2019年7月22日月曜日

新国立劇場オペラ「トゥーランドット」

2019-07-22 @新国立劇場


指揮:大野和士
演出:アレックス・オリエ
美術:アルフォンス・フローレス
衣裳:リュック・カステーイス
照明:ウルス・シェーネバウム
演出補:スサナ・ゴメス
舞台監督:菅原多敢弘

バルセロナ交響楽団
新国立劇場合唱団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
TOKYO FM 少年合唱団

トゥーランドット⇒イレーネ・テオリン
カラフ⇒テオドール・イリンカイ
リュー⇒中村恵理
ティムール⇒リッカルド・ザネッラート
アルトゥム皇帝⇒持木弘
ピン⇒桝貴志
パン⇒与儀巧
ポン⇒村上敏明

オペラ夏の祭典 2019-20 Japan↔Tokyo↔World
ジャコモ・プッチーニ:オペラ「トゥーランドット」
フランコ・アルファーノ補筆
全3幕〈イタリア語上演/日本語・英語字幕付〉

予定上演時間:約2時間55分
第Ⅰ幕40分
 --休憩25分--
第Ⅱ幕45分
 --休憩25分--
第Ⅲ幕40分

東京では公演終了したが地方公演はまだ続くのでネタバレは慎もう。
ま、かつてない幕切れであったことくらい書いてもいいか。
確かに、従来の演出ではいつも不満が残る。
さりとて、Aオリエの新演出ですべてがストンと落ちる訳でもない。2様の解釈の余地がある。

それはともかく、歌手陣の歌唱が見事。
よく響き渡った。
中村理恵の最初のアリアには驚いた。
テオリンの謎かけの歌、イリンカイの誰も寝てはならぬ…。
全て良し。

さらに、特筆はバルセロナ交響楽団の明瞭な響きはピットに入っているオーケストラの音とも思えない。大野和士が招いただけのことはある。

モノトーンを主軸にした美術。天井の高さを生かしたセットなど視覚面でも見事だった。
ただし、衣装・化粧にはトゥーランドットを別にして疑問あり。
リューの化粧をもっとなんとかできなかったか。ここはあまりリアルにやらなくとも良かったはず。ピンポンパンも最初はまるで浮浪児だよ。

この日を以って新国立劇場の今季は全作が終了した(次季は10月から)。邦人新作1本(紫苑物語)を除いて残り全作を観たが、一番満足度が高いのは今回の「トゥーランドット」だった。次点が「蝶々夫人」かな。

♪2019-105/♪新国立劇場-08

2019年7月21日日曜日

東京交響楽団 川崎定期演奏会 第70回

2019-07/21 @ミューザ川崎シンフォニーホール


ジョナサン・ノット:指揮
東京交響楽団
東京コーラス**

サラ・ウェゲナー:ソプラノ*
ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー:メゾ・ソプラノ*

J.シュトラウスⅡ:芸術家の生涯
リゲティ:レクイエム*/**
タリス:スペム・イン・アリウム(40声のモテット『我、汝の他に望みなし』)**
R.シュトラウス:死と変容

面白かったのはトマス・タリス(1505-1585・英)の40声のモテット「スペム・イン・アリス『我、汝の他に望みなし』」だ。
イタリアで言えばルネサンス後期に当たるようだ。
この頃に40声部の音楽が作られていたとはなんと斬新な。
尤も終始40声部で歌われたのではなく5声部合唱8組で、完全に40声部の合唱はわずかな部分だったと思うが、それでも壮大なものだ。

これは東響コーラス(総勢120名くらい)のみの無伴奏曲。テキストは聖書から取られたのだろう。短いものだが、多分手を替え品を替え繰り返されて演奏時間は10分強だった。

その対極に位置したのが現代音楽のリゲティの「レクイエム」。
1965年完成の女声独唱が2人と混声合唱とオーケストラによる作品。
これも最大20声部に分かれているそうだが当然聴き分けられるはずもなし。この作品の一部が映画「2001年宇宙の旅」に用いられたそうだが、メロディーラインなどと言うものもないので何十回観た映画であっても全然ピンとこなかった。はっきり言ってつまらない音楽だった。こんな妙ちくりんな音楽では死者もおちおち寝てはおれないだろう。

この声楽(含む)2曲の前と後ろにJ.シュトラウスとR.シュトラウスをサンドイッチのパンみたいに置いたのはどうしてか。

ともかく、今回だけではないが、ジョナサン・ノットの選曲は癖がありすぎて付いてゆけない。僕の理解力では本人だけがご満悦なのだ。

ところで、普段は暗譜で歌う東響コーラスも今日の新旧2曲を楽譜を手に歌った。そりゃやむを得ないだろう。おそらく彼らにとっても初めての作品だったはずだ。

♪2019-104/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-05

2019年7月19日金曜日

東京フィル第126回東京オペラシティ定期シリーズ

2019-07-19 @東京オペラシティコンサートホール


チョン・ミョンフン:指揮
東京フィルハーモニー交響楽団

クリステル・リー:バイオリン*

シベリウス:バイオリン協奏曲ニ短調 Op47*
ドボルザーク:交響曲第9番ホ短調 Op95「新世界から」
-----アンコール-----------
J.S.バッハ:無伴奏バイオリン組曲第3番からルーレ*
ブラームス:ハンガリー舞曲第1番ト短調

チョン・ミョンフン指揮、超巨大「新世界」は、弦5部の編成が16-16-14-12-10という信じられないような超特大規模。それでもキビキビ、シャキシャキの演奏だ。第1〜3楽章まではさほどの効果は現れなかったけど、特に終楽章の冒頭の弦一斉強奏(tutti)は、音を楽譜以上にたっぷり延ばして、まるでシネラマ(古い!)でD51がのっそりのっそり、しかし、力強く飛び出してくるような大迫力で、成る程、これがやりたかったのか、と納得。

ホールのせいか腕利きが揃っているのか、高域弦もほどほど透明感を保ちながらぶ厚いアンサンブルが高揚感を掻き立てる。
これは正に「新世界」の「新世界」!オーケストラをナマで聴く楽しさを満喫。

ドボルザークの交響曲に続いてアンコールがハンガリー舞曲第1番って、4日前の東響と同じ(東京は交響曲第7番だった。)展開だ。特大編成を維持したままのこの演奏も素晴らしい響だったが、何が違ったのだろう、東響の哀愁には及ばなかったなあ。

前半のシベリウスのバイオリン協奏曲もなかなか聴きごたえあった。こちらも協奏曲としては弦の編成が14-14-12-10-8という変則14型で大規模だが、独奏バイオリンが良く響いて違和感はなかった。メリハリの効いた演奏で、あまり情緒に流されるようなこともなく、快活なシベリウスだったなあ。

♪2019-103/♪東京オペラシティコンサートホール-04

2019年7月16日火曜日

東京都交響楽団 第878回 定期演奏会Aシリーズ

2019-07-16 @東京文化会館


小泉和裕:指揮
東京都交響楽団

宮田大:チェロ*

ドボルザーク:チェロ協奏曲ロ短調 op.104 B.191*
ブラームス:交響曲第2番ニ長調 op.73

ドボルザークのチェロ協奏曲、ブラーむす交響曲第2番の組合せ。正に鉄壁のコンビだったがイマイチ楽しめなかった。
どうして都響は何でもかんでも弦16型の大編成なのか。
「運命」でもこの編成でやるオケだから協奏曲であれブラームスであれ御構い無しか。

「宮田大にハズレなし」と日頃思っていたが、今回は、彼のせいではなく、文化会館という響き不足のホールに大編成のオケという組み合わせで貧乏くじを引いた。
大ホールならみなとみらいホールやタケミツメモリアルなら彼のチェロが朗々と響き渡るはずだけど、今日は、いつもと違う。こんなもんじゃないはず、と隔靴掻痒の思いで聴いた。

ブラームスの2番も大好きな曲だけど、やはり、もう少しコンパクトな編成でやってほしいな。

近頃抱き始めた都響不信感は拭えず、周りの拍手喝采の中、1人白けていたよ。

♪2019-102/♪東京文化会館-06

令和元年6月 第96回歌舞伎鑑賞教室「菅原伝授手習鑑ー車引」/「棒しばり」

2019-07-16 @国立劇場


解説 歌舞伎のみかた  坂東新悟

竹田出雲・三好松洛・並木千柳=作
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)  一幕
 ―車引(くるまびき)―
  国立劇場美術係=美術
  吉田社頭車引の場

岡村柿紅=作
棒しばり(ぼうしばり)  長唄囃子連中

(主な配役)
「菅原伝授手習鑑 -車引- 」
舎人松王丸⇒尾上松緑
舎人梅王丸⇒坂東亀蔵
舎人桜丸⇒坂東新悟
舎人杉王丸⇒中村玉太郎/尾上左近(交互出演)
藤原時平⇒中村松江
       ほか

「棒しばり」
次郎冠者⇒尾上松緑
太郎冠者⇒坂東亀蔵
曽根松兵衛⇒中村松江
        ほか

7月は短篇2本。菅原伝授手習鑑から「車引」。
三ツ子の兄弟の出会い・睨み合いを描くだけでこれといって面白い話ではないが、歌舞伎の荒事・和事・実事を隈取りや車鬢、衣装、小道具などで描き分ける点で入門にも相応しい。
松緑の松王丸、亀蔵の梅王丸やよし!

後半は「棒しばり」。
狂言から移された松羽目物。
オリジナルの狂言は若い頃に観ているが歌舞伎版は初見。
遠い記憶と照らしてはほぼ同じように思ったが…。
主人の留守中、悪さをせぬようにと次郎冠者は棒に両手を縛られ太郎冠者は後ろ手に縛られるが、二人協力して酒の壺から大酒する様のおかしさ。こちらも松緑と亀蔵が大活躍。

松江が前半では藤原時平、後半では大名(曽根松兵衛)の役で舞台を締めるはずだけど、イマイチ貫禄不足かなあ。この人は真面目一方な感じで(実際は知らないけど…)ハッタリが不足している。

♪2019-101/♪国立劇場-10

2019年7月15日月曜日

名曲全集第148回 ブラームスとドボルザークの傑作

2019-07-15 @ミューザ川崎シンフォニーホール


ロレンツォ・ヴィオッティ:指揮
東京交響楽団

ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲第1番ト短調 作品25(管弦楽版)
ドボルザーク:交響曲第7番ニ短調 作品70
-------------
ブラームス:ハンガリー舞曲第1番

手堅い仕事ぶりのロレンツォ・ヴィオッティがスニーカーを履いて登壇。彼の指揮ぶりを見たのは、歌劇「トスカ」(東フィル)、フランス音楽集(東フィル)、ベルディ「レクイエム」(東響)に次いで4度目だけど、スニーカに気がついたのは今回が初めて。前もスニーカーだったのかな。
スニーカーといえば、7日に聴いたクラリネットのA.オッテンザマーもヴィオッティとそっくりのスニーカーを履いてステージに上がった。オケ団員は正装しているので妙な感じだが、まあ、そこは突っ込むところでもなかろう。

今日のプログラムはブラームスとドボルザーク。鉄壁の組み合わせだけど、問題はブラームスだ。
彼のピアノ四重奏曲を無調音楽の騎手シェーンベルクが指揮者オットー・クレンペラーの要請を受けて管弦楽版に編曲したものだ。

過去何度かこの管弦楽版を聴いているがいつも感想は同じ。オーケストレーションが成功しているのは終楽章だけではないかと思う。第1〜3楽章は暑苦しい感じだ。

オリジナルのピアノ四重奏曲は元々大好物で何度かナマでも聴いているし、CDでもよく聴いている。中でもこの春にベルリン・フィルのメンバーによる演奏を聴いた折、この曲の核心に触れたような気がしたが、それに比べると弦14型の大規模管弦楽で聴くと外縁をなぞっているだけのように気がしてならぬ。

加えて東響。第一バイオリンの出来も高域がキンキン・シャリシャリで聴きづらい。終演後のヴィオッティの表情も満足できていない様子だった。

ところが、後半、メインのドボルザーク第7番になると、演奏者の身体や楽器が馴染んできたか同じオケとも思えない上出来。
第一バイオリン群も調子を上げて不快音が聴こえなくなった。演奏は構想力を感じさせ、つけ入る隙のない組立と巧さ。
久しぶりに胸踊る気分。

豪快にラストを決めた後、拍手喝采の中、何度かのカーテン・コールを経てひょいと指揮台に飛び乗るや否や始めたアンコールはブラームスのハンガリー舞曲第1番。
少し遊びを加えた演奏だが、これまた素晴らしいこと。
こんなに心に染みる美しい1番は初めてかも。

第1曲めで生じた欲求不満を返り討ちに仕留めるようなブラームスで締めてくれて大いに気分が高揚した。ヴィオッティも大満足の様子。いやはやブラームスとドボルザークはホンに鉄壁だよ。

♪2019-100/♪ミューザ川崎シンフォニーホール-04

2019年7月13日土曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会みなとみらいシリーズ第350回

2019-07-13 @みなとみらいホール


鈴木優人:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
合唱:バッハ・コレギウム・ジャパン

澤江衣里:ソプラノ(天使ガブリエル&イヴ)
櫻田亮:テナー(天使ウリエル)
ドミニク・ヴェルナー:バリトン(天使ラファエル&アダム)

ハイドン:オラトリオ「天地創造」Hob.XXI-2

みなとみらい定期350回記念ということで、大作ハイドンのオラトリオ「天地創造」。指揮はバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を率いる鈴木優人。3人の独唱に混声合唱が加わる。演奏時間約100分という長尺*で、なかなか聴く機会がない。記録を調べたら2017年の都響9月定期演奏会以来だ。

というわけで、気合の入ったプログラムだった。同じハイドンのオラトリオでも「四季」に比べると単調で面白さに欠けるとはいえ、親しみやすい音楽ばかりで、また、旧約聖書「創世記」でお馴染みの筋書きでもあり、テキストをにらめっこしながらあれこれ考える必要もないので、心地よく音楽に浸っていられる。

演奏も良い出来だったと思う。神奈川フィルは小ぶり編成で音楽の見通しが良かった。弦の弱音もかなり気を使いながら丁寧に弾いていた。
独唱陣はBCJの常連(所属?)で、指揮・合唱団共々和気藹々慣れたものだった。

優れた歌唱を聴いていると、よく訓練された人間の身体こそ最強の楽器だなと思う。特に表現力という面では如何なる楽器も人間の歌唱力には敵わないだろう。

ところで、モダン楽器ばかりで中途半端な古楽アプローチだったがこれはこれで今風の楽しみ方だ。むしろ、いっそ力負けするチェンバロをやめてピアノを使うというのは幾ら何でも大胆すぎるかな。というのもチェンバロは(指揮の鈴木優人が演奏も兼ねた。)重要な役割を果たすが、2千人ホールでは遠くまで音が届いていないだろう。特にオケが重なると比較的前の方の僕の席でも埋没していたもの。

♪2019-099/♪みなとみらいホール-31

*プログラムには演奏時間100分と書いてあり、実際にもそれくらいだった。
しかし、僕の手持ちのCDは2枚組で計142分だ。幾ら何でも42分もの差があるのはおかしい。
今日の神奈川フィルはベーレンライター新版というのを使ったと書いてある。
17年の都響のプログラムを読み返すと110分でオックスフォード版を使っている。
その前というと16年にシンフォニア・ヴァルソヴィアとローザンヌ声楽アンサンブルで聴いたが、この時のプログラムが残っていない(ホンにどこへやったのだろう。捨てるはずがないのに。)ので、版も演奏時間も分からない。

ともかく、100分から142分までの違いは主として使った版の違いによるのだと思う。同じ楽譜を使ってこんな大きな差が生まれることはないだろう。