるが、特別な意味でこれまでに聴いた中で印象深いのは2013年10月に神奈川フィル@みなとみらいホールでの演奏だ。
第7曲(最終曲)「神秘の神、海王星」では女声合唱(ヴォカリーズ)が入る。そして誠に神秘的に全曲を終えるのだが、その合唱団が舞台両端の上層部(客席のない3RA、3LAに相当するバルコニー)に位置して歌った。それはもう本当に天上界から降りてくる音楽そのものだった。とても感動的だった。
しかるに、今日のN響の演奏では合唱団は舞台裏に配置されて、靄がかかったようなコーラスだった。そもそもホルスとは女声合唱を舞台外に置くように指定しているらしい。これまでもバルコニーや舞台袖などに置かれるのを聴いたが、舞台後ろは初めてで、やはり声の通りが悪い。せめてオルガンステージで配置できなかったろうか。今日の「惑星」のオルガンはコンソールを舞台においての演奏だったのでオルガンスペースは十分空いていた。あるいは、3階席の後ろの方は自由席なので、ここを使う手もあった。
高い場所から降りてくる女性コーラスをクリアな音で聴きたかった。
♪2018-011/♪NHKホール-01
ピーター・ウンジャン:指揮
NHK交響楽団
弦楽四重奏*:セント・ローレンス弦楽四重奏団
女性合唱**:新国立劇場合唱団
ベートーベン:「エグモント」序曲
ジョン・アダムズ:アブソリュート・ジェスト(2011)*[日本初演]
ホルスト:組曲「惑星」作品32**
管の第一声はショボかったが続く弦のTuttiが厚い「エグモント序曲」。
ジョン・アダムズの日本初演作品はSQを独奏群にした協奏曲風。ベートーベン交響曲の断片を集めて面白い。
白眉は「惑星」。華やかな管弦楽技法に彩られた英国民謡風の美しい旋律と重厚な迫力。ま、この音楽はどこのオケが演ってもそれなりに楽しめるが、特別な意味でこれまでに聴いた中で印象深いのは2013年10月に神奈川フィル@みなとみらいホールでの演奏だ。
第7曲(最終曲)「神秘の神、海王星」では女声合唱(ヴォカリーズ)が入る。そして誠に神秘的に全曲を終えるのだが、その合唱団が舞台両端の上層部(客席のない3RA、3LAに相当するバルコニー)に位置して歌った。それはもう本当に天上界から降りてくる音楽そのものだった。とても感動的だった。
しかるに、今日のN響の演奏では合唱団は舞台裏に配置されて、靄がかかったようなコーラスだった。そもそもホルスとは女声合唱を舞台外に置くように指定しているらしい。これまでもバルコニーや舞台袖などに置かれるのを聴いたが、舞台後ろは初めてで、やはり声の通りが悪い。せめてオルガンステージで配置できなかったろうか。今日の「惑星」のオルガンはコンソールを舞台においての演奏だったのでオルガンスペースは十分空いていた。あるいは、3階席の後ろの方は自由席なので、ここを使う手もあった。
高い場所から降りてくる女性コーラスをクリアな音で聴きたかった。
♪2018-011/♪NHKホール-01
投稿者
みつばち先生
ラベル:
★NHKホール,
★NHK交響楽団,
ジョン・アダムズ,
セント・ローレンス弦楽四重奏団,
ピーター・ウンジャン,
ベートーベン,
ホルスト,
新国立劇場合唱団
神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会みなとみらいシリーズ第336回
2018-01-27 @みなとみらいホール
園田隆一郎:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
福間洸太朗:ピアノ*
ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」作品9
リスト:ピアノ協奏曲第2番イ長調 S.125
ロッシーニ:歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
ロッシーニ:歌劇「アルミーダ」から第2幕バレエ音楽
ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」から第1幕パ・ド・シス
ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」序曲
ヴェルディ:歌劇「アッティラ」から前奏曲
ヴェルディ:歌劇「マクベス」から第3幕バレエ音楽
---------------
アンコール*
リスト:「リゴレット」による演奏会用パラフレーズ
園田隆一郎客演でコンセプトはイタリア&オペラ。
園田隆一郎の指揮で聴くのは記録にある限り、今日で5回目。
オペラが多く、コンサートの場合でもほとんどオペラの前奏曲とか序曲集だ。得意分野らしい。
こじ付け選曲もあったが、いずれも陽性で華々しい音楽ばかり。
4人の作曲家の8曲すべてにピッコロが使われていたがコレがイタリア風味の素か!
ベルディの2曲ではチンバッソが登場。これは珍しい。オペラの狭いピットの中では場所を取らないから重宝されているとも聴く。
♪2018-010/♪みなとみらいホール-04
園田隆一郎:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
福間洸太朗:ピアノ*
ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」作品9
リスト:ピアノ協奏曲第2番イ長調 S.125
ロッシーニ:歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
ロッシーニ:歌劇「アルミーダ」から第2幕バレエ音楽
ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」から第1幕パ・ド・シス
ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」序曲
ヴェルディ:歌劇「アッティラ」から前奏曲
ヴェルディ:歌劇「マクベス」から第3幕バレエ音楽
---------------
アンコール*
リスト:「リゴレット」による演奏会用パラフレーズ
園田隆一郎客演でコンセプトはイタリア&オペラ。
園田隆一郎の指揮で聴くのは記録にある限り、今日で5回目。
オペラが多く、コンサートの場合でもほとんどオペラの前奏曲とか序曲集だ。得意分野らしい。
こじ付け選曲もあったが、いずれも陽性で華々しい音楽ばかり。
4人の作曲家の8曲すべてにピッコロが使われていたがコレがイタリア風味の素か!
ベルディの2曲ではチンバッソが登場。これは珍しい。オペラの狭いピットの中では場所を取らないから重宝されているとも聴く。
♪2018-010/♪みなとみらいホール-04
2018年1月24日水曜日
オペラ「こうもり」
2018-01-24 @新国立劇場
指揮⇒アルフレート・エシュヴェ
演出⇒ハインツ・ツェドニク
美術・衣裳⇒オラフ・ツォンベック
振付⇒マリア・ルイーズ・ヤスカ
照明⇒立田雄士
合唱⇒新国立劇場合唱団
管弦楽⇒東京交響楽団
ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン⇒アドリアン・エレート
ロザリンデ⇒エリーザベト・フレヒル
フランク⇒ハンス・ペーター・カンマーラ
オルロフスキー公爵⇒ステファニー・アタナソフ
アルフレード⇒村上公太
ファルケ博士⇒クレメンス・ザンダー
アデーレ⇒ジェニファー・オローリン
ブリント博士⇒大久保光哉
フロッシュ⇒フランツ・スラーダ
イーダ⇒鵜木絵里
J.シュトラウスⅡ:全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉
昨秋、日生劇場で観た二期会の「こうもり」も楽しめたけど、あれやこれや演出や舞台美術の面で不満が残った。ナマの舞台としてはその時が初めてだったので、まあ、こんなものなのかもなあ…と飲み込んでおいたのだけど、今日は、なんたって新国立での公演だ。少なくとも二期会公演を上回ることを期待して臨んだが、いやはやその違いは大きかった。
歌唱力の違いはよく分からないが、舞台のセットや衣裳、美術全般がだいぶ違う。よくできている。
なにより違いを感じたのは演出の巧さだ。オペラはやっぱり演出の比重が高い。とりわけ、「こうもり」のような作品はセリフ劇の要素が強く、ストレート・プレイとしての喜劇に近いので、演ずる役者たちも歌が巧いだけでは務まらない。また、第3幕で重要な役割を果たす看守のフロッシュには歌が無い。この為に同役は歌手ではなく喜劇役者が演ずることが多い(本公演でもこの役は俳優が、二期会の公演ではイッセー尾形が、それぞれ演じた。)そうだ。
「喜歌劇」とか「オペレッタ」とも呼ばれる分野の作品がいずれも「こうもり」のような性格なのかどうかは知らないけど、少なくとも「こうもり」は<芝居>の要素が強い。それだけに演出の巧拙がオペラとしても出来栄えを左右するのだろう。
その芝居もコントのような部分が多く、第3幕は爆笑モノだった。この辺の芝居は二期会のものとはぜんぜん異なる。手持ちのウィーン歌劇場のビデオとも異なる。まさにどんな芝居にするかは演出次第なのだ。
喜劇としてもとても楽しめるが、やはり音楽がいい。
ロザリンデの元愛人アルフレードはテノール歌手という役どころなので、劇中「星は光ぬ」を歌ったりするのも面白い。
第1幕の中ほどのロザリンデ、アイゼンシュタイン、アデーレの三重唱は悲しげで美しいメロディーだ。3人共今夜のパーティに行くことは隠して心にもない嘆きを歌うが、段々と本音が出てきて陽気な音楽に変わってゆくところも傑作だ。
ともかく、オペラでこんなに笑ったことは初めて。
この演出、この歌手・役者でもう一度観たいものだ。
♪2018-009/♪新国立劇場-01
指揮⇒アルフレート・エシュヴェ
演出⇒ハインツ・ツェドニク
美術・衣裳⇒オラフ・ツォンベック
振付⇒マリア・ルイーズ・ヤスカ
照明⇒立田雄士
合唱⇒新国立劇場合唱団
管弦楽⇒東京交響楽団
ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン⇒アドリアン・エレート
フランク⇒ハンス・ペーター・カンマーラ
オルロフスキー公爵⇒ステファニー・アタナソフ
アルフレード⇒村上公太
ファルケ博士⇒クレメンス・ザンダー
アデーレ⇒ジェニファー・オローリン
ブリント博士⇒大久保光哉
フロッシュ⇒フランツ・スラーダ
イーダ⇒鵜木絵里
J.シュトラウスⅡ:全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉
昨秋、日生劇場で観た二期会の「こうもり」も楽しめたけど、あれやこれや演出や舞台美術の面で不満が残った。ナマの舞台としてはその時が初めてだったので、まあ、こんなものなのかもなあ…と飲み込んでおいたのだけど、今日は、なんたって新国立での公演だ。少なくとも二期会公演を上回ることを期待して臨んだが、いやはやその違いは大きかった。
歌唱力の違いはよく分からないが、舞台のセットや衣裳、美術全般がだいぶ違う。よくできている。
なにより違いを感じたのは演出の巧さだ。オペラはやっぱり演出の比重が高い。とりわけ、「こうもり」のような作品はセリフ劇の要素が強く、ストレート・プレイとしての喜劇に近いので、演ずる役者たちも歌が巧いだけでは務まらない。また、第3幕で重要な役割を果たす看守のフロッシュには歌が無い。この為に同役は歌手ではなく喜劇役者が演ずることが多い(本公演でもこの役は俳優が、二期会の公演ではイッセー尾形が、それぞれ演じた。)そうだ。
「喜歌劇」とか「オペレッタ」とも呼ばれる分野の作品がいずれも「こうもり」のような性格なのかどうかは知らないけど、少なくとも「こうもり」は<芝居>の要素が強い。それだけに演出の巧拙がオペラとしても出来栄えを左右するのだろう。
その芝居もコントのような部分が多く、第3幕は爆笑モノだった。この辺の芝居は二期会のものとはぜんぜん異なる。手持ちのウィーン歌劇場のビデオとも異なる。まさにどんな芝居にするかは演出次第なのだ。
喜劇としてもとても楽しめるが、やはり音楽がいい。
ロザリンデの元愛人アルフレードはテノール歌手という役どころなので、劇中「星は光ぬ」を歌ったりするのも面白い。
第1幕の中ほどのロザリンデ、アイゼンシュタイン、アデーレの三重唱は悲しげで美しいメロディーだ。3人共今夜のパーティに行くことは隠して心にもない嘆きを歌うが、段々と本音が出てきて陽気な音楽に変わってゆくところも傑作だ。
ともかく、オペラでこんなに笑ったことは初めて。
この演出、この歌手・役者でもう一度観たいものだ。
♪2018-009/♪新国立劇場-01
2018年1月21日日曜日
読響第100回みなとみらいホリデー名曲シリーズ
2018-01-21 @みなとみらいホール
シルヴァン・カンブルラン:指揮
読売日本交響楽団
イザベル・ファウスト:バイオリン*
ブラームス:バイオリン協奏曲ニ長調 作品77*
J.S.バッハ(マーラー編):管弦楽組曲から第2〜4曲
ベートーベン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
------------------
クルターク:「サインズ、ゲームとメッセージ」から*
今日の読響横浜定期は100回目だ。だからといって、特別なことはなくプログラムでも特段触れていなかった。
無視されてしまった節目のコンサートだけど、プログラムが良かった。3作品ともドイツの3Bによるものだ。これが嬉しい。
また、ブラームスのバイオリン協奏曲のソリストはイザベル・ファウスト。
彼女の演奏はこれまでに都響とのメンコン、ジャン=ギアン・ケラス、アレクサンドル・メルニコフとのピアノ・トリオ演奏会を聴いていずれも好感を持っていたので、楽しみだった。
さて、ブラームスのコンチェルトはファウストのストラディヴァリウス”スリーピング・ビューティ”が良く鳴って細部の最弱音までしっかり聴こえた。まあ、席がかなり前の方だから当然とも言えるが、オーケストラ全体の調子は疑問だった。
オケの不調は3曲とも同じだった。てことは、僕の耳のせいではなかろう。アンサンブルの微妙なズレを感じてしまった。
曲作りとしてはカンブルランの彫琢が行き届いている感じがしたのだけど、その一方で弦と弦、あるいは弦と木管の間に不揃いな部分があったように思う。もっと後ろで聴けば感じなかったのかもしれないが、そうは言ってもこの席はもう何年も固定しているのだし、これまでにそういう不満は感じたことがなかったので、気になる。来季も同じ席で更新済みだし。
という不満が残ったドイツの3B大会だが、出来はともかく音楽は実に素晴らしい。今日のプログラムだと、一番はブラームスだ。実に美しい音楽だ。どの楽章もいいが、とりわけ第3楽章のハンガリー舞曲風のハイテンポの旋律は楽しい。ファウストもここではニコニコ笑いながら楽しんで弾いているのが聴いている者の気分を一層高めてくれた。
ところで、第1楽章のカデンツァは、普段よく聴くのはヨアヒムの作だそうな。ファウストはブゾーニの作ったものを好んで弾いているようで今日もそれだった。カデンツァの冒頭にティンパニーを伴うので区別が付くようだ。このバージョンは初聴きだったような気がする。
♪2018-008/♪みなとみらいホール-03
シルヴァン・カンブルラン:指揮
読売日本交響楽団
イザベル・ファウスト:バイオリン*
ブラームス:バイオリン協奏曲ニ長調 作品77*
J.S.バッハ(マーラー編):管弦楽組曲から第2〜4曲
ベートーベン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
------------------
クルターク:「サインズ、ゲームとメッセージ」から*
今日の読響横浜定期は100回目だ。だからといって、特別なことはなくプログラムでも特段触れていなかった。
無視されてしまった節目のコンサートだけど、プログラムが良かった。3作品ともドイツの3Bによるものだ。これが嬉しい。
また、ブラームスのバイオリン協奏曲のソリストはイザベル・ファウスト。
彼女の演奏はこれまでに都響とのメンコン、ジャン=ギアン・ケラス、アレクサンドル・メルニコフとのピアノ・トリオ演奏会を聴いていずれも好感を持っていたので、楽しみだった。
さて、ブラームスのコンチェルトはファウストのストラディヴァリウス”スリーピング・ビューティ”が良く鳴って細部の最弱音までしっかり聴こえた。まあ、席がかなり前の方だから当然とも言えるが、オーケストラ全体の調子は疑問だった。
オケの不調は3曲とも同じだった。てことは、僕の耳のせいではなかろう。アンサンブルの微妙なズレを感じてしまった。
曲作りとしてはカンブルランの彫琢が行き届いている感じがしたのだけど、その一方で弦と弦、あるいは弦と木管の間に不揃いな部分があったように思う。もっと後ろで聴けば感じなかったのかもしれないが、そうは言ってもこの席はもう何年も固定しているのだし、これまでにそういう不満は感じたことがなかったので、気になる。来季も同じ席で更新済みだし。
という不満が残ったドイツの3B大会だが、出来はともかく音楽は実に素晴らしい。今日のプログラムだと、一番はブラームスだ。実に美しい音楽だ。どの楽章もいいが、とりわけ第3楽章のハンガリー舞曲風のハイテンポの旋律は楽しい。ファウストもここではニコニコ笑いながら楽しんで弾いているのが聴いている者の気分を一層高めてくれた。ところで、第1楽章のカデンツァは、普段よく聴くのはヨアヒムの作だそうな。ファウストはブゾーニの作ったものを好んで弾いているようで今日もそれだった。カデンツァの冒頭にティンパニーを伴うので区別が付くようだ。このバージョンは初聴きだったような気がする。
♪2018-008/♪みなとみらいホール-03
投稿者
みつばち先生
ラベル:
★みなとみらいホール,
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