2014-10-18 @サントリーホール
庄司紗矢香:バイオリン
東京交響楽団
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53
ヴィトルト・ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲
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アンコール
パガニーニ:「うつろな心」による変奏曲から(Vnソロ)
6日前に同じウルバンスキ指揮東響でショスタコの大作を聴いたが、今日は、彼の故郷ポーランドの現代作曲家と隣国チェコの大家ドボルザークのプログラム。
ドボルザークは聴き馴染んでいるけど、ポーランドの2人は初めて聞く名前であり、音楽も初めてだ。
ヴィチェフ・キラルという人は、1932年生まれで2013年(去年!)まで存命だった人だ。その作品交響詩「クシェサニ」(「打つ」とか「閃光」というような意味らしい。)は74年の初演なので、もうとびきりの現代音楽だ。
7分程度の小粒な作品だけど、オーケストラの規模はものすごい。
ティンパニは3人の奏者が計9つを操るのも壮観。
木管、金管の数も非常に多く、これに見合う弦楽5部の総勢もステージに目一杯並んでいる。そして、オルガンも使われた。
この大編成は、ドボルザークを挟んで最後のヴィトルト・ルトスワフスキ(1913~1994)の「管弦楽のための協奏曲」においてもほぼ同様に維持されていた。
コチラの初演は「クシェサニ」より少し古いがそれでも1954年だ。
だからというわけでもないのだろうけど「前衛度」は「クシェサニ」程ではなかったものの、やはり、一体これはなんだろう?というような感じの音楽だ。
2作ともポーランドの民族音楽が取り入れられているそうで、それを感じさせる部分もあるし、そういう箇所はメロディを追うこともできるけど、全体としては強烈な不協和の連続で、こんな音楽ならいっその事調弦しなくともいいのではないかとさえ思わせる。
ところがどっこい。CDで聴けばとても聴くに耐えないだろうが、この100人超のオーケストラで生を聴くと、これがなかなかおもしろいのだ。
また、聴いてみたい、というより、あのプリミティヴな感性を直撃するような体験をもう一度味わってみたいという気にさせる。
ただし、不協和大音響と変質を繰り返す強烈なリズムに浸りながら、「音楽ってなんだろう」と、これはいつも現代音楽を聴く度にもたげる疑問を同居させていたが。
このスラブぽいちょっとセンチな曲調が、掃き溜めに鶴といった感じでとても安心感を与えてくれた。
ウルバンスキは、前回のショスタコ第7番も完全暗譜で指揮をしたが、今回も3曲とも総譜は持たなかった。
ドボルザークはともかく、他の2曲は極めて複雑な上「~協奏曲」など3楽章構成で30分程度の長さはあるのだけど、よく隅々まで勉強が行き届いているんだろうな。
完全に自分のものにしているのはすごいよ。
♪2014-93/♪サントリーホール-05