2015年1月16日金曜日

読売日本交響楽団第540回定期演奏会

2015-01-16 @サントリーホール


準・メルクル:指揮
金子三勇士:ピアノ
読売日本交響楽団

ウェーベルン:パッサカリア 作品1
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調作品54
ブラームス(シェーンベルク編曲):ピアノ四重奏曲第1番(管弦楽版)ト短調作品25


本来聴くべき11日のみなとみらい定期がN響定期と重なったのでこの日に変更してもらった。
やりくり先としては可能な限りサントリーホールにしている。一番足の便がよく、音響面でもまったく不満がない。

もっとも、本当に日本で一番優れたホールかどうかはよく分からない。
ミューザ川崎シンフォニーホールの方が、聴きやすいような気もするし、場所を選ぶ難点はあるけどみなとみらいホールも素晴らしい。
聞く場所より、聴く側の集中力に音楽鑑賞を有意義なものにできるかどうかがかかっているような気が、この頃している。

昨日は、前半良かったのに後半は携帯ピロピロおばさんのせいですっかり集中力を欠いてしまった。

今日は、そんな邪魔もされず、比較的入り込めたが、冒頭のウェーベルンの「パッサカリア」が初めての曲で、おまけに、ほぼ無調(12音技法などの完全な無調作品ではない。)と言っていいのだろう。部分的にはきれいな旋律も流れるけど、なかなかハードルが高い。この手の現代音楽は何度か聴いたからといって馴染むものでもないように思う。音楽の性格がロマン派までとは革命的に異なるのだ。その変化に僕は対応できていないし、今後も努力して対応する気持ちもないのだから、一生、楽しめないまま終わるかもしれない。






こういう音楽を聴いた後では、シューマンの情緒性が天国のように思える。ピアニストの金子三勇士(かねこ・みゆじ)は初めて。ハンガリー人とのハーフだ。そういえば、指揮の準・メルクルもドイツ人とのハーフだ。西洋クラシック音楽の世界で国籍は関係ないと思うけど、やはり、独墺の音楽には血が騒ぐということがあるのだろうか。

シューマンが見出した出藍の誉れがブラームスだ。
ウェーベルンの師匠は12音技法の生みの親シェーンベルクだ。
そのシェーンベルクは、自己の音楽的血統をブラームスに求めていたらしい。

彼は、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番を大規模な管弦楽に編曲した。まことに大規模で、シューマンの協奏曲の時はコンバスは4本しか出ていなかったが、この管弦楽版ピアノ四重奏曲では倍の8本が並んだ。他の弦パートも推して知るべしで、弦楽5部だけでほぼ60人。管打楽器を入れて約90人という編成だった。
原曲はわずか4人で演奏される音楽だが、これを大規模管弦楽で演奏するというのは、シェーンベルクが19世紀のブラームスに当時は早すぎたのかもしれない革新性を見出し、それを20世紀の精緻なオーケストレーションで証明しようとしたこと、さらには自分自身こそブラームスの後継者であると世に知らしめたかったのではないか、とプログラムには説明してあったが。



この管弦楽版を生で聴くのはこれで2回めだ。最初聴いた時は耳に慣れた弦楽四重奏曲との違和感が拭えず、第3楽章のジプシー風ロンドに至って、初めて「管弦楽」で聴く面白さを感じたのだけど、まあ、やっぱり、今回もそういう感じかな。
シェーベルクの意図がなんであれ、ピアノ四重奏曲として完成している音楽がある以上、やはりブラームス版で聴きたいな。




余談:
1月12日に「新世界より」より「新世界から」にしてほしい、と書いたが、今日のコンサートで配っていた読響2月公演のチラシがなんと「新世界から」だった。こうでなくっちゃ。



♪2015-7/♪サントリーホール-01