2018-11-11 @日生劇場
指揮:広上淳一
演出:菅尾友
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:C.ヴィレッジ・シンガーズ
フィオルディリージ:髙橋絵理
ドラベッラ:杉山由紀
フェルランド:村上公太
グリエルモ:岡昭宏
デスピーナ:腰越満美
ドン・アルフォンソ:大沼徹
ほか
モーツァルト作曲 オペラ『コジ・ファン・トゥッテ、あるいは恋人たちの学校』全2幕
(原語[イタリア語]上演・日本語字幕付)
台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ
予定上演時間:約3時間30分
第Ⅰ幕 95分
--休憩20分--
第Ⅱ幕 95分
日生劇場で初めてオペラを鑑賞したのは約40年前のことで、出し物が「コジ・ファン・トゥッテ」だった。友人と一緒だったので、終演後、銀座のライオンでワイン等を飲みながら熱く語り合ったことが、つい、この間のようでもある。
分かり易い筋書きが簡明で美しい音楽に載せて非常に混乱させる物語を紡ぐ。
このオペラ、観る度に話が腑に落ちることを期待するが、落ちた試しはない。
ダ・ポンテとモーツァルトはコメディのつもりで作ったのだろうけど、実に深遠な人間ドラマを含んでいるし、3世紀を経て女性観が様変わりした今、彼らが考えもしなかった問題を提起する。演出家は何とか解きほぐそうと格闘しているが…。
今回の演出は時代を近未来に設定し、女主人公2人をAIロボットに仕立てたが、難しい話を余計に混乱させただけに終わったように思う。
仲の良い男たちA(フェランド)とB(グリエルモ)にはそれぞれ恋人がいる。A’(ドラベッラ)とB’(フィオルディリージ)で、A’とB’は姉妹である。2組の男女はそれぞれ愛し合っているが、老哲学者(アルフォンソ)にそそのかされ、女の気持なんて頼りないものだ、試しに変装して他人になりすまして、口説いてみろと言われ、恋人の愛情に絶対の自信のあるA、Bは老哲学者と自分たちの恋人の心変わりの有無で賭けをすることになった。その際、Aが口説くのはB’を、Bが口説くのはA’という設定なのが、皮肉で残酷だ。
その先、どう話が転がってゆくか…。
老哲学者曰く「Cosi fan tutte(女性は)みんなこうしたものだ。」ということになるのだが、これはとても辛辣で当人たちには色んな意味で笑い事ではないのだ。
それを(僕は台本が悪いと思うが)十分な説明もなく最後は力技でみんな笑って終わりにしてしまうのだが、僕にはブラック・ジョークに思えてしまう。
広上淳一指揮。ピットに入ったのは読響。モーツァルト作品らしく中規模編成だったようだ。それだけに軽快で、広上淳一はいつものように、ピットの中でも踊っていた。
歌唱力は揃っていなかったが、水準は満たして満足。
狭い舞台だが手作り感のある装置に工夫をこらしていて好感。
♪2018-145/♪日生劇場-03
2018年11月11日日曜日
2018年11月9日金曜日
日本フィルハーモニー交響楽団 第705回東京定期演奏会
2018-11-09 @サントリーホール
アレクサンドル・ラザレフ:指揮
日本フィルハーモニー交響楽団
グラズノフ:交響曲第8番変ホ長調 作品83
ショスタコーヴィチ:交響曲第12番ニ短調 作品112「1917年」
昨日に続いてサントリー詣で。
コンサートのダブリの為に横浜定期を東京定期に振り替えたので席を選べず、選べるなら絶対に避けたい前方寄りの、かつ、下手寄りが割り当てられてしまった。チケットを無駄にするよりマシだが、できたら、ど真ん中のど真ん中で聴きたかった。
日フィル桂冠指揮者ラザレフがシリーズとして取り上げているグラズノフとショスタコーヴィチ又はプロコフィエフのうちいずれかの作品を演奏するコンサート「ラザレフが刻むロシアの魂」の4回目だった。
グラズノフ交響曲第8番では、席の前方に第1、第2バイオリン群が迫っているので、これら高域弦がけたたましく、明らかに中低域の弦が埋もれてしまった。それに音楽自体が、初聴きのせいもあったか、凡庸な気がして楽しめなかった。
一方、ショスタコ12番では冒頭の低弦の大音量に引き込まれ、その後はバランスもへったくれもない。
ショスタコーヴィチは、ロシア革命の煽りを食って、その芸術が批判にさらされ、一時期は生命の危険もあった。生きてゆく為には操も捨てなければならぬ。
かくして、現在世界中で最も親しまれている交響曲第5番「革命」でスターリンのご機嫌をとって、なんとか音楽家としての人生を全うしようとした。
今日の交響曲第12番も副題が「1917年」と付いているようにロシア「10月革命」を祝賀してその44年後に作曲されたものだそうだ。
この政権に阿(おもね)た大衆受け狙いの原始的な吸引力に自称文化人としてはいささか素直に音楽を楽しめない。
ジダーノフ(ソ連共産党中央委員会書記。50年代を中心に当時のソ連の前衛芸術、とりわけショスタコーヴィチの音楽を反革命として批判した。)を批判するなら、今、我々はこの音楽を批判すべきなのか等考えながら…もひきも切らぬ怒涛の爆音に襲いかかられ体よく飲み込まれてしまったのだけど。
日フィルの底力は受け止めたが。
♪2018-144/♪サントリーホール-12
アレクサンドル・ラザレフ:指揮
日本フィルハーモニー交響楽団
グラズノフ:交響曲第8番変ホ長調 作品83
ショスタコーヴィチ:交響曲第12番ニ短調 作品112「1917年」
昨日に続いてサントリー詣で。
コンサートのダブリの為に横浜定期を東京定期に振り替えたので席を選べず、選べるなら絶対に避けたい前方寄りの、かつ、下手寄りが割り当てられてしまった。チケットを無駄にするよりマシだが、できたら、ど真ん中のど真ん中で聴きたかった。
日フィル桂冠指揮者ラザレフがシリーズとして取り上げているグラズノフとショスタコーヴィチ又はプロコフィエフのうちいずれかの作品を演奏するコンサート「ラザレフが刻むロシアの魂」の4回目だった。
グラズノフ交響曲第8番では、席の前方に第1、第2バイオリン群が迫っているので、これら高域弦がけたたましく、明らかに中低域の弦が埋もれてしまった。それに音楽自体が、初聴きのせいもあったか、凡庸な気がして楽しめなかった。
一方、ショスタコ12番では冒頭の低弦の大音量に引き込まれ、その後はバランスもへったくれもない。
ショスタコーヴィチは、ロシア革命の煽りを食って、その芸術が批判にさらされ、一時期は生命の危険もあった。生きてゆく為には操も捨てなければならぬ。
かくして、現在世界中で最も親しまれている交響曲第5番「革命」でスターリンのご機嫌をとって、なんとか音楽家としての人生を全うしようとした。
今日の交響曲第12番も副題が「1917年」と付いているようにロシア「10月革命」を祝賀してその44年後に作曲されたものだそうだ。
この政権に阿(おもね)た大衆受け狙いの原始的な吸引力に自称文化人としてはいささか素直に音楽を楽しめない。
ジダーノフ(ソ連共産党中央委員会書記。50年代を中心に当時のソ連の前衛芸術、とりわけショスタコーヴィチの音楽を反革命として批判した。)を批判するなら、今、我々はこの音楽を批判すべきなのか等考えながら…もひきも切らぬ怒涛の爆音に襲いかかられ体よく飲み込まれてしまったのだけど。
日フィルの底力は受け止めたが。
♪2018-144/♪サントリーホール-12
投稿者
みつばち先生
ラベル:
★サントリーホール,
★日本フィル,
アレクサンドル・ラザレフ,
グラズノフ,
ショスタコーヴィチ
2018年11月8日木曜日
東京都交響楽団 第866回 定期演奏会Bシリーズ
2018-11-08 @サントリーホール
小泉和裕:指揮
東京都交響楽団
レイ・チェン:バイオリン
ブラームス:バイオリン協奏曲 長調 作品77
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 作品98
この数ヶ月、都響については欲求不満が募っていたが、小泉御大のブラームスの豪華2本立てでよくぞ立ち直ってくれた…というのは言いすぎ。
小泉師は神奈川フィルの特別客演指揮者でもあるので聴く機会が多い。個性がないのが個性のような、いつも安定したこれぞ独音楽という構成感の良さにゆりかごに揺られている感じで音楽を聴いていられる。
コンサートの冒頭にとんでもないハプニングがあった。
師が指揮台に上がったので、館内は静まり返った。タクトが降ろさされようとしたとき、微かに別の音楽が聴こえだした。これでは始められない。
僕の席は1階センター2/3位後方なので、舞台のそばでなっているように聴こえたが、もちろん、都響は演奏していないし、第一始まるのはバイオリン協奏曲だが、ぜんぜん違う音楽だ。
これで都はるみでも流れたら面白かったろうに。
ま、小ホールも同時にコンサートを演っていたからそこから漏れているのではないか、と思った。なんてけしからんホールだ。と驚くと共に呆れ果てた。…が真実は異なった。
1階の中央辺りに座っていた老婦人の携帯音楽プレーヤーが鳴り出した(既に鳴っていたものが、指揮者登壇の静寂ではっきり聞こえるようになったのかも)ということらしかった。
ややあって、件の老婦人は電源を切ったらしく、鳴り止むのを待っていた小泉御大、ソリスト、都響の面々が気持ちを切り替えて、音楽が始まった*。
タクトが降りてしまえば重厚なVn協奏曲の世界だ。
独奏のレイ・チェンは初聴き。
後述するが、大編成の都響に埋没することなく、大曲を弾き切った。元々頭でっかちの音楽なのでオケともども力の配分が難しいだろうと思う。
そこは小泉師の采配も与って終楽章のクライマックスまで緊張が途切れなかった。
疑問は、この曲の所定の管楽器の編成は2管編成なのに、弦が16型(Vn1=譜面台8本なので人数にして16人。Vn2=14人、Vl=12人、Vc=10人、Cb=8人、計60人)って多すぎないか?
ブラームスがこの編成で聴いたら吃驚したろう。
ブラームスは協奏曲といえどもシンフォニックな作品を構想していたらしいが、それは音楽の形式のことで、アンサンブルの響のことではない。
とは言え、大編成も、きちんとコントロールされたら楽しみは大きくなる。問題は、都響が音楽の有り様を考えて、この編成を選択しているのかということだ。どうも、いつも都響の編成は大規模化の傾向が強い。団員の失業対策ではないか、と勘ぐりたくもなる。
メインの交響曲第4番も、管の編成が楽譜に指定された編成で、協奏曲より少し増えたが弦の編成は同じ規模だった。
交響曲と言えど、この編成もブラームスとして如何かと思うが、厚いアンサンブルは魅力で(Vn1高域に問題あるが)、堂々たる音楽を楽しんだ。
それだけに、前半の協奏曲の編成を少し小さくしておけば共に引き立ったろうに…。
*コンサートホールや劇場での鑑賞マナーに関しては少なからぬ女性に不快を感じている!
大抵2人で来て、ぎりぎりまでおしゃべりが止まない。
携帯電話の電源を切るように何度もアナウンスされているにもかかわらず、スリープかマナーモードにするだけ。どうせ使えないのに充電池節約のためにも切った方がいいし、アラームをセットしているのを忘れていることもあるだろう。機械そのものがトラブルで音を発することも考えられなくもない。とにかく、電源を切らずにいるメリットは何にも無いはずだ。
今日のような音楽プレーヤーなど論外だが、でも、始まる前に鳴って良かった。音楽の途中、ppの辺りで客席から都はるみでも聴こえてきたらそのおばちゃん、生きては帰れなかっただろう!
女性は荷物が多く、それを膝ではなく、自分の足元に置く(開演中はそれで良い)ので公共通路を通り抜けるのに苦労する。一度、その荷物の山をまたがなければならなかったので、わざと「踏んづけてもいいですか」と聞いたら、慌てて荷物を膝に載せたおばちゃんがいた。
因みに、僕は自席の前を他の人が通る場合は、必ず、椅子を跳ね上げ立ち上がることにしている。そうすれば、お互いがスムースに通路を移動できるのだから。
♪2018-143/♪サントリーホール-11
小泉和裕:指揮
東京都交響楽団
レイ・チェン:バイオリン
ブラームス:バイオリン協奏曲 長調 作品77
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 作品98
この数ヶ月、都響については欲求不満が募っていたが、小泉御大のブラームスの豪華2本立てでよくぞ立ち直ってくれた…というのは言いすぎ。
小泉師は神奈川フィルの特別客演指揮者でもあるので聴く機会が多い。個性がないのが個性のような、いつも安定したこれぞ独音楽という構成感の良さにゆりかごに揺られている感じで音楽を聴いていられる。
コンサートの冒頭にとんでもないハプニングがあった。
師が指揮台に上がったので、館内は静まり返った。タクトが降ろさされようとしたとき、微かに別の音楽が聴こえだした。これでは始められない。
僕の席は1階センター2/3位後方なので、舞台のそばでなっているように聴こえたが、もちろん、都響は演奏していないし、第一始まるのはバイオリン協奏曲だが、ぜんぜん違う音楽だ。
これで都はるみでも流れたら面白かったろうに。
ま、小ホールも同時にコンサートを演っていたからそこから漏れているのではないか、と思った。なんてけしからんホールだ。と驚くと共に呆れ果てた。…が真実は異なった。
1階の中央辺りに座っていた老婦人の携帯音楽プレーヤーが鳴り出した(既に鳴っていたものが、指揮者登壇の静寂ではっきり聞こえるようになったのかも)ということらしかった。
ややあって、件の老婦人は電源を切ったらしく、鳴り止むのを待っていた小泉御大、ソリスト、都響の面々が気持ちを切り替えて、音楽が始まった*。
タクトが降りてしまえば重厚なVn協奏曲の世界だ。
独奏のレイ・チェンは初聴き。
後述するが、大編成の都響に埋没することなく、大曲を弾き切った。元々頭でっかちの音楽なのでオケともども力の配分が難しいだろうと思う。
そこは小泉師の采配も与って終楽章のクライマックスまで緊張が途切れなかった。
疑問は、この曲の所定の管楽器の編成は2管編成なのに、弦が16型(Vn1=譜面台8本なので人数にして16人。Vn2=14人、Vl=12人、Vc=10人、Cb=8人、計60人)って多すぎないか?
ブラームスがこの編成で聴いたら吃驚したろう。
ブラームスは協奏曲といえどもシンフォニックな作品を構想していたらしいが、それは音楽の形式のことで、アンサンブルの響のことではない。
とは言え、大編成も、きちんとコントロールされたら楽しみは大きくなる。問題は、都響が音楽の有り様を考えて、この編成を選択しているのかということだ。どうも、いつも都響の編成は大規模化の傾向が強い。団員の失業対策ではないか、と勘ぐりたくもなる。
メインの交響曲第4番も、管の編成が楽譜に指定された編成で、協奏曲より少し増えたが弦の編成は同じ規模だった。
交響曲と言えど、この編成もブラームスとして如何かと思うが、厚いアンサンブルは魅力で(Vn1高域に問題あるが)、堂々たる音楽を楽しんだ。
それだけに、前半の協奏曲の編成を少し小さくしておけば共に引き立ったろうに…。
*コンサートホールや劇場での鑑賞マナーに関しては少なからぬ女性に不快を感じている!
大抵2人で来て、ぎりぎりまでおしゃべりが止まない。
携帯電話の電源を切るように何度もアナウンスされているにもかかわらず、スリープかマナーモードにするだけ。どうせ使えないのに充電池節約のためにも切った方がいいし、アラームをセットしているのを忘れていることもあるだろう。機械そのものがトラブルで音を発することも考えられなくもない。とにかく、電源を切らずにいるメリットは何にも無いはずだ。
今日のような音楽プレーヤーなど論外だが、でも、始まる前に鳴って良かった。音楽の途中、ppの辺りで客席から都はるみでも聴こえてきたらそのおばちゃん、生きては帰れなかっただろう!
女性は荷物が多く、それを膝ではなく、自分の足元に置く(開演中はそれで良い)ので公共通路を通り抜けるのに苦労する。一度、その荷物の山をまたがなければならなかったので、わざと「踏んづけてもいいですか」と聞いたら、慌てて荷物を膝に載せたおばちゃんがいた。
因みに、僕は自席の前を他の人が通る場合は、必ず、椅子を跳ね上げ立ち上がることにしている。そうすれば、お互いがスムースに通路を移動できるのだから。
♪2018-143/♪サントリーホール-11
2018年11月6日火曜日
平成30年度(第73回)文化庁芸術祭協賛 落語協会真打昇進披露公演 国立演芸場11月上席
2018-11-06@国立演芸場
落語 三遊亭わん丈⇒新蝦蟇の油
落語 柳家三語楼⇒時そば
漫才 青空一風・千風
落語 柳家小ゑん⇒ぐつぐつ
落語 柳家小さん⇒粗忽長屋
―仲入り―
真打昇進披露口上
三語楼、小ゑん、勘之助、花禄、小さん
余談漫談 林家ペー
落語 柳家花緑⇒火焔太鼓
曲芸 鏡味仙三郎社中
落語 柳家花ん謝改メ 柳家勧之助⇒寝床
柳家花ん謝改メ柳家勧之助真打ち昇進披露公演のせいか、柳家花禄、柳家小ゑん、柳家小さんといった柳家のベテランに先日のNHK落語大賞に出て、惜しくも優勝を逃した二つ目の三遊亭わん丈と、楽しみなのが揃って高座に上がった。
いずれもレベルの高い噺だった。やはり花禄はうまい。
小ゑんの、前に聴いた新作はイマイチだったが、今日は「おでんのタネ」の悲哀を描いた「ぐつぐつ」が実におかしい。
今日は、中学校の生徒達の団体が入っていて、いつもなら老人ホームの様子の演芸場が若やぎ華やいだ。
師匠連中の名調子はそれが原因かも。
♪2018-142/♪国立演芸場-16
落語 三遊亭わん丈⇒新蝦蟇の油落語 柳家三語楼⇒時そば
漫才 青空一風・千風
落語 柳家小ゑん⇒ぐつぐつ
落語 柳家小さん⇒粗忽長屋
―仲入り―
真打昇進披露口上
三語楼、小ゑん、勘之助、花禄、小さん
余談漫談 林家ペー
落語 柳家花緑⇒火焔太鼓
曲芸 鏡味仙三郎社中
落語 柳家花ん謝改メ 柳家勧之助⇒寝床
柳家花ん謝改メ柳家勧之助真打ち昇進披露公演のせいか、柳家花禄、柳家小ゑん、柳家小さんといった柳家のベテランに先日のNHK落語大賞に出て、惜しくも優勝を逃した二つ目の三遊亭わん丈と、楽しみなのが揃って高座に上がった。
いずれもレベルの高い噺だった。やはり花禄はうまい。
小ゑんの、前に聴いた新作はイマイチだったが、今日は「おでんのタネ」の悲哀を描いた「ぐつぐつ」が実におかしい。
今日は、中学校の生徒達の団体が入っていて、いつもなら老人ホームの様子の演芸場が若やぎ華やいだ。師匠連中の名調子はそれが原因かも。
♪2018-142/♪国立演芸場-16
2018年11月5日月曜日
ハマのJACK 第40回定期演奏会 オール・シューベルト。プログラム
2018-11-05 @みなとみらいホール
鵜木絵里:ソプラノ
海野春絵:ピアノ
横手梓:ピアノ
柴田祥子:ピアノ
三又治彦:バイオリン
白井篤:バイオリン
村松龍:ビオラ
海野幹雄:チェロ
松井理史:コントラバス
≪オール・シューベルト・プログラム≫
●「鱒」D.550--鵜木絵里/海野春絵
●4つの即興曲 D.935から第3曲--横手梓
●岩の上の羊飼い D.965--鵜木絵里/村松龍/海野春絵
●華麗なロンド ロ短調 D.895--三又治彦/柴田祥子
●ピアノ五重奏曲「鱒」イ長調 D.667
--白井篤/村松龍/海野幹雄/松井理史/海野春絵
----------
アンコール
アベマリア--ソプラノとピアノ五重奏
これまでにハマのJACKの演奏会は、オール・ラヴェル、オール・シューマンの演奏会を聴いたが、今回はオール・シューベルトだ。
歌曲、ピアノ曲、バイオリン+ピアノ、最後にピアノ五重奏曲とバラエティに飛んだ選曲で、歌曲「鱒」に始まり最後は室内楽の「鱒」と、順番にも工夫がある。
「4つの即興曲」は好きな作品で、中でも第3曲は「ロザムンデ」から採った主題と5つの変奏曲で、多分、全4曲中一番有名で実に心地良い音楽だ。
最後に大物のピアノ五重奏曲がこれまた素晴らしい。
自由席だったので、最前列のど真ん中で楽しんだ。
4種類の弦楽器とピアノが絡み合う様子が目の前に見え、耳にもクリアに聴き取れる。
音楽は目で聴くむもの…が持論だが、室内楽の醍醐味を間近で味わうことができた。
因みに、
白井はN響第2バイオリンの次席。
三又(みまた)もN響第2バイオリン奏者。
海野は父が元N響のコンマスだった海野義雄。ソロ活動や室内楽が主体のようだ。
この3人が横浜在住ということで、NPO法人「ハマのJACK」を中心となって運営しているらしい。
村松もN響ビオラ奏者。
♪2018-141/♪みなとみらいホール-31
鵜木絵里:ソプラノ
海野春絵:ピアノ
横手梓:ピアノ
柴田祥子:ピアノ
三又治彦:バイオリン
白井篤:バイオリン
村松龍:ビオラ
海野幹雄:チェロ
松井理史:コントラバス
≪オール・シューベルト・プログラム≫
●「鱒」D.550--鵜木絵里/海野春絵
●4つの即興曲 D.935から第3曲--横手梓
●岩の上の羊飼い D.965--鵜木絵里/村松龍/海野春絵
●華麗なロンド ロ短調 D.895--三又治彦/柴田祥子
●ピアノ五重奏曲「鱒」イ長調 D.667
--白井篤/村松龍/海野幹雄/松井理史/海野春絵
----------
アンコール
アベマリア--ソプラノとピアノ五重奏
これまでにハマのJACKの演奏会は、オール・ラヴェル、オール・シューマンの演奏会を聴いたが、今回はオール・シューベルトだ。
歌曲、ピアノ曲、バイオリン+ピアノ、最後にピアノ五重奏曲とバラエティに飛んだ選曲で、歌曲「鱒」に始まり最後は室内楽の「鱒」と、順番にも工夫がある。
「4つの即興曲」は好きな作品で、中でも第3曲は「ロザムンデ」から採った主題と5つの変奏曲で、多分、全4曲中一番有名で実に心地良い音楽だ。
最後に大物のピアノ五重奏曲がこれまた素晴らしい。
自由席だったので、最前列のど真ん中で楽しんだ。
4種類の弦楽器とピアノが絡み合う様子が目の前に見え、耳にもクリアに聴き取れる。
音楽は目で聴くむもの…が持論だが、室内楽の醍醐味を間近で味わうことができた。
因みに、
白井はN響第2バイオリンの次席。
三又(みまた)もN響第2バイオリン奏者。
海野は父が元N響のコンマスだった海野義雄。ソロ活動や室内楽が主体のようだ。
この3人が横浜在住ということで、NPO法人「ハマのJACK」を中心となって運営しているらしい。
村松もN響ビオラ奏者。
♪2018-141/♪みなとみらいホール-31
2018年11月4日日曜日
平成30年度(第73回)文化庁芸術祭協賛 明治150年記念 11月歌舞伎公演 通し狂言「名高大岡越前裁」
2018-11-04 @国立劇場
河竹黙阿弥=作
国立劇場文芸研究会=補綴
国立劇場美術係=美術
通し狂言「名高大岡越前裁」(なもたかしおおおかさばき)六幕九場
序 幕 第一場 紀州平沢村お三住居の場
第二場 紀州加田の浦の場
二幕目 美濃長洞常楽院本堂の場
三幕目 第一場 大岡邸奥の間の場
第二場 同 無常門の場
第三場 小石川水戸家奥殿の場
四幕目 南町奉行屋敷内広書院の場
五幕目 大岡邸奥の間庭先の場
大 詰 大岡役宅奥殿の場
大岡越前守忠相⇒中村梅玉
大岡妻小沢⇒中村魁春
法沢後二天一坊⇒市川右團次
田口千助⇒中村松江
吉田三五郎⇒市川男女蔵
下男久助/池田大助⇒坂東彦三郎
大岡一子忠右衛門⇒市川右近
お三⇒中村歌女之丞
僧天忠/久保見杢四郎⇒嵐橘三郎
土屋六郎右衛門⇒大谷桂三
伊賀亮女房おさみ⇒市川齊入
平石治右衛門⇒坂東秀調
名主甚右衛門⇒市村家橘
山内伊賀亮⇒坂東彌十郎
徳川綱條⇒坂東楽善
下女お霜⇒中村梅丸
ほか
昨日が初日で今日は日曜日。にもかかわらず客席は閑散としていた。
梅玉、魁春、右團次、彦三郎、彌十郎など渋い役者が渋い芸を見せてくれるのだけど華には不足するなあ。
越前守(梅玉)が天一坊(右團次)一味の騙りを鮮やかに裁くよくある話とは趣向を変えてあり、尻尾を掴ませない悪党たちの為に、越前守、その妻(魁春)、嫡男(右近)が切腹の危機に陥る。
この越前守の、奉行としてあくまでも自分の直感を信じて真実を見極めたいとする業のような真摯な人柄と、それによって思いもよらぬ窮地に落ち込むさまを通して、これまでの大岡裁きモノとは異質な、人間越前守を描こうとしているのだろう。
悪事の証拠を収集すべく遠国に派遣した家来たちが中々帰参せず、切腹の刻限が迫って来る。
屋敷で待ち受ける忠臣大介(彦三郎)は、気が気でならず、越前守に「今、暫くお待ちくだされ」と必死に頼みながら同士の帰りを今か今かと焦って待っている。
ここは、恰も「忠臣蔵」四段目の如し。
時事ネタ入れて笑える場面も。
悪党、天一坊を右團次が演じているが、この人がこんな大きな役を演じるのを観たのは初めて。梅玉との掛け合いで彼のセリフの出るのが遅い場面があって、これはヒヤッとしたが、全体としてはまずまずの出来かな。
若手役者ではいつもながら梅丸がよろしい。
まるで女性にしか見えない。
https://youtu.be/Do1quJB4pa8
♪2018-140/♪国立劇場-015
河竹黙阿弥=作
国立劇場文芸研究会=補綴
国立劇場美術係=美術
通し狂言「名高大岡越前裁」(なもたかしおおおかさばき)六幕九場
序 幕 第一場 紀州平沢村お三住居の場
第二場 紀州加田の浦の場
二幕目 美濃長洞常楽院本堂の場
三幕目 第一場 大岡邸奥の間の場
第二場 同 無常門の場
第三場 小石川水戸家奥殿の場
四幕目 南町奉行屋敷内広書院の場
五幕目 大岡邸奥の間庭先の場
大 詰 大岡役宅奥殿の場
大岡越前守忠相⇒中村梅玉
大岡妻小沢⇒中村魁春
法沢後二天一坊⇒市川右團次
田口千助⇒中村松江
吉田三五郎⇒市川男女蔵
下男久助/池田大助⇒坂東彦三郎
大岡一子忠右衛門⇒市川右近
お三⇒中村歌女之丞
僧天忠/久保見杢四郎⇒嵐橘三郎
土屋六郎右衛門⇒大谷桂三
伊賀亮女房おさみ⇒市川齊入
平石治右衛門⇒坂東秀調
名主甚右衛門⇒市村家橘
山内伊賀亮⇒坂東彌十郎
徳川綱條⇒坂東楽善
下女お霜⇒中村梅丸
ほか
昨日が初日で今日は日曜日。にもかかわらず客席は閑散としていた。
梅玉、魁春、右團次、彦三郎、彌十郎など渋い役者が渋い芸を見せてくれるのだけど華には不足するなあ。
越前守(梅玉)が天一坊(右團次)一味の騙りを鮮やかに裁くよくある話とは趣向を変えてあり、尻尾を掴ませない悪党たちの為に、越前守、その妻(魁春)、嫡男(右近)が切腹の危機に陥る。
この越前守の、奉行としてあくまでも自分の直感を信じて真実を見極めたいとする業のような真摯な人柄と、それによって思いもよらぬ窮地に落ち込むさまを通して、これまでの大岡裁きモノとは異質な、人間越前守を描こうとしているのだろう。
悪事の証拠を収集すべく遠国に派遣した家来たちが中々帰参せず、切腹の刻限が迫って来る。
屋敷で待ち受ける忠臣大介(彦三郎)は、気が気でならず、越前守に「今、暫くお待ちくだされ」と必死に頼みながら同士の帰りを今か今かと焦って待っている。
ここは、恰も「忠臣蔵」四段目の如し。
時事ネタ入れて笑える場面も。
悪党、天一坊を右團次が演じているが、この人がこんな大きな役を演じるのを観たのは初めて。梅玉との掛け合いで彼のセリフの出るのが遅い場面があって、これはヒヤッとしたが、全体としてはまずまずの出来かな。
若手役者ではいつもながら梅丸がよろしい。
まるで女性にしか見えない。
https://youtu.be/Do1quJB4pa8
♪2018-140/♪国立劇場-015
2018年11月2日金曜日
曲目解題コンサート:スティーヴン・イッサーリス:チェロ演奏会
2018-11-02 @かなっくホール
スティーヴン・イッサーリス:チェロ
コニー・シー:ピアノ
フランク:チェロソナタ イ長調(バイオリンソナタのチェロ版)
近所のホールで「曲目解題コンサート」というのを定期的に開催しているとは知らなかった。本当に灯台下暗しだな。
曲の演奏家自身による(通訳付き)解説付きでソナタを1曲演奏。
チェリストのスティーヴン・イッサーリスという人は初めて聴いたが、海外ではかなり活躍しているようでCDリリースも多い。
フランクの「バイオリン・ソナタ」の「チェロ版」を初めて聴いた。本家のバイオリンによる「バイオリン・ソナタ」は何度も聴いているし、変わったところでは、「サックス版」も聴いたことがあるが、チェロ版は初めて。
元々数多のバイオリン・ソナタの中でもスグレモノの一つだから、どんな楽器で演ってもそれなりの面白さがあるのかも。
最前列のど真ん中で、ストラディヴァリウスの美音に埋もれた。
♪2018-139/♪かなっくホール-02
スティーヴン・イッサーリス:チェロ
コニー・シー:ピアノ
フランク:チェロソナタ イ長調(バイオリンソナタのチェロ版)
近所のホールで「曲目解題コンサート」というのを定期的に開催しているとは知らなかった。本当に灯台下暗しだな。
曲の演奏家自身による(通訳付き)解説付きでソナタを1曲演奏。
チェリストのスティーヴン・イッサーリスという人は初めて聴いたが、海外ではかなり活躍しているようでCDリリースも多い。
フランクの「バイオリン・ソナタ」の「チェロ版」を初めて聴いた。本家のバイオリンによる「バイオリン・ソナタ」は何度も聴いているし、変わったところでは、「サックス版」も聴いたことがあるが、チェロ版は初めて。
元々数多のバイオリン・ソナタの中でもスグレモノの一つだから、どんな楽器で演ってもそれなりの面白さがあるのかも。
最前列のど真ん中で、ストラディヴァリウスの美音に埋もれた。
♪2018-139/♪かなっくホール-02





















