2017年9月13日水曜日

平成27年度9月中席

2017-09-13@国立演芸場

落語 三遊亭ぐんま⇒まんじゅう怖い
落語 三遊亭ふう丈⇒ライザップ寿限無
落語 三遊亭丈二⇒119
音楽パフォーマンス のだゆき
落語  夢月亭清麿⇒時の過ぎゆくままに
落語  林家正雀⇒田能久
   ―仲入り― 
奇術    アサダ二世         
落語  柳家小ゑん⇒ミステリーな午後          
漫才 ホームラン
落語 三遊亭円丈⇒グリコ少年

今日の出来は珍しく水準が高かった。あんまりひどいというのがなくて、いずれも及第点。
夢月亭清麿の「時の過ぎゆくままに」は、これが落語とは思えないが、どうも聞き覚えがある話だと思ったら、ちょうど1年前の同じ9月中席で聴いていた。大した話ではないけど、横浜が舞台というのが個人的に好感の要素でもあるが、こんな話ばかりやっていたのでは芸が上達しないだろうな。

正雀の「田能久」は古典落語だけど初めて聴いた。例によって、何の飾り気もなく、ポツポツと喋る正雀節。話も面白くてこれも良かった。
小ゑんの新作?はまずまず。
トリの円丈は以前の新作「悲しみは埼玉に向けて」に比べると今回の方がよほどマシだったが、大した話でもないな。

何といっても、毎回当たり外れのないのが漫才の「ホームラン」だ。実に傑作。客席を巻き込んで当意即妙の運びには感心する。
ホームランをトリに据えて30分位聴いてみたいものだよ。

♪2017-148/♪国立演芸場-015

2017年9月11日月曜日

東京都交響楽団 第840回 定期演奏会Bシリーズ

2017-09-11 @サントリーホール


大野和士:指揮
ペーター・ダイクストラ:合唱指揮
東京都交響楽団
スウェーデン放送合唱団

ソプラノ:林正子
テノール:吉田浩之
バリトン:ディートリヒ・ヘンシェル

ハイドン:オラトリオ《天地創造》 Hob.XXI:2

今年1月の都響B定期以来、サントリーホールは改修工事中で、都響B定期もその間はオペラシティコンサートホールで引っ越し公演が続いたが、よくやく元の居場所に戻った。
ホールの改修は定期的な補修が中心で、構造的には1-2階の間にエレベータができたとか、トイレが広くなったとか書いてあるが、コンサートホールとしては本質的なことではない。
座席の布地の張替えとか舞台の張替えは見た目にも明らかだ。


それで音響にどういう影響が出るのかは分からない。第一、今期から席を変えてだいぶ前に出たので迫力はあるが、ホールトーンなのか、包まれるような残響は感じなかった。どちらがいいかは、音楽にもよるので難しいところだ。

さて、今日はハイドンの「天地創造」。
今年の都響の目玉だ。
去年の「熱狂の日」で聴いたのがたぶん初めてのナマ演奏(シンフォニア・ヴァルソヴィア+ローザンヌ声楽アンサンブル)だったはず。その時も、ハイドンにしては面白味に欠けると思ったが、今回も同様だった。やはり同じハイドンのオラトリオ「四季」に比べて愉しさが違うな。
旧約の創世記の物語に、まずは素直になれないのだから仕方がない。

とは言え、今回の合唱団は、一昨年10月の都響定期で、モーツァルトの「レクイエム」で見事な合唱を聴かせてくれたスウェーデン放送合唱団だ。
声楽に関してはまったくの素人だけど、彼らの精緻なアンサンブルを超える合唱を聴いたことがない。
あまり有名ではないと思うが、昨年の熱狂の日で聴いた女3男8のア・カペラグループ「アンサンブル・ジャック・モデルヌ」もすぐれものだったが、アンサンブルの規模がだいぶ違うので比較はできない。

そして都響は御大・大野和士が指揮を取った。

大野マエストロが初めてこの曲を聴いた時(中学生時代らしい)に、第2曲めの「光あれ!」でハ短調から転調してハ長調の和音がガーンと鳴るところで頭が真っ白になるほど感動したと言っていたが、注意深く聴いていたけど、どうもその大切な部分はうまく行ったようには思えなかった。
とは言え、声楽ソリストも合唱もオケも超大曲に挑んで高水準の出来ではなかったかと思う。

「天地創造」が面白さに欠けると思うのは専ら個人的趣味によるもので、演奏が悪かったとは全然思わない。また機会があれば聴いて、耳に馴染んでくると面白さが分かるようになるかもしれない。

♪2017-147/♪サントリーホール-02

2017年9月9日土曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会みなとみらいシリーズ第332回

2017-09-09 @みなとみらいホール


外山雄三:指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

外山雄三:オーケストラのための“玄奥”
シューベルト:交響曲第7番ロ短調 D759「未完成」
プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調 作品100

客演指揮の外山雄三は大昔に京響を聴いた事があるくらいで、ほぼ半世紀は縁がなかった。神奈川フィルの第2代音楽監督として92年から4年間、このオケを鍛えたそうだが、これも四半世紀前のことでその頃は神奈川フィルを聴くこともなかったのでやはり縁はなかった。むしろ、N響の正指揮者としてTVでよく顔を見た。N響正指揮者という立場は79年から今も継続しているが(終身職らしい)、N響では一度も聴いたことがない。

ま、こう言っちゃ何だが、ずいぶん古い人に随分久しぶりにお会いする事になった。

彼自身の作品「オーケストラのための”玄奥”」は2015年初演らしく、首都圏での演奏は今回はじめてらしい。
外山作品では「オーケストラのためのラプソディ」が超有名で、と言うか、そこれしか聴いたことがない。”玄奥”もその延長線上のもののようで、民謡をベースにしたもので親しみやすかった。

シューベルト、プロコフィエフは特に変わったこともなかった。正統といえばそういうことになるのだろうか。ただ、十分リハーサルが行き届いている風ではなかった。

♪2017-146/♪みなとみらいホール-32

2017年9月7日木曜日

秀山祭九月大歌舞伎 昼の部

2017-09-07 @歌舞伎座


一、彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)
毛谷村(けやむら)
毛谷村六助⇒染五郎
お園⇒菊之助
杣斧右衛門⇒吉之丞
お幸⇒吉弥
微塵弾正実は京極内匠⇒又五郎

仮名手本忠臣蔵
二、道行旅路の嫁入(みちゆきたびじのよめいり)
戸無瀬⇒藤十郎
小浪⇒壱太郎
奴可内⇒隼人

三、極付 幡随長兵衛(きわめつき ばんずいちょうべえ)
「公平法問諍」
幡随院長兵衛⇒吉右衛門

水野十郎左衛門⇒染五郎
近藤登之助⇒錦之助
子分極楽十三⇒松江
同 雷重五郎⇒亀鶴
同 神田弥吉⇒歌昇
同 小仏小平⇒種之助
御台柏の前⇒米吉
伊予守頼義⇒児太郎
坂田金左衛門⇒吉之丞
慢容上人⇒橘三郎
渡辺綱九郎⇒錦吾
坂田公平/出尻清兵衛⇒又五郎
唐犬権兵衛⇒歌六
長兵衛女房お時⇒魁春

毛谷村も幡随長兵衛も、既に何度も観ているので、どうしても以前の公演との比較で観てしまいがちだ。
菊五郎ー時蔵、仁左衛門ー孝太郎と比べると、今回の染五郎ー菊の助は味わいが乏しい。前2者が人間国宝のベテランであったのに対し、今回はまだ中堅なので、先入観もあるだろうけど、ちょいと軽い気がした。
染五郎の方は、滑稽味もあってそれなりの六助になっているけど、菊之助が硬い。
臼を振り回したり、尺八と火吹き竹を間違うところなど、ここで笑いたいというところでなかなか笑えない。
男勝りからしおらしい世話女房への変化も、何か、型どおりやっていますという感じだったな。

幡随長兵衛は前回が昨年の芝翫襲名だった。
新・芝翫の長兵衛もスッキリとして気持ちよく観れたが、やはり、こちらも吉右衛門の貫禄にはかなわないか。ただ、いつも思うに、子分たちの芝居が平板なので、長兵衛の重い決断がどうも軽く見えてしまう。

吉右衛門は、さすがに序幕で客席から登壇するとにわかに舞台が引き締まる。
ただ、ちょいと年齢的にはキツイ。本物の長兵衛は35、6歳で殺されているらしい。倍以上の歳の長兵衛なら「人は一代、名は末代」などと威勢の良い啖呵を切って殺されにはゆかなかったのではないか。この向こう見ずな意地っ張りぶりに関しては、芝翫の長兵衛が似合っていた。


ところで、序幕で芝居の邪魔をする水野の手勢の相手をして奮闘するのが舞台番の新吉。この役を演じているのが中村吉兵衛という役者で、僕は多分初めて観たと思う。口跡はいいし、顔つきが吉右衛門に良く似ているので、彼の血統かと思って調べたら、門下ではあるけど、他人で、国立劇場の12期研修修了生だそうだ。もう43歳で若いとはいえないけど、ちょっと、見どころのある役者だな、と感じた次第。

染五郎が敵役の水野を演じたが、ここではやはり貫禄負け。

なんか、今年の秀山祭・昼の部はミスキャストが多いな。本人のせいではなくて、文字どおり「配役」で損をしている。

♪2017-145/♪歌舞伎座-05

2017年9月4日月曜日

東京都交響楽団 第838回 定期演奏会Aシリーズ

2017-09-04 @東京文化会館


大野和士:指揮
東京都交響楽団
ハオチェン・チャン:ピアノ*

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 op.30*
ラフマニノフ:交響曲第3番 イ短調 op.44
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アンコール
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330から第2楽章*

6月の神奈川フィル定期でもラフマニノフのピアノ協奏曲と交響曲のカップリングだったが、その時はいずれも第2番だった。

ピアノ協奏曲でも交響曲でも圧倒的に第2番の演奏機会が多く、聴く機会が多い。とは言え、ピアノ協奏曲に関しては3番も結構聴く機会が多い。むしろ、1番や4番は記憶に定かでない。

が、交響曲に関しては3番はやはり聴く機会が少ない。また、1番など聴いた記憶もない。

で、今日のコンサートでは、メインの交響曲第3番を興味深く聴いた。ラフマニノフにとって最後から2番めの作品(1936年完成)だという。因みに最終作品は「交響的舞曲」で40年の作。亡くなったのが43年(69歳)。

ラフマニノフは44歳頃(1917年)、十月革命後にロシアを出国し、二度と帰国することはなかったそうだ。
晩年はアメリカで暮らしたそうだから、最後の交響曲である第3番、同時に最後から2番めの作品は、てっきりアメリカで、ドボルザークのように望郷の念にかられながら書いたのではないか、と思いこんでいたが、事実は、渡米前のスイスで作曲されたんだね。
これは帰宅後知ったことで、聴いている途中は、久しぶりに聴く第3番のメロディーの切れ端にロシアの匂いを嗅いでやろうと気合を入れて聴いていたが、驚くほどにロシア臭はしない。
冒頭部分が、ちょいとそれらしくもあるが、その後は、ほとんど、アメリカの南部に広がる草原とか、西部の高原とか、あるいは、イギリスの放牧地などのイメージばかりして、ロシアは出てこないのに驚いた。

ピアノ協奏曲は2番、3番はもちろんのこと、1番も4番もロシアのメランコリーを感ずるのだけど、ラフマニノフは、晩年に至って、最後の交響曲を作曲する際に、スイスであれ、故郷ロシアを離れて20年近く経過した異郷で何を考えながら作業を進めたのだろう、とそんなことばかり考えながら聴いていたら、終わってしまった。

ところで、ハオチェン・チャンのピアノは特にクセも感じず、とても好ましい演奏だったが、関心したのは、本番のピアノ協奏曲第2番より、アンコールで弾いたモーツァルトのピアノソナタの第2楽章が、実に丁寧で、隅々に気持ちが行き届いていて爽やかな音楽になっていたのが素晴らしかったな。

♪2017-144/♪東京文化会館-13

人形浄瑠璃文楽平成29年9月公演 第一部「生写朝顔話」

2017-09-04 @国立劇場


●生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)
 宇治川蛍狩りの段
 明石浦船別れの段
 浜松小屋の段
 嶋田宿笑い薬の段
 宿屋の段
 大井川の段

豊竹咲太夫
竹本津駒太夫
豊竹呂勢太夫
鶴澤寛治
鶴澤清治
吉田簑助
吉田和生
吉田玉男
桐竹勘壽
桐竹勘十郎
 ほか

オリジナルは全五段構成らしいが、今日演じられたのは全六段だ。尤もこの場合の「段」は「幕」とか「場」の意味も兼ねているらしい。なので、六段合わせてもオリジナルには不足の場があるようだが詳しいことは分からない。
今回はヒロインである「深雪(盲いて後に「朝顔」)」を中心に構成したと解説してあったが、初見にもかかわらず、そのお陰で実に分かりやすく、また、どの段も趣向は異なるがそれぞれに面白い。文楽を初めて観る人でも十分楽しめるだろう。

武家の娘、深雪は16~7歳。美しいだけでなく詩歌管弦の嗜みもある。
宇治川の船遊びで酔客に狼藉されかかった折、近くで蛍狩りをしていた若い武士阿曾次郎に助けられるが、そこで互いは惚れあってしまう。
中でも深雪のぞっこんぶりが武家の娘としては不自然なくらいはしたなくさえあるのだけど、このような強力なキャラクター設定こそが、その後の激変のドラマを引っ張るエネルギーになっていることにやがて納得できる。
納得できるということは既に観客が彼女に感情移入できているということであり、その健気さ、いじらしさに哀れを誘われ、時に胸に迫るものがある。

やむをえず、離ればなれに出立した阿曾次郎と深雪は、偶然互いに異なる船旅同士で再び出会うが、喜びもつかの間、嵐が2人を隔ててしまう。
それでも、深雪は阿曾次郎に会いたさ一途に大胆にも家出して1人で阿曾次郎を追うが、か細い若い娘のひとり旅の苦労と悲痛が深雪の視力を奪うことになる。

瞽女となった深雪は嶋田の宿で朝顔と名乗り、泊まり客の求めに応じて三味線や琴を聴かせて生業としていた。そこに偶然宿をとった阿曾次郎は、部屋の衝立に宇治川で別れる際に深雪に与えた扇に記した朝顔の歌が貼り付けてあるのを見てもしやと思い、宿の亭主・徳右衛門に質して「朝顔」と言う名の瞽女を座敷に呼び琴を所望した。
阿曾次郎は既に駒澤家の家督を継いで駒澤次郎左衛門と改名をしており、朝顔にはその名で紹介される。朝顔に探し求めていた次郎左衛門(阿曾次郎)の顔は見えない。

阿曾次郎は、やつれたとはいえ朝顔のその顔、声、音曲にこと寄せる一途な恋心から、朝顔こそ深雪に相違なしと思うが、同僚の岩代(しかも、お家転覆を狙う悪党)の手前もあって、深く尋ねることができずまたもその場で別れざるを得なかった。

一方、深雪の方も、かの人こそ阿曾次郎様ではないかとの胸騒ぎから、再び、宿を訪れるが、時既に遅し。阿曾次郎一行は出立した後だった。

深雪は、髪振り乱し、裾の乱れもなんのその大井川の渡しまで、やっとの思いでたどり着いたが、嵐のために阿曾次郎を追うための次の船が出ない。

こうして、なんどか、再会、名乗り合う機会がありながらもことごとく果たせない運命に、遂に深雪は死を決するが、ここにきてようやくかつての部下や事情を知った徳右衛門らによって助けられ、ようように、文字どおり明るい展望が開けるのだった。

若い娘の一途な恋物語である。すれ違いの悲恋物語である。
あり得ないような激しい恋の物語だが、最初に書いたように、その健気さには心打たれてしまう。

ところで、この話には、「嶋田宿笑い薬の段」という変わった名前のエピソードが挟まれる。
所謂「チャリ場」で、滑稽なシーンだ。
阿曾次郎を亡き者にしようと企んでいる岩代は仲間の藪医者、萩の祐仙と図って、お茶と称して痺れ薬を飲ませようとするが、徳右衛門の機転で祐仙自らが笑い薬を飲んでしまい、笑い転げて計画は破綻する。

この場面で祐仙の人形を遣うのが桐竹勘十郎だ。
祐仙が茶を点てる作法は多少は省略してあるようだが、ほとんどホンモノのお点前どおり。自分では阿曾次郎に飲ませる痺れ薬のつもりだが、本当は笑い薬を点てているとはつゆ知らず、生真面目に茶を点てる仕草のおかしいこと。この場をいかついマスクの桐竹勘十郎が演ずるから余計におかしい。

そして、毒味だと言って自らは痺れ薬用の解毒剤をこっそり飲んでから痺れ薬(実は笑い薬)を飲んだものだから、もう、笑いが止まらず、苦しくて、七転八倒のありさま。観客も大いに笑う。
この段の語りは太夫最高格の咲太夫だった。
もちろんうまい。
しかし、こういうおかしな場面ではむしろ、咲甫太夫とか千歳太夫で聴きたかったな。

どの場面もホンに面白い。
浜松小屋の段では、畏れ多くも人間国宝3人(鶴澤清治・吉田簑助・吉田和生)の共演を楽しむことができる。

実に充実した文楽鑑賞であった。

♪2017-143/♪国立劇場-13

2017年9月1日金曜日

平成29年度9月上席

2017-09-01@国立演芸場

落語 昔昔亭全太郎⇒子ほめ 
落語 昔昔亭喜太郎⇒動物園
落語 昔昔亭桃之助⇒強情灸
落語 春風亭愛橋⇒のっぺらぼう          
奇術 北見伸&スティファニー
落語 三遊亭笑遊⇒片棒
  ―仲入り― 
コント ザ・ニュースペーパー         
落語 春風亭柳好⇒宮戸川          
紙切り 林家花(踊り:長崎ぶらぶら節も)
落語 昔昔亭桃太郎⇒歌謡曲を斬る

今日の収穫は2人(組)。

北見伸らのグループのイリュージョンの見事さにはいつものことながら開いた口が塞がらない。全く不思議だ。仕掛けがなくちゃ死人続出といったショーだが、もちろん、誰も怪我一つしないで、窮地から生還するのが本当に凄い。

落語では、何といっても仲締めの三遊亭笑遊だ。
毎回おかしい。
このおかしさはなんだろう。
独特の芸だ。
コワイくらいの迫力があって、そのおかしな話を完全に自分のものにしているゆとりが感じられる。

それに引き換え、春風亭愛橋は全く勉強不足。いや、才能がない。いくら努力しても彼は大成すまい。
今日のトリは昔昔亭桃太郎だが、この人も落語を演るにはIQが相当不足している。
全く、落語を分かっていない。
こういう下手くそ、と言うより、頭の悪いのが、トリを務めるようでは寄席の世界も見通しが暗い。落語ブームだそうだが、きちんと頭のいいのを弟子にとって、しっかり勉強させなければ役立たずの看板倒ればかりになってしまいそうだ。

♪2017-142/♪国立演芸場-14