2014年10月19日日曜日

N響第1790回 定期公演 Aプログラム

2014-10-19 @NHKホール


ロジャー・ノリントン:指揮
フランチェスコ・ピエモンテージ:ピアノ
NHK交響楽団

ベートーベン:序曲「レオノーレ」第1番 作品138
ベートーベン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
ベートーベン:交響曲 第7番 イ長調 作品92
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アンコール
ドビュッシー:前奏曲第2集から第12曲「花火


ロジャー・ノリントン(1934年英国生まれ)は、3年前からN響でベートーベンチクルスを始めて、今年、この10月のプログラムで完結するんだそうな。

ともかく、遅ればせながら、シリーズ最後のプログラムに生で聴く機会を得た。

結果的には、ノリントンのベートーベンを生で聴くというのはちょっとした事件だった。新しい体験だ。
この世界の通人には有名なことらしいが、何が新しいかといえば、「テンポ」と「サウンド」だ。


ノリントンは、テンポはベートーベンが楽譜で指定したとおりのテンポを守る。
もちろん、他のたいていの指揮者も守るのだろうけど、たいていの指揮者は自分なりのテンポを優先させている。
それも一興だが、ベートーベンの場合は、テンポを守るというのがなかなか難しい問題になってくる。
なぜなら、ベートーベンは楽譜上に客観的な演奏速度を指定しているからだ。

彼の時代に発明されたメトロノームを重宝して、譜面にいちいち数値化したテンポを書き込んでいる。♪=120といったふうに。

改めてベートーベンの交響曲のスコアをめくってみたが、第1番から第9番まで全部の作品にメトロノームによるテンポが書いてあるのを確認した。冒頭だけではなく途中の速度変化も、実に細かく数値で指示がある。





指揮者はメトロノームみたいに正確には指揮棒を振ることはできないだろうけど、まあ、4分音符で80といえばこんなところ、という風に身体が覚えているだろう。
ノリントンは特にその点に意識をして正確を期そうとしているようだ。

その結果、以外なベートーベンが演奏されることになる。

プログラムの解説に、ノリントンが昨年N響を振ったベト8第4楽章は6分23秒であったのに対し、同じ頃ティーレマンがウィーンフィル来日公演を指揮した際は8分12秒だったと書いてある。

因みに、手持ちのCDでトスカニーニ+NBCでは7分30秒、朝比奈+新日本フィルでは8分57秒だ。

ノリントンの指揮がトスカニーニよりまだ早いというのにびっくりだが、これもベートーベンご指定のテンポなのだろう。
今日の第7番も全体として早めだった。
早足のベートーベンは、本来の形かどうかは別にして好きだ。
今夏、鈴木秀美の指揮で神奈川フィルの「運命」を聴いた際に、あまりのアップテンポに驚きつつも実に爽快だったが、彼もベートーベンの指示を守っただけなのかもしれない。


もう一つの新体験はサウンドだ。

普通、特に指示がない限り、弦楽器は音を伸ばす際にビブラートをかける。人声による歌でもたいてい伸ばす音にはビブラートをかける。
多用するとみっともないが、自制的なビブラートは感覚的に音を美しくするように思う。

ところが、ノリントンの考えでは、ベートーベンの時代はノン・ビブラートで演奏されたそうで、現在のオーケストラによる演奏においてもビブラートをかけずに演奏すべきである、と主張し、実践している。

もっとも、ベートーベンが生まれる(1770年)前に、既にレオポルド・モーツァルトは「最近の演奏家は全ての音にビブラートをかけるが、神の欲するところだけに使うべき」と書き残している(1756年)そうなので、ノリントンの見解が正確かどうか分からない。

彼は、ベートーベンだけでなく、古典派はもちろん、ロマン派の音楽でさえノン・ビブラートで演奏するそうだから、必ずしも作曲された時代に忠実というのではなさそうで、このノン・ビブラートで演奏されるサウンドを「ピュア・トーン」と呼んで多用しているのは単に好みなのかもしれない。


さて、その音を生で初めて聴いた。
N響がビブラートしないのだ。

確かに、弦楽器奏者の指・腕を見ていても揺れない!
それでいて、そのサウンドにさほどの違和感はないのが不思議。
古楽器の演奏にちょっと似ているが、意識して聴かなければノン・ビブラートとは分からないくらいだ。

短い音型(動機)を積み上げてゆくベートーベンの作品にはビブラートがその効果を発揮するような、センチメンタルな泣き節みたいな部分は殆ど無いから、ノン・ビブラートで疾走しても格別目立たないのだろう。
むしろ、清潔感があってこれは面白い。

それにしても、弦楽器奏者にとって、ビブラートは身体に染み込んでいると思うが、敢えてそれを無しで弾くっていうのが難しいだろうなと思う。
誰か、間違えて腕を揺らさないかと目を凝らしていたがそれはなかったな。

以上「テンポ」と「ピュア・トーン」の2点で、ノリトンの音楽は特異だけど、少なくともベートーベンの作品に関しては、これはこれで楽しい聴きものだ。

♪2014-94/♪NHKホール-05